自分の手を隠して、目の前のゴム製の手を撫でられると、不思議なことに「それが自分の手だ」と感じてしまう。
これは「ラバーハンド錯覚(rubber hand illusion)」として知られる有名な現象です。
そんな奇妙な錯覚が、実は人間だけのものではないことが新たに判明しました。
沖縄・琉球大学の最新研究で、軟体動物のタコもラバーハンド錯覚を起こすという驚きの結果が示されたのです。
実際の映像を見てみましょう。
研究の詳細は2025年7月21日付で科学雑誌『Current Biology』に掲載されています。
目次
- 「ゴム手の錯覚」、タコでも成立するのか?
- ニセの腕をつねられたタコが見せた驚きの反応
「ゴム手の錯覚」、タコでも成立するのか?
「ラバーハンド錯覚(ゴム手の錯覚)」とは、心理学や神経科学の分野で知られる現象です。
人間の場合、本当の自分の手を隠し、その代わりにゴム製の偽物の手を視界に入れながら、両方の手を同時に撫でられると、次第にそのゴム手が“自分の手”のように感じられてくるのです。
実際の実験映像がこちら。
この錯覚が初めて報告されたのは1998年のこと。
その後、サルやマウスでも似た現象が確認され、「身体所有感」(自分の体を自分のものと感じる感覚)の存在が幅広い動物に共通している可能性が示唆されてきました。
そして今回、琉球大学の研究チームは、この錯覚がタコにも通用するかを検証するため、偽のタコの腕を用いた巧妙な実験を実施しました。
水槽の中でタコの本物の腕を不透明な仕切りで隠し、その上にゲル素材でできた柔らかい偽の腕を配置。
さらにプラスチック製のノギスを使って、本物の腕と偽物の腕を同時に撫でるという状況を作り出したのです。
ニセの腕をつねられたタコが見せた驚きの反応
撫で始めておよそ8秒後、研究者が偽物の腕をピンセットでつねると、隠れていた本物の腕に触れていないにもかかわらず、タコは一斉に驚きの反応を見せました。
ある個体は腕を引っ込め、あるいは体色を一気に変化させ、また別の個体は逃げ出すような動きを示しました。
まるで自分の腕が傷つけられたと感じたかのような反応だったのです。

この反応は、偽の腕と本物の腕を同時に撫でたときだけに見られました。
逆に、撫でるタイミングをずらしたり、偽の腕の見た目が本物と違ったりした場合には、錯覚は成立せず、防御反応も起こりませんでした。
つまり、視覚・触覚など複数の感覚がうまく統合されたとき、タコの脳も「これは自分の腕だ」と誤認していたと考えられるのです。
この結果はタコにも「身体所有感」が存在することを示唆します。
そしてそれは、彼らが私たち人間とはまったく異なる神経系の構造と進化史を持ちながらも、「自分という存在」を把握している可能性があるということを意味するのです。
参考文献
The rubber hand illusion works on octopuses too
https://phys.org/news/2025-07-rubber-illusion-octopuses.html
元論文
Rubber arm illusion in octopus
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.05.017
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部