「喉が渇く前に水分補給をしなさい」とよく言われますが、実際にそのタイミングを正確に判断するのは難しいものです。
特に夏の炎天下や運動中、私たちは気づかないうちに脱水のリスクにさらされています。
自分の感覚だけでは水分不足を見逃してしまうことも多く、放っておくと命に関わるケースもあります。
そんな“見えない脱水”を可視化し、スマホで知らせてくれる新たなセンサーを、テキサス大学オースティン校(UT Austin)の研究チームが開発しました。
腕に貼るだけで、体内の水分変化をリアルタイムで測定し、危険な水分不足の兆候を自動で検知してくれるというのです。
この成果は、2025年7月14日付の『Proceedings of the National Academy of Sciences』誌に掲載されました。
目次
- 見えない脱水を知らせるウェアラブルセンサーを開発
- センサーが知らせる水分補給が「炎天下で働く人の命を守る」
見えない脱水を知らせるウェアラブルセンサーを開発
人間の体の約60%は水分でできています。
水分は体温調節、血液循環、老廃物の排出、筋肉の動き、脳の働きなど、生命維持に欠かせない機能を支えています。
しかし、喉の渇きは“遅れてやってくる警告”に過ぎません。
すでに体内の水分が減ってから発生する感覚であり、「渇きを感じたときにはすでに軽度の脱水が始まっている」と考えるべきでしょう。
軽度の脱水でも、集中力の低下や疲労感、頭痛などを引き起こします。
中度から重度になると、めまい、低血圧、錯乱、最悪の場合は熱中症やショック状態に陥ることさえあります。
それにも関わらず、脱水状態を客観的に判断するのは非常に困難です。
従来の方法である尿検査や血液検査は、医療機関に行かないと実施できませんし、頻繁に行うには不便すぎます。

そこで研究チームは、体内の水分量を、いつでも・どこでも・手軽に測定できる方法の開発に乗り出しました。
着目したのが、生体インピーダンス法という技術です。
これは、体にごく微弱な電流を流し、組織の電気抵抗(インピーダンス)を測定するというものです。
ここで重要なのは、水は電気を通しやすいという性質です。
体内の水分が多ければ電流はスムーズに流れますが、水分が不足すると、組織の電気抵抗が高くなる傾向があります。
つまり、組織の電気の流れにくさを測定すれば、体の水分状態がわかるというわけです。
研究チームが開発したセンサーは、二の腕に貼り付けるタイプの小型軽量な装置で、バッテリー駆動となっています。
センサーが微弱な電流を腕に流し、その流れにくさ(インピーダンス)を測定します。
測定データは無線通信によってスマホに送信され、リアルタイムで水分状態がアプリに表示される仕組みです。
このセンサーの利点は、体を傷つけない非侵襲的な構造でありながら、連続的な測定が可能であることです。
ユーザーが何をしていても、水分状態を常にモニタリングできるという点で、これまでの水分管理手段を大きく上回っています。
センサーが知らせる水分補給が「炎天下で働く人の命を守る」
研究チームは、このセンサーが本当に使い物になるのかを確かめるために、2種類の検証実験を行いました。
1つ目は、被験者に利尿剤を投与して意図的に脱水状態を作り出すテストです。
この状態で、尿サンプルを採取し、尿中の浸透圧や比重など脱水の生化学的指標と、センサーの測定値とを比較しました。
その結果、上腕のインピーダンス変化と尿マーカーとの間に高い相関関係が確認され、センサーが体全体の水分変化を的確に反映していることが明らかになりました。
2つ目は、24時間の自由行動下での測定試験です。
被験者には通常通りの日常生活(歩行・作業・軽い運動など)を送ってもらい、その中で水分変化を継続的に記録しました。
これにより、実際の生活環境においてもセンサーが有効であることが示されました。

センサーが真価を発揮するのは、たとえば真夏の炎天下で活動する消防士や軍人、警察官の場合です。
また、激しいトレーニングや試合に臨むアスリートにも適しています。
さらに、慢性的な脱水症状を起こしやすい腎疾患や心疾患の患者、高齢者のような人々にとっても、このセンサーは大きな助けになるでしょう。
つまり、水を飲み忘れただけで命に関わる現場での活用が強く期待されています。
将来的には、「eタトゥー型や汗を吸収する素材を使った、より快適なウェアラブル化」「太ももや前腕など、別の部位での展開」が視野に入れられています。
水分補給は、生命維持の最前線です。
このセンサーは、あなたの命を守る「もうひとつの喉の渇き」となるかもしれません。
参考文献
Hydration sensor alerts wearer to urgent water need
https://newatlas.com/wearables/hydration-sensor-wearable/
Stay Hydrated: New Sensor Knows When You Need a Drink
https://cockrell.utexas.edu/news/archive/10218-stay-hydrated-new-sensor-knows-when-you-need-a-drink
元論文
Wireless arm-worn bioimpedance sensor for continuous assessment of whole-body hydration
https://doi.org/10.1073/pnas.2504278122
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部