「電気クラゲ」という名前を聞いたことがあるでしょう。
これは正式には「カツオノエボシ」と呼ばれる生物で、毒性の強さからそのような通称がつけられています。
見た目は美しく、水族館でその青く透き通った姿を見たことがある人も多いかもしれません。
しかしこのカツオノエボシ、実は私たちが思っていたよりもはるかに多様な存在だったようです。
アメリカのイェール大学(Yale University)などによる国際研究チームが、世界中のカツオノエボシのゲノム解析を行った結果、これまで1種と考えられてきたカツオノエボシが、少なくとも4種類の異なる種に分類されることがわかったのです。
この研究成果は、2025年6月19日付で科学誌『Current Biology』に掲載されました。
目次
- 電気クラゲ「カツオノエボシ」とは何か?
- カツオノエボシは1種じゃなかった!明らかになった「多様性」
電気クラゲ「カツオノエボシ」とは何か?
まず、カツオノエボシの基本的な特徴についておさらいしておきましょう。
カツオノエボシは刺胞動物門ヒドロ虫綱に属する「群体生物」です。

見た目はジェリーフィッシュとして知られているクラゲのようですが、実はそれらとは異なります。
カツオノエボシは、複数のポリプ(個体)が役割分担しながら一つの生き物のように機能する集合体なのです。
例えば、浮袋を担う部分、捕食や防御を行う触手、消化を行う部位、繁殖を担う部分などが、それぞれ別のポリプに分かれています。
そして「電気クラゲ」という通称は、彼らが持つ強力な毒性に由来します。
カツオノエボシは触手に毒針を持ち、人間が刺されると激痛や麻痺、場合によっては命に関わることもあるほどの毒を放ちます。
この毒の性質が「電撃のような痛み」と形容されたことから、「電気クラゲ」という名で呼ばれるようになったと考えられています。

この生物は、太平洋、大西洋、インド洋に広く分布しており、海流や風を利用して浮袋を帆のように膨らませ、海面を漂うというユニークな移動方法をとります。
日本近海でも夏場になると打ち上げられることがあり、注意喚起が行われることもあります。
さて、そんなカツオノエボシが「1種類ではないかもしれない」という仮説が持ち上がったのは、長年の観察から「地域によって微妙に形が異なる」「同じ海にいても交雑していない」といった現象があったためです。
とはいえ、これまではその違いが単なる変異の範囲内と考えられてきました。
ところが今回、国際研究チームはこの疑問を科学的に明らかにすべく、世界中から集めた151体のカツオノエボシのゲノム解析を行いました。
同時に、市民科学プロジェクト「iNaturalist」に世界中のユーザーから投稿された4,000枚以上の写真を用いて形態の分類を行い、遺伝的な違いと形態の違いを照らし合わせました。
カツオノエボシは1種じゃなかった!明らかになった「多様性」
分析の結果、これまで単一種とされていたカツオノエボシが、4つの異なる種からなるグループだったことが分かりました。
この4つの種とは、Physalia physalis(従来知られていた種)、Physalia utriculus、Physalia megalista、Physalia minutaです。
このうちのいくつかは、18、19世紀には別種として提案されたこともあったため、当時の考え方が正しかったと分かりました。
またPhysalia minutaは新しくオーストラリアやニュージーランド近海で確認された種です。

さらに、研究チームは海洋循環モデルを用いた解析を行い、これらの種それぞれが、地域の海流や風のパターンによって遺伝的に分断された「サブポピュレーション(地域集団)」を形成していることを突き止めました。
海洋生物学では長らく、「外洋は地理的障壁が少ないため、生物の集団は遺伝的に均一である」という仮説が支持されてきました。
しかし今回の研究は、この仮説に真っ向から反論する結果となりました。
研究チームも、「私たちは、それらがすべて同じ種であると思っていたのでショックを受けました」と語っています。
この発見は、今後の海洋生物学に大きな影響を与えるでしょう。
研究チームは今後、どのような選択圧(環境条件や競争など)がこれらの分化を生み出したのか、またこの多様性がどのように維持されてきたのかについて、さらに詳しく研究を進めるとしています。
美しい見た目に反して恐ろしい毒を持つカツオノエボシ。
電気クラゲと呼ばれるその生物の正体が、ようやく明らかになりつつあります。
参考文献
The Portuguese man o’war includes four distinct species, new research reveals
https://phys.org/news/2025-06-portuguese-war-distinct-species-reveals.html
元論文
Population genomics of a sailing siphonophore reveals genetic structure in the open ocean
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.05.066
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部