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宇宙誕生直後の数兆度の「宇宙のスープ」を再現――濃厚な後味を探る


宇宙誕生直後の宇宙は、想像を絶する超高温高密度の「原始スープ」に満ちていたと考えられています。

国際研究チームが行った最新の研究によって、そんな宇宙の始まりの極限状態を、地球上の実験室で再現したところ、原始スープが冷めていくときには想像以上に濃厚な後味(=輸送係数)が残っていたことが示されました。

超高温高密度の原始スープが冷めていくとき、素粒子たちはどのような動きを見せていたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年5月19日に『Physics Reports』にて発表されました。

目次

  • 宇宙誕生直後の「素粒子パーティー」
  • ビッグバン直後の宇宙スープは予想外に「濃厚」だった
  • 宇宙の起源は「熱狂の後の余韻」まで調べて初めて見える

宇宙誕生直後の「素粒子パーティー」

宇宙誕生直後の「素粒子パーティー」
宇宙誕生直後の「素粒子パーティー」 / Credit:Canva

宇宙はどのようにして生まれたのか――これは誰もが一度は考えたことがある永遠の問いです。

現在の宇宙は穏やかで安定した環境に見えますが、実は宇宙誕生直後は想像を絶する激しさでした。

その頃の宇宙は、あまりにも熱く、あまりにも激しいため、普段は強力な絆で閉じ込められているはずの素粒子さえ自由に動き回れるほどだったのです。

私たちの身の回りにある物質は、どんなに硬く見えるものでも小さな原子という粒が集まってできています。

その原子の中をのぞいてみると、中心に原子核があり、その中に陽子や中性子という粒子が仲良く詰まっています。

さらに陽子や中性子は、クォークというもっと小さな粒子が集まってできています。

クォークは非常に密接で常に集まっていたい性質を持っていますが、面白いことに決して一人では陽子の外に出てくることができません。

それはクォーク同士を強く結びつける「グルーオン」という粒子が、「絶対に外に出てはいけない」としっかりつなぎ止めているからです。

まるでゴム紐でしっかりと結ばれた友達同士のように、離れようとしても紐の力で引き戻されてしまいます。

ところが、宇宙が誕生してすぐのほんの一瞬(それでも宇宙の歴史の中では重要な瞬間です)、温度は1兆度をはるかに超え、現在の太陽の中心よりもずっと熱い、究極の極限状態でした。

この極限状態では、クォークを束縛していた「色の力」と呼ばれるゴム紐のような力がうまく働かなくなってしまいます。

なぜなら、高温でたくさんの粒子が激しく動き回っているため、「デバイ遮蔽」という現象によって、クォーク同士を長く引きつける力がかき消されてしまうからです。

【コラム】デバイ遮蔽とは何か?

「デバイ遮蔽」という言葉を聞くと、難しい物理現象に感じられるかもしれませんが、実は日常的な出来事にも似た現象があります。例えば、騒がしいパーティー会場を想像してみてください。会場が非常に混雑していると、自分の友達の声は近くにいればよく聞こえますが、少し離れてしまうと周囲の騒音にかき消されてしまいます。物理の世界でも似たようなことが起きます。宇宙誕生直後の超高温状態では、非常にたくさんの粒子が猛烈なエネルギーで激しく動き回っていました。粒子同士は本来、お互いを強く引き付けたり押し離したりする力で結びついていますが、粒子が多すぎると、間にあるたくさんの粒子がその力を「邪魔」することになります。その結果、粒子同士の力は近くでは強く働きますが、距離が離れると急速に弱まってしまいます。この効果を「デバイ遮蔽」と呼ぶのです。言い換えれば、デバイ遮蔽はまるで「混雑したパーティーの騒音」のように働いて、クォーク同士のコミュニケーションを妨げてしまう現象と言えるでしょう。デバイ遮蔽のおかげで、クォークたちは宇宙が生まれた瞬間だけ、まるでパーティー会場で自由に動き回る人のように自由な状態を楽しめるようになったのです。

こうして、クォークたちは初めて自由になり、グルーオンと一緒に宇宙空間を好き勝手に飛び回れるようになりました。

このように、クォークとグルーオンが完全に自由な状態で混ざり合い、猛烈な勢いで動き回っている状態を科学者は「クォークグルーオンプラズマ(QGP)」と呼んでいます。

言うなれば、激しく盛り上がった「素粒子たちのパーティー」のような状態です。

しかし、この熱狂的なパーティーは永遠に続きませんでした。

宇宙は急速に膨張して温度が下がり、クォークたちは再び集まりはじめ、今度は原子核の中に閉じ込められていきます。

この時、激しかった素粒子たちのパーティーの「後味」がどのように残ったのかを知ることが、宇宙の起源や初期宇宙の性質を探るためには極めて重要になります。

この宇宙誕生直後の物質の「後味」、つまり素粒子がどれくらい動きやすかったのか、どのくらい粘り気があったのか、といった性質を科学者は「輸送係数」という言葉で表します。

ただし、宇宙誕生直後にタイムマシンで戻って、実際にこの「宇宙スープ」をかき混ぜてみることは当然できません。

そこで科学者たちは、この宇宙誕生直後の環境を地球上で再現することにしました。

再現された極限状態の宇宙スープを調べるための理想的な「測定器」になるのが、チャームクォークやボトムクォークという非常に重いクォークを持つ粒子(重粒子)です。

これらの重粒子はまるで超重量級の粘度計のように機能し、宇宙誕生直後の激しく熱いスープの粘り気や動きやすさを敏感に感じ取ることができるのです。

これまでの研究では、主にクォークグルーオンプラズマそのものの性質や、その中での粒子のエネルギー損失などについて多くのことがわかってきました。

しかし、宇宙が冷え始めて再びクォークが閉じ込められ、普通の粒子(ハドロン)に戻っていく段階ではどのようなことが起きていたのでしょうか?

実はこの「パーティーが終わった後」の冷却過程での粒子のふるまいについては、まだ十分には理解されていませんでした。

本当に宇宙誕生の瞬間の謎を完全に理解するには、このパーティー後の冷却段階の調査が欠かせないのです。

では、実際の実験では、どのようにして宇宙誕生直後のスープを再現し、その「後味」を調べているのでしょうか?

ビッグバン直後の宇宙スープは予想外に「濃厚」だった

ビッグバン直後の宇宙スープは予想外に「濃厚」だった
ビッグバン直後の宇宙スープは予想外に「濃厚」だった / Credit:Canva

どのようにして宇宙誕生直後のスープを再現し、その「後味」を調べるのか?

調査にあたって研究者たちはまず、巨大な粒子加速器を使って、鉛のように非常に重い原子核を光の速さに極めて近い速度まで加速させます。

そして、この猛スピードで動く原子核同士を正面衝突させるのです。

すると、衝突の瞬間には、宇宙誕生から数マイクロ秒後に存在した超高温・超高密度の「クォークグルーオンプラズマ(QGP)」が生まれます。

この時の衝突点の温度は、なんと太陽の中心温度の10万倍以上、約1兆度という驚異的な高温に達します。

これはまさに、宇宙誕生直後の激しい環境を地球上に小さなスケールで再現しているようなものです。

この激しい衝突によって、クォークやグルーオンを含む大量の粒子が生成されます。

その中には特に重要な役割を果たす重いクォーク(チャームクォークやボトムクォーク)も生まれます。

こうした重いクォークは、生成された瞬間から他の軽い粒子とは異なる動きをします。

質量が大きいため、最初の激しい爆発(クォークグルーオンプラズマ生成直後)でも周囲の軽い粒子ほど高速で飛び出さず、比較的ゆっくりと動き始めるのです。

先にも述べたように重いクォークは、この激しく熱い粒子のスープの中を通り抜ける間、スープの性質(例えば粘度や動きやすさ)を敏感に感じ取りながら進んでいきます。

そして次第にクォークグルーオンプラズマは急速に冷え始め、自由に動き回っていたクォークたちは再び集まり、「ハドロン」と呼ばれる安定した粒子(陽子や中性子など)へと姿を変えていきます。

そして、このハドロン物質の状態になった後でも、重いクォークを含む粒子(例えばDメソンやBメソンなどの重粒子)は、周囲の軽い粒子と何度も衝突しながら、冷めゆく粒子スープの中をゆっくりと通り抜けます。

このプロセスは、例えば、混雑したプールに重いボールを落とした場合を想像すると分かりやすいでしょう。

ボールを水面に落とすと最初は激しい水しぶきがあがりますが、時間が経つにつれてその波は収まっていきます。

しかし波が収まった後も、ボールは水の中で泳いでいる人々に何度もぶつかりながらゆっくりと動き続けます。

実験での重いクォークもまさにこの重いボールのように、最初の激しい衝突(クォークグルーオンプラズマ)段階を通り過ぎた後でも、冷えていく環境(ハドロン物質段階)で衝突を繰り返しながらゆっくりと動きます。

研究者たちは、実験から得られた重い粒子の運動データを詳しく調べました。

具体的には、実際の実験データと理論的なシミュレーションを照らし合わせて、粒子がどのようにエネルギーを失い、粒子同士の相互作用でどのようなパターン(流れ)を示したかを細かく解析したのです。

その結果、これまで注目されていなかった「冷えた後のハドロン段階」においても、重い粒子は予想以上に多くの粒子とぶつかっていることが明らかになりました。

しかも、この冷却段階での粒子同士の衝突が、重い粒子が最終的に検出器で観測される際のエネルギーや運動方向に大きな影響を与えていることが判明したのです。

つまり、重いクォークを含む粒子たちは、最初の激しいクォークグルーオンプラズマ状態を通過した後の「冷めていく宇宙スープ」の状態も含めて、その動きや衝突の履歴をしっかりと記録していたことになります。

言い換えれば、重い粒子は宇宙誕生直後の激しい環境だけでなく、その後の冷却過程の情報までをもタイムカプセルのように現在に届けているのです。

実験を主導した研究者の一人、フアン・M・トーレス=リンコン博士(バルセロナ大学ICCUB)は、この点について「この冷却段階は、粒子がエネルギーを失いながら一緒に流れる現象を理解する上で欠かせないものです。この段階を無視してしまうと、宇宙誕生という巨大なパズルの肝心なピースを見逃してしまうことになります。」と語っています。

では、こうした実験で明らかになった「宇宙スープの後味」は、宇宙誕生の謎を理解する上でどのような新しい洞察をもたらすのでしょうか?

宇宙の起源は「熱狂の後の余韻」まで調べて初めて見える

宇宙の起源は「熱狂の後の余韻」まで調べて初めて見える
宇宙の起源は「熱狂の後の余韻」まで調べて初めて見える / Credit:Canva

今回の研究によって、宇宙誕生直後の極限状態で生まれた重い粒子が、初期の猛烈な高温状態だけでなく、その後の冷却段階の情報まで保存している可能性が示されました。

これまでの研究は、主に超高温状態であるクォークグルーオンプラズマ(QGP)そのものに注目してきました。

しかし今回、実験データを丹念に調べることで、「冷え始めた後」の段階で重い粒子が経験する衝突や相互作用が、実は宇宙誕生直後の「後味」として無視できないほど大きく影響を与えていることが明らかになったのです。

これは例えるなら、激しい嵐の後に残る静かな余韻の中にこそ、重要な手がかりが隠されていたようなものです。

初期の爆発的な激しさにばかり注目していると見逃してしまう、後から静かにやってくる変化の重要性に気づいたことになります。

つまり、宇宙誕生の物語は、最初の大爆発だけでなく、その後の宇宙の冷却という第二幕を丁寧に追うことではじめて全貌が見えてくるということを示しているのです。

また今回の研究は、宇宙初期の状態を探る重イオン衝突実験において、特にチャームクォークやボトムクォークのような重い粒子を観測することの重要性を改めて強調しています。

これらの粒子は宇宙スープの粘り気や流れやすさを感じ取る敏感な「探針」であり、今後の実験でも、さらに細かく分析することで、宇宙の進化をより正確に描き出せる可能性があります。

今後はCERN(欧州原子核研究機構)のSPSや、ドイツに建設予定の新施設FAIRのように、現在よりも低いエネルギー領域での重イオン衝突実験が計画されています。

今回の研究成果は、これら新しい実験で得られるデータを解釈し、宇宙誕生直後の粒子の動きや相互作用をより深く理解するための重要な指針を提供しています。

特に、今回の研究で明らかになった「冷えた後の宇宙スープ」の重要性は、低エネルギー実験においてこそより長く持続し、観測可能な影響を与える可能性があります。

宇宙誕生直後の混沌とした環境からどのように秩序ある物質世界へと進化したのか。

加速器を使って宇宙の起源を再現するというこの挑戦は、私たちが存在する理由や宇宙がなぜ今の姿になったのかという大きな謎に迫る鍵となります。

その意味で今回の研究は、人類が宇宙という壮大な謎を解き明かす旅において、非常にエキサイティングで意義深い一歩だと言えるでしょう。

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元論文

Charm and bottom hadrons in hot hadronic matter
https://doi.org/10.1016/j.physrep.2025.05.002

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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