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氷の中で10万年も生命活動を続ける微生物がいた


アメリカの南カリフォルニア大学(USC)と中国の中国地質大学(CUG)を中心とした国際的な研究チームの最新研究によって、シベリアの永久凍土の中に閉じ込められていた微生物が、10万年以上もの間、生きた状態で維持されていた可能性が高いことが示されました。

通常、生物は栄養を摂取して細胞を活発に分裂させることで命をつなぎますが、これらの微生物はまったく異なる生存戦略をとっていました。

さらに驚くべきことに、今回発見された微生物たちは特別な遺伝子や高度な仕組みを持つわけではなく、ごく一般的な修復遺伝子だけで長期間の生存を可能にしていました。

この発見は、生命が極めて低い代謝状態で予想をはるかに超えた長期間を生き延びられる可能性を示しており、生命の限界についての私たちの考え方を大きく変えるものです。

地球上で最も過酷な環境に生きる微生物たちは、いったいどれほどの時間を耐えることができるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年3月11日に『bioRxiv』にて発表されました。

目次

  • 氷の中に「生きている微生物」は本当にいるのか
  • DNAを修復しながら10万年生き続ける
  • 増えず食べず、ただ修理だけする微生物の生き方

氷の中に「生きている微生物」は本当にいるのか

氷の中に「生きている微生物」は本当にいるのか
氷の中に「生きている微生物」は本当にいるのか / Credit:Canva

地球上には、人間の常識から考えるととても生命が住めないような、極端に寒い環境があります。

南極の氷の下や深い海底の堆積物、そしてシベリアの永久凍土などが代表例です。

こうした環境は、氷に覆われて長期間変化がなく、生き物が閉じ込められたまま時間が止まったような状態になっています。

実際に、これらの環境からは数万年、あるいはそれ以上昔の微生物の痕跡が次々と見つかっています。

しかし、ここで一つの大きな疑問が浮かびます。

そうした環境から発見される微生物は、本当に「今も生きている」のでしょうか?

それとも、昔は生きていたけれど現在は死んでしまった微生物の遺伝子が残っているだけなのでしょうか?

これまでの研究では、古代の氷や永久凍土からDNAが見つかった場合でも、それが実際に「今も生きている微生物」なのか、それともただの「微生物の死骸」なのかを区別することがとても難しかったのです。

その理由の一つは、微生物があまりにも小さく、生きていることを示す動きや活動が目で見えないことにあります。

さらに極寒環境では微生物が極端にゆっくり、あるいはほとんど活動しない状態になるため、見た目だけでは生きているかどうかを判断できないのです。

そのため、DNAの遺伝子配列を調べる方法が一般的に使われていますが、これにも問題があります。

DNAという物質は、生物が死んだあともしばらく残ることがあります。

したがって、古代の環境からDNAを検出できても、それが今生きている個体由来のものか、あるいは死んだ個体が残した「化石的なDNA」かは簡単には見分けられません。

これまでにも、古い永久凍土や深海の堆積物などから微生物が検出された例はいくつもありました。

しかし、その微生物が数万年やそれ以上の長い期間をずっと生きて過ごしてきたかどうかは、いまだに明らかになっていませんでした。

理論的には、生きたまま氷の中で活動を完全に止めてしまうことも考えられますが、微生物のような生き物が本当にそこまで活動を止めて数万年を生き延びられるのか、確かな証拠が必要でした。

そのため科学者たちは、「氷漬けでもなく、完全に死んでもいない」という、ほんのわずかな生命活動を続けながら何万年も耐えることができるかどうかを確かめようとしたのです。

そこで今回の研究チームは、特に長期の生存が可能と考えられる「プロメテアルケオタ(Promethearchaeota)」というグループの微生物に注目しました。

プロメテアルケオタは「アスガルド古細菌」と呼ばれる、近年とても注目されている微生物の一種です。

このグループが注目される理由は、人間や動物、植物などのような複雑な細胞を持つ生き物(真核生物)の祖先に非常に近いとされる古細菌の仲間だからです。

言い換えれば、私たちの遠い親戚にあたる微生物だと考えられています。

この微生物が生きている証拠を調べるため、研究チームはシベリアの北東部にある「コリマ低地」の永久凍土を調査場所として選びました。

この地域には「Kon’kovaya層」と呼ばれる、約10万〜12万年前に凍りついたまま現在に至る、海が起源の永久凍土の層があります。

もしこの層の中でプロメテアルケオタが「今も生きた状態」で存在しているなら、それは微生物が極寒環境でも極端に長い時間生き延びられる証拠になります。

DNAを修復しながら10万年生き続ける

DNAを修復しながら10万年生き続ける
DNAを修復しながら10万年生き続ける / Credit:Canva

研究チームは、シベリアのコリマ低地にある「Kon’kovaya層」と呼ばれる永久凍土を調べることにしました。

この層は、約10万年〜12万年前に海水が入り込んでその後凍りつき、そのまま現在まで変わらない状態を保ってきた特殊な環境です。

もしここで今も生きている微生物が見つかれば、それは「氷の中で何万年も生き延びられる」ことを示す決定的な証拠となります。

研究チームはまず、このKon’kovaya層から土を取り出して、「微生物のDNA」を採取しました。

DNAとは、生物の遺伝情報が書き込まれた非常に小さな分子で、生き物が生きている間は細胞の中に大切に保管されています。

しかし、生物が死んで細胞が壊れると、DNAは細胞の外に出て土や水の中に漂い、徐々に傷んでいきます。

そのため研究チームは、生きている微生物が細胞の中で守っているDNA(iDNA)と、死んだ微生物が細胞外に放出した傷んだDNA(eDNA)を区別して調べることにしました。

イメージとしては、「頑丈な金庫の中に保管された貴重な書類(細胞内DNA)」と、「金庫が壊れて外に飛び散り、時間と共に傷んでしまった書類(細胞外DNA)」のような違いです。

さらに研究チームは、DNAがどれほど傷んでいるかを詳しく確かめるために、「修復前」と「修復後」の2種類のDNAを比較しました。

一般的に、DNAは長い時間が経つほど傷んでしまい、そのままでは遺伝情報をうまく読み取れなくなってしまいます。

そこで今回使われたのが、「PreCR™ Repair Mix」という特殊な酵素セットです。

これは、破れたり傷ついた古い本のページに専用のテープを貼って補強するようなもので、傷んだDNAを一度修復してから遺伝情報を読み取ることが可能になります。

この方法を使えば、死んだ細胞から出てきた細胞外のDNAは修復前後で大きく改善されるはずですが、生きている細胞がもつ細胞内のDNAは普段から自己修理されているため、修復前後でほとんど変わらないはずです。

つまり、修復によって「劇的に改善されるDNA」と、「ほとんど変化しないDNA」を比較することで、「死んだ微生物」と「生きている微生物」を区別することができます。

実験の結果、この予測は見事に当たりました。

ほとんどの微生物のゲノム(全遺伝情報)は修復後に大きく改善され、傷んでいた遺伝情報が明らかになりました。

しかし、驚くことに、6つのプロメテアルケオタ系統(微生物のグループ)だけは修復の前後でほとんど変化がなく、DNAが最初からあまり傷んでいなかったのです。

言い換えれば、この6つの系統のDNAは長い時間を経てもほとんど壊れておらず、「ずっと自己修復し続けることで生きてきた」可能性が非常に高いということです。

さらに、この6つのプロメテアルケオタ系統は、他のプロメテアルケオタと比べてDNAの量が7倍以上も多く見つかりました。

これは、まるで「氷の中で特に成功した長寿のグループ」と言えるでしょう。

では、この特別なグループには「長寿をもたらす特殊な遺伝子や仕組み」が備わっていたのでしょうか?

研究チームはこの点を詳しく調べましたが、意外なことに他の一般的なプロメテアルケオタとの間に特別な違いは見つかりませんでした。

DNAやタンパク質を修復するための遺伝子はありましたが、これはプロメテアルケオタに広く見られる標準的なもので、特別な仕組みが加わっているわけではありませんでした。

さらに興味深いことに、この6系統からは、検出可能なほどの遺伝子の変化や進化の痕跡がほとんど見られませんでした。

これはつまり、この微生物たちが長期間ほとんど増殖せず、活動も最低限にとどめていたため、進化的な変化が起こる機会も非常に少なかったことを意味しています。

例えるなら、人が住まなくなった古い家でも、壊れた部分をほんのわずかずつ丁寧に修繕していけば、ほぼ元の形を維持したまま長く残るのと似ています。

このことから研究チームは、今回発見したプロメテアルケオタは特別な仕組みや遺伝子によって長寿になったのではなく、「ごく基本的な遺伝子を使って傷を最小限に修理し続ける」という、地道で粘り強い生き方によって長い年月を耐え抜いてきたと結論づけました。

今回の発見は、「生命がどのように長い時間を生き抜くのか」という謎を解き明かす上で非常に重要な手がかりを示しています。

増えず食べず、ただ修理だけする微生物の生き方

今回の研究が示した最も重要なことは、微生物がほとんど増殖せず、必要最低限の活動だけを続けることで、驚くほど長い年月を生き延びる可能性があるという点です。

私たち人間を含め、一般的な生物は定期的に栄養を取り、細胞が分裂して新しい細胞に置き換わることで命をつないでいますが、今回発見されたプロメテアルケオタは、それとはまったく異なる戦略を取っていました。

彼らはエネルギーを使って活発に増殖したり、環境に適応するために新しい仕組みを進化させたりすることはほとんどせず、ただ静かに、自らのDNAやタンパク質に生じるわずかな傷を修復することだけにエネルギーを使っていたのです。

人間の感覚に例えるならば、「自動車のエンジンを止めずに、最も燃料を節約するアイドリング状態で、長い渋滞の中をゆっくりと耐え忍ぶ」ようなものです。

また、こうした長期間の生存が特別な装置や新しい遺伝子など、特殊な仕組みによって可能になったわけではなく、もともと備わっている基本的な修復システムだけで実現されていたことも重要なポイントです。

これは、微生物が生きるために新しく何かを獲得したわけではなく、生命が本来もつ「傷を直す仕組み」をひたすら粘り強く続けていただけだということです。

例えるなら、特別な最新の修理道具を使うのではなく、家庭に元々ある道具を丁寧に使って、大切なものをずっと直し続けるようなものです。

今回の研究は、「生命とは、元々もっているシンプルな修復機能を使って、想像以上に長期間維持されうるものだ」ということを具体的に示した、非常に興味深い発見といえるでしょう。

しかしここで注意したいのは、この研究結果が「すべての生物が同じように長く生きられる」という寿命一般の法則を示したわけではないということです。

今回の研究が対象としたのはあくまでも「凍土」という非常に安定した極寒環境で、微生物がほとんど動けない状態に置かれた場合の話です。

通常、細菌などの微生物は、暖かく栄養が豊富な環境では急速に増殖して短期間で寿命を終えることが多く、私たちは「微生物はすぐに死んでしまう」と思い込みがちです。

ですが、今回の発見はそれとは逆に、「非常に安定した極端に寒い環境に置かれれば、微生物は活動を極限まで抑えて、数万年単位で生き続けることができる」というまったく新しい可能性を示しています。

つまり、生命の寿命は環境条件によって大きく変わるものであることが明らかになったのです。

さらに、今回の研究では、死んだ微生物のDNAだけでは、長期間にわたって維持されるDNAの量や質を説明できないことも分かりました。

研究チームが計算したところ、死んだ微生物のDNAは、たとえ凍った環境でも宇宙線などによって次第に壊れていき、100年程度でほぼ完全に分解されることが示されました。

したがって、今回発見された10万年以上もほとんど傷まないまま残っていたDNAは、微生物がわずかに生命活動を続けてDNAを絶えず修復してきた証拠であると考えられます。

これは、「完全に停止した生命活動」では説明がつかず、「わずかながら活動を続けている状態」こそが微生物の驚くべき長寿を可能にしていたことを意味しています。

今回の発見はさらに、地球を超えて宇宙における生命探査にも重要なヒントになります。

もし地球の極寒環境において、特別な仕組みを使わずに微生物がわずかな活動を保ちながら10万年以上生き続けられるのであれば、火星や木星・土星の衛星(エウロパやエンケラドゥスなど)といった極寒の天体でも、同じように長期間生き続けている微生物が存在する可能性があるからです。

地球外生命を探す研究では、生命がどれほど過酷な環境でも生き延びられるかが重要なテーマの一つです。

今回の研究成果は、「生命が存在できる環境の範囲を、私たちがこれまで考えていた以上に広げる必要があるかもしれない」という重要な示唆を与えています。

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元論文

Traits enabling persistence of living Promethearchaeota in marine sediments frozen for over 100 kyr
https://doi.org/10.1101/2025.03.11.642519

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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