映画『トゥモロー・ワールド』では、人類がなぜか出産できなくなり、最後に生まれた子どもはすでに成人しています。
「人類は希望を失い、社会は暴力と絶望に包まれまれる」といった世界が描かれます。
もし、このようなことが現実に生じたなら、人類はいつ滅亡するのでしょうか。
米ニューヨーク州立大学ビンガムトン校(SUNY-BU)の名誉教授で人類学者のマイケル・A・リトル氏は、その問いの答えと人類絶滅まで世界の変化を解説しています。
目次
- 人類が「出生ゼロ」になった世界で生じること
- 現実に進行している「静かな崩壊」
人類が「出生ゼロ」になった世界で生じること
空想の世界では、人類の出生が突如止まるシナリオが度々描かれます。
例えば、「生殖年齢の人類すべてを不妊にするウイルスが世界的に流行する」「放射線や環境汚染による不妊化」「核戦争後の被曝や損傷によって人類が再生産不能に陥る」などがあります。
現実味は低いですが、仮にこうした事態が起きれば、「最後の赤ちゃん」を迎えた瞬間から新たな命が生まれなくなる未来が始まります。
ではその瞬間から、人類はどの程度の時間、地球上にとどまることができるのでしょうか?

「平均寿命が80年だから、100年くらいは大丈夫だろう」と思うのは早計です。
社会は個々人の寿命よりも、機能する労働力の存在に大きく依存しています。
若者がいなくなると、最初に影響を受けるのは社会インフラの維持です。
医療、食料生産、物流、上下水道、エネルギー供給といったインフラは、多くが若年労働者によって支えられています。
出生が完全に止まってから30年も経てば、現場で働く世代は高齢化し、技術や労力が足りず、サービスの質は急速に低下していきます。
高齢者のケアや生活支援を担う世代も不在となり、社会は機能不全に陥ります。
リトル氏は、こうした連鎖的な社会崩壊を前提にすると、人類が絶滅するのは「70〜80年後になる可能性もある」と主張しています。
これは決して誇張ではありません。電気が止まり、物流が途絶え、医薬品や清潔な水が手に入らなくなれば、感染症や飢餓のリスクが急増します。
文明の恩恵を失った人類は、思いのほか脆く、短期間で滅びうるのです。
では、現実世界での出生について考えてみましょう。
現実に進行している「静かな崩壊」
世界の人口は増加傾向にありますが、そのペースは鈍化しています。
ある専門家は、2080年代には100億人に達してピークを迎えると予測しています。
では、「人類が滅亡する」なんてシナリオは、私たちに全く無縁のものでしょうか。
必ずしもそうとは言えません。
現実世界の多くの国では、出生率の低下という静かな危機が進行しています。

アジアの先進国、特に韓国や日本では、出生率は「人口維持に必要な水準」を大きく下回っており、韓国では世界最低水準に達しています。
こうした出生率低下の背景には、「経済的不安や雇用の不安定さ」「子育て支援制度の不足」「ワークライフバランスの難しさ」「ライフスタイルや価値観の変化」といった要素があります。
さらに近年では、男性側の不妊(たとえば精子数の減少や運動率の低下)といった生殖医療に関わる問題も顕在化しています。
WHOの推計では、不妊の原因の約半数は男性側にあるとされます。
出生率が低下し続ければ、高齢化社会はさらに深刻化し、年金制度や医療制度の持続可能性が危機に瀕します。
また、若年層の減少によって国家の競争力や創造力も衰えていくでしょう。
たとえば、新しいテクノロジーの導入や起業の活性化は、しばしば若者のアイデアや行動力によって推進されています。
「突如出産できなくなる」という架空のシナリオでは、急速かつ連鎖的な社会の崩壊が人類の滅亡を早めます。
一方、現実世界であり得る「緩やかな出生率の低下」がもたらすのは、ゆっくりとした、しかし確実に進行する「静かな社会の崩壊」であり、それが国や人類の滅亡に絶滅に繋がっていくのかもしれません。
人類がこの地球上で長く生き延びていくためには、地球規模の課題への取り組みが欠かせません。
子どもを産み、育てるという営みは、単なる生殖ではなく、未来への希望をつなぐ神秘的で尊い行為なのです。
参考文献
If people stopped having babies, how long would it be before humans were all gone?
https://theconversation.com/if-people-stopped-having-babies-how-long-would-it-be-before-humans-were-all-gone-255811
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部