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毛織物を作るために飼われていたウールドッグはなぜ絶滅したのか【研究結果】


カナダの先住民族が大切にしていたウールドッグ

スミソニアン博物館

2011年に発表された研究で、北米の先住民の中には犬の毛を使って毛織物を作り、そのための犬を選択育種していた部族がいたという報告がありました。

「古代の人は犬の毛で毛布を作っていた!ウールドッグについての研究」
https://wanchan.jp/column/detail/23509

この部族のひとつであるコースト・サリッシュ族(サリッシュ海沿岸の部族という意味の便宜的な呼び名で、先住民族の言葉ではない)は、サリッシュウールドッグ(またはウーリードッグ)と呼ばれる長毛の犬を大切に飼育しており、そのアンダーコートを使って毛織物を作っていました。

19世紀になって、ヨーロッパから繊維製品が多く輸入されるようになり、犬毛の織物は時代遅れだとして需要がなくなり、サリッシュウールドッグは20世紀初頭に絶滅したと言われています。

サリッシュウールドッグの毛織物は、アメリカのスミソニアン博物館に保管されています。

同博物館の考古学者やカナダのヴィクトリア大学の考古学者は、サリッシュウールドッグの遺伝的な背景や歴史について、この度新たな調査を実施し、その結果が発表されました。

この調査にはカナダとアメリカの先住民族の方々も加わり、歴史と文化的な裏付けに協力しました。

ウールドッグのDNA解析

カナディアンエスキモードッグ

前述の通り、コースト・サリッシュの先住民族の社会では、何千年にもわたってウールドッグが飼育され大切にされて来ました。しかし19世紀以降犬の毛織物の文化は衰退し、ウールドッグの個体数は激減しました。

この研究では、1850年代に飼育されていた「マトン」という名のウールドッグの毛のゲノム解析と、動物考古学的分析、民俗学的研究、そして現在のコースト・サリッシュのコミュニティの人々への聞き取り調査によって、ウールドッグの歴史が検証されました。

マトンは、博物学者で民族誌学者でもあったジョージ・ギブスに飼われていました。1859年にマトンが亡くなった際に、ギブス氏は刈り取ったマトンの被毛を当時設立されたばかりだったスミソニアン博物館に寄贈しました。

しかし2000年代初頭に再発見されるまで、その毛の存在を知る人はほとんどいなかったといいます。

研究者はマトンの毛からウールドッグのゲノムの塩基配列を決定し、過去に発掘された他の古代の犬、先住民族と共に暮らしていたウールドッグではない犬、現代のコヨーテ、現代の犬21犬種のゲノム配列と比較しました。

その結果、ウールドッグが他の犬種と分岐したのは、約5,000年前と研究チームは推定しました。また、マトンは遺伝的にカナダのブリティッシュコロンビア州や、ニューファンドランド島にかつていたとされる古代犬種と類似していることも判明しました。

研究者はマトンの祖先の85%近くが、ヨーロッパからの入植者が来る以前の犬と関係があると推定しています。マトンが生きていた時代には、すでにヨーロッパの犬種がこの地域に連れて来られていたにも関わらず、マトンは遺伝的にヨーロッパの犬とは関連していませんでした。

このことはコースト・サリッシュのコミュニティでは、ウールドッグが絶滅する直前まで交雑を避け、遺伝子を維持していた可能性が高いことを示しています。

しかしDNA解析の結果からは、ウールドッグが絶滅した原因についてわかったことはほとんどありませんでした。

ウールドッグ絶滅の背景にある不幸な歴史

カナダのトーテムポール

研究チームは、コースト・サリッシュの7人の長老、毛織物職人など、ウールドッグにまつわる伝統的知識についてよく知る人々から聞き取り調査を実施しました。

従来の説では、19世紀初頭に機械織りの毛布がこの地に届くようになったために、ウールドッグの毛の需要がなくなったと推測されてきました。しかし聞き取り調査の結果から、この推測は正確ではなく、複雑な問題をあまりにも単純化し過ぎていることが明らかになりました。

ウールドッグの毛で作られた織物は、コミュニティの社会的な地位を示すものであったり、儀式に用いられたりする、社会的にも文化的にも大きな意味を持つものでした。つまり、機械織りの製品に取って代わられるなどということはありえなかったのです。

ヨーロッパからの入植者が北米の地に来たことにより、今までこの地にはなかった感染症が拡まるようになりました。天然痘、インフルエンザ、おたふく風邪、結核などの感染症は、それらの病気に対して免疫がなかった先住民族の人口を大幅に減少させました。それは従来のように犬を世話することが困難になったことを意味します。

犬の飼育が困難になった理由は病気だけではありませんでした。入植者による植民地政策は、先住民族の文化や伝統を継承することを犯罪とみなして剥奪しました。

ウールドッグの世話や織物の技術は、主に先住民族の女性によって管理され地位の高い仕事とされていたのですが、政策は特にこれを標的としました。女性の地方自治への参加の禁止、財産権の否定を明確にし、ウールドッグの飼育や繁殖はほぼ不可能になったといいます。

ウールドッグの絶滅は需要がなくなったことで自然に起きたのではなく、植民地政策によって文化や伝統が剥奪されたことによって、人為的に起こされたものでした。

しかしウールドッグが姿を消したにもかかわらず、コースト・サリッシュの社会には現在でもウールドッグの記憶が大きく残っており、毛織物の知識や技術は今も伝えられ続けています。

まとめ

サリッシュウールドッグのイラスト

カナダのコースト・サリッシュの先住民族の文化である犬毛の毛織物と毛の供給源であったウールドッグについて、ウールドッグのDNA解析や現地の人々への聞き取り調査の結果から、従来の推測とは全く違うウールドッグ絶滅の理由がわかったという研究をご紹介しました。

歴史の研究は、その地に後から来た入植者の歴史であることがしばしば起こりますが、近年は先住者である民族についての研究が増えているそうです。この研究もそのひとつであり、犬と人間の豊かなつながりがあったことを示すものです。

《参考URL》
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adi6549


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