サンゴ礁の海に住む体長わずか数センチの小さなカニが、信じられないような“秘密兵器”を持っていると聞いたら驚くでしょうか?
そのカニはまるでボクサーのように両手に毒を持つイソギンチャクのグローブをはめて敵を迎え撃つのです。
そして今回、片方のグローブがなくなった場合、カニがもう片方を爪で引き裂いて2つにし、クローン増殖させている瞬間が世界で初めてカメラに収められました。
この映像はBBCとデイビッド・アッテンボロー氏が手がける新ドキュメンタリー『Parenthood』の中で撮影されたものです。
目次
- 体は小さくても戦略は巧妙「グローブ」を持つキンチャクガニとは?
- 自分でグローブを裂いてコピー!初撮影された「クローン再生」の瞬間
体は小さくても戦略は巧妙「グローブ」を持つキンチャクガニとは?
キンチャクガニ(学名:Lybia edmondsoni)は、インド太平洋のサンゴ礁などに生息する小型のカニです。
日本でも沖縄や奄美大島などで見られます。
英語では「Boxer Crab(ボクサー蟹)」と呼ばれ、その名の通り、まるでボクサーのように両方のハサミにグローブを持つのが最大の特徴です。
しかしそのグローブは、布や革ではなく、なんと本物のイソギンチャクなのです。
キンチャクガニは、毒性を持つ小型イソギンチャクを左右のハサミに1つずつ持ちます。
このイソギンチャクは触手で毒を出し、外敵からの防御や餌の捕獲に役立ちます。
実際の映像がこちら。(※ 音量に注意してご視聴ください)
またイソギンチャクにとっても、海中を移動しながら酸素やプランクトンを得られるという利点があり、両者は相利共生の関係にあるとされています。
このような「他種の動物を武器として使う」スタイルは、自然界でも極めて珍しい戦略です。
さらに、キンチャクガニは非常に小さく、甲羅の幅は1センチ未満。
それにもかかわらず、見た目は派手で、脚に黒いリング模様、甲羅にはカラフルな幾何学模様が入っています。
まるでサンゴ礁の舞台でチアリーダーのように舞う姿から、「ポンポンガニ」と呼ばれることもあります。
けれども、彼らの真のしたたかさは、ここからです。
自分でグローブを裂いてコピー!初撮影された「クローン再生」の瞬間
今回、BBCの新シリーズ『Parenthood』では、キンチャクガニが「片方のイソギンチャクを失ったときに、残った1つを引き裂いて再生させる」という驚きの行動が、初めて映像として撮影されました。
この行動は以前から観察報告がありましたが、実際の映像が記録されたのは今回が初めてです。
キンチャクガニがイソギンチャクを失うことは珍しくありません。
ハサミから滑り落ちることもあれば、ライバルのカニに奪われることもあります。
そんなとき、キンチャクガニは残された片方のイソギンチャクを、自らのハサミで真っ二つに引き裂き、左右のハサミに持ち直すのです。
裂かれたイソギンチャクは、その後、無性生殖によって再生し、2体のクローン個体になります。
つまり、キンチャクガニはイソギンチャクに無理やりクローン再生を促して「自前の武器セット」を復活させているのです。
実際の映像がこちら。
この現象は科学的にも注目されており、2017年の研究では、複数のカニ個体から採取されたイソギンチャクが遺伝的に同一(=クローン)であることが確認されています。
また観察によると、キンチャクガニ同士が出会った際、相手からイソギンチャクを奪い合う行動も見られるとのこと。
その場合も、お互いに奪ったイソギンチャクを分け合って再生し、結果的に両者が“両手”をそろえることもあるそうです。
このようにして、彼らは常に武装状態を保ち、外敵から身を守っているのです。
またイソギンチャクの方にも利点があり、カニの体に乗ることで、より多くの食料や酸素に触れられるという利点があって、孤立して生きるよりも生存率が上がるという研究もあります。
華やかなサンゴ礁の海で、カラフルな外見と毒のグローブをまとい、小さな体で懸命に生きるキンチャクガニ。
そのしたたかさと器用さには、思わず脱帽してしまいます。
一見すると可愛らしいこの生き物が、実はイソギンチャクの“再生能力”を巧みに利用し、自分の武器をコピーしていたとは驚きです。
こうした“共生と搾取のあいだ”を泳ぎ回る小さな存在たちが、海の生態系の中で果たしている役割は、まだまだ知られていないことが多いのです。
小さな体に秘めた知恵と工夫に、私たちも学ぶことがあるのかもしれません。
参考文献
Adorable Boxer Crabs Filmed “Cloning”Their Living Anemone Gloves For The First Time
https://www.iflscience.com/adorable-boxer-crabs-filmed-cloning-their-living-anemone-gloves-for-the-first-time-80118
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部