気温40℃を超える酷暑は、人間だけでなく動物たちの命も奪い始めています。
最近の研究報告では、熱波によりメキシコでサルが気絶して木から落下し、カナダではフジツボが数十億単位で「焼け死に」、南アフリカの実験では小型哺乳類が高温で不妊状態になることが確認されました。
こうした現象は一時的な自然のいたずらではなく、気候危機が生み出す新たな「絶滅要因」だと科学者たちは警鐘を鳴らしています。
目次
- 「サルが落下し、フジツボが焼け死ぬ」熱波がもたらす大量死の現実
- 鳥は減少、小型哺乳類は不妊、「暑さによる絶滅」の仕組み
「サルが落下し、フジツボが焼け死ぬ」熱波がもたらす大量死の現実
2023年春、メキシコ南部タバスコ州の町テコルティリャで、住民たちは信じがたい光景を目の当たりにしました。
猛暑で体力を奪われたホエザルが次々に木から落ちてきたのです。
ぐったりとした体はリンゴのように地面に叩きつけられ、少なくとも83匹が死亡しました。
地元の獣医師は、実際には数百匹が死んだ可能性を指摘しています。
救助隊は氷や点滴で必死の対応をしましたが、気温43℃を超える熱波の前では多くの命が失われました。
この「気絶して落下するサル」の悲劇は決して孤立した出来事ではありません。
オーストラリアではオオコウモリが同様に木から一斉に落下し、カナダ西岸では2021年の「ヒートドーム」により、沿岸の潮だまりでフジツボやムール貝が数十億匹単位で死亡しました。
ブリティッシュコロンビア大学の海洋生物学者クリストファー・ハーレー教授は、当初「10億匹が死んだ」と推計しましたが、後に修正し「フジツボ100億匹、ムール貝30億匹が死んだ」と報告しています。
幸い、フジツボのように繁殖力の高い種は比較的早く回復しました。
しかし、繁殖サイクルの遅い生物は数十年単位で回復が遅れる可能性があります。
さらに、熱波を生き延びた個体はわずかに耐熱性を持つかもしれませんが、その適応力だけで全体の生態系を守れるわけではありません。
熱波は昆虫にも容赦なく襲いかかります。
ミツバチは比較的順調に生き延びた一方、アブラムシは壊滅的な打撃を受けました。
研究者たちは、極端な気温が昆虫に「大発生」と「全滅」の両方を引き起こすことを確認しています。
これは地域の食物網を崩壊させ、局所的な絶滅につながりかねない現象です。
鳥は減少、小型哺乳類は不妊、「暑さによる絶滅」の仕組み
気候科学者マクシミリアン・コッツ氏(ドイツ・ポツダム気候影響研究所)らの調査によると、熱帯地域では過去70年間で鳥類の個体数が25〜38%も減少していたことが明らかになりました。
なぜ熱帯がこれほど深刻かというと、もともと多くの種が耐熱限界近くで暮らしているためです。
さらに「危険な猛暑日」が過去に比べて10倍以上増えており、影響が加速しています。
鳥が直接死ぬだけでなく、巣や卵が高温にさらされ、餌となる昆虫も死滅するため、多層的に個体数が減少しているのです。
研究チームは、伐採や農業などの人間活動以上に「熱波」が鳥の減少を押し進めていると結論づけています。
さらに南アフリカ・プレトリア大学の進化生物学者PJジェイコブス氏は小型哺乳類に注目しました。
実験室で熱波を再現し、アフリカ産の齧歯(げっし)類を調べたところ、オスのテストステロン値が大幅に下がり、生殖機能が障害されていたのです。
これは繁殖力の低下につながり、長期的には個体群の縮小を引き起こす恐れがあります。
また、極端な暑さの中で動物たちは活動を制限せざるを得ません。
採餌や繁殖に割ける時間が奪われるだけでなく、体温が限界を超えると脱水や脳機能の障害を招きます。
ジェイコブス氏は「脳は体の司令塔です。脳が正常に働かなくなれば、サルは木から落ちるのです」と説明しました。
これは比喩ではなく、実際に世界で起きている現象なのです。
参考文献
Monkeys falling from trees and baking barnacles: how heat is driving animals to extinction
https://www.theguardian.com/environment/2025/aug/20/monkeys-falling-trees-baking-barnacles-heat-driving-animals-extinction-climate
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部