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コバンザメの頭から着想を得た「胃液に流されない薬物送達デバイス」を開発


“人気者にすり寄る人”の例えとしても知られるコバンザメですが、その吸着力が、実は人間の健康に役立つかもしれないのです。

そんな意外なヒントをもとに、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが開発したのは、水中や胃液といった過酷な環境でも、柔らかい組織にしっかりと張り付き続ける新型デバイス「MUSAS(Mechanical Underwater Soft Adhesion System)」です。

この技術により、胃の中で薬を長時間留めておくことや、魚や人の体にセンサーを貼り付けて体内外をモニタリングすることが可能になります。

この研究成果は、2025年7月23日付の科学誌『Nature』で発表されました。

目次

  • コバンザメの驚異的な“吸着”構造とは?
  • コバンザメからヒントを得た「胃の中でも剥がれない薬用デバイス」

コバンザメの驚異的な“吸着”構造とは?

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頭が特徴的なコバンザメ科 / Credit:Wikipedia Commons

コバンザメは、「サメ」という名前がついていますが、実際にはスズキ目コバンザメ科に属する硬骨魚類です。

熱帯から亜熱帯の海に広く分布し、体長は30cmほどのものから1mを超えるものまでさまざま。

最大の特徴は、頭の上にある楕円形の吸盤です。

この小判型の大きな吸盤には、板状の横縞(隔壁)が15〜28枚ほど並んでおり、水曜生物などに触れると、これら隔壁が垂直に立ち上がります。

そのことが吸着部の体積を増やすことになり、真空状態のように圧力を下げ、強い吸着力を生みます。

しかもこの構造、単純な吸盤とは違って水中や移動中の環境でも剥がれにくいという特性を持っています。

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コバンザメの吸盤 / Credit:Ziliang Kang(MIT)et al., Nature(2025)

そしてコバンザメは、サメやウミガメ、クジラ、さらには人間のダイバーにまで貼り付くことで、「ヒッチハイク生活」を行います。

相手からの移動や食べ残しのおこぼれ、外敵からの保護など、さまざまな恩恵を受けて生き延びているのです。

こうした習性を人間の世界に当てはめて、「人気者にすり寄るコバンザメ」などとして軽蔑の意味を込めた比喩表現として用いられることがあります。

しかしその吸着力は、“電力も化学反応も使っていない”という点で興味深いものです。

構造的な工夫だけで、水中でも強固に張り付けるという点に、MITの研究者たちは注目しました。

研究チームは、さまざまなコバンザメ種の吸盤を比較し、柔らかい表面に最適な構造を特定。

それを応用したのが、次に紹介する新型デバイス「MUSAS」です。

コバンザメからヒントを得た「胃の中でも剥がれない薬用デバイス」

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コバンザメの吸盤からヒントを得た薬用デバイス / Credit:Ziliang Kang(MIT)et al., Nature(2025)

MUSASは、シリコン製の柔らかいリップと呼ばれる縁部、温度で変形するラメラ(傾斜板)、そして装置全体を支える“バックボーン(背骨)”で構成されています。

これはカプセルサイズの装置で、飲み込んだ後、体温に反応して自動的に展開し、胃や腸の柔らかい粘膜に張り付くことができます。

電池やモーターなどの動力源を一切使わず、形状記憶合金の温度応答性を利用しています。

その構造はまさに“コバンザメの吸盤”そのもの。

多区画に分かれたラメラが独立して動くことで、柔らかく濡れた粘膜にも強く吸着します。

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MUSASは体温に反応して自動的に展開し吸着 / Credit:Ziliang Kang(MIT)et al., Nature(2025)

さらに、ラメラ先端のスピンル状のマイクロニードルが粘膜に浅く刺入し、物理的に保持されます。

MITの研究チームはこのMUSASを使って、いくつかの動物実験を行いました。

たとえば、魚に装着した温度センサー付きMUSASは、高速で泳いでも外れず、水中での生体モニタリングに十分耐えることが確認されました。

また、ブタの食道に装着して胃液の逆流を感知するセンサーを搭載した実験でも、従来のチューブ方式(鼻や口から通すもの)より遥かに快適で持続的な観測が可能でした。

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MUSASは胃液に流されず、持続的に薬剤を放出できる / Credit:Ziliang Kang(MIT)et al., Nature(2025)

さらに、HIVの予防薬やRNAワクチンをMUSASに組み込むことで、最大3週間にわたり体内に保持され、薬剤はその間に数日から1週間かけて持続的に放出されました。

胃の中はpH1〜2という強酸性環境ですが、MUSASはそうした条件下でも吸着力を維持できるため、「流されない薬」を実現する可能性を持っているのです。

将来的には、MUSASを使ってホルモン活性を刺激する電気パルスを送ることで、食欲のコントロールや代謝調整といった新しい治療法にもつながると考えられています。

たとえ蔑称で有名な「コバンザメ」であっても、彼らの体には画期的な秘密が隠されていたのです。

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参考文献

MIT’s sucker fish-inspired device sticks inside your gut to deliver drugs efficiently
https://newatlas.com/medical-tech/mit-sucker-fish-bioinspired-gut-drugs/

Adhesive inspired by hitchhiking sucker fish sticks to soft surfaces underwater
https://news.mit.edu/2025/hitchhiking-sucker-fish-inspired-adhesive-sticks-soft-surfaces-underwater-0723

元論文

Mechanical underwater adhesive devices for soft substrates
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09304-4

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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