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インスリンを作る細胞を増やす救世主「S-AMP」を発見


群馬大学などで行われた研究により、糖尿病治療薬「イメグリミン」が膵臓でインスリンをつくる膵β細胞の数を増やし、細胞死を防ぐ仕組みが解明されました。

研究では膵β細胞の増殖と細胞死抑制には「アデニロコハク酸(S-AMP)」という代謝産物が存在することが重要であり、イメグリミンの投与により膵β細胞内でその量が約3倍に増加していることが示されています。

この発見は膵β細胞そのものを回復させる新しい糖尿病治療法につながる可能性があり、世界中で増え続ける糖尿病患者に大きな希望を与えるものです。

では、この小さな代謝産物はどのようにして膵β細胞を増やし、守るという働きを実現しているのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月10日に『Diabetes』にて発表されました。

目次

  • 糖尿病は膵β細胞の「過労死」――なぜ細胞を増やす治療が必要なのか
  • 膵β細胞再生に重要な「S-AMP」を特定
  • 「血糖値を下げる」から「細胞を増やす」へ――糖尿病治療を一変させるS-AMPの可能性

糖尿病は膵β細胞の「過労死」――なぜ細胞を増やす治療が必要なのか

糖尿病は膵β細胞の「過労死」――なぜ細胞を増やす治療が必要なのか
糖尿病は膵β細胞の「過労死」――なぜ細胞を増やす治療が必要なのか / Credit:Canva

健康診断で血糖値が高いと指摘され、「このままだと糖尿病になりますよ」と言われた経験がある人もいるかもしれません。

実際、日本では成人の約4人に1人が糖尿病またはその予備群と言われており、もはや糖尿病は他人事ではありません。

糖尿病は慢性的に血糖値が高くなる病気で、放置すると目や腎臓、神経に深刻な合併症を引き起こすこともあります。

だからこそ、血糖値を正常に保つインスリンというホルモンが非常に重要な役割を果たしているのです。

インスリンは膵臓にある膵β(ベータ)細胞から分泌され、血液中の糖を体の細胞に取り込ませて血糖値を下げる唯一のホルモンです。

ところが、肥満や運動不足、食生活の乱れといった生活習慣が続くと、このインスリンの効き目が徐々に悪くなってしまいます。

これを「インスリン抵抗性」と呼び、インスリンが効きにくくなった体は血糖値を下げるために、より多くのインスリンを必要とするようになります。

そのため膵β細胞は休むことなく大量のインスリンを作り続け、次第に疲れ果て、機能が低下したり死滅(アポトーシス)したりします。

こうして膵β細胞の数が減ってしまうとインスリン分泌が追いつかず、血糖値がコントロールできなくなり、糖尿病の発症・悪化を招くことになります。

言い換えれば、糖尿病は膵β細胞の「過労死」のようなものなのです。

したがって、糖尿病を根本から治すためには、膵β細胞をいかに守り、その数を増やすかということが鍵となります。

しかし、これまでの糖尿病治療ではインスリン注射や飲み薬などで血糖値を下げることが主な治療法であり、弱って減ってしまった膵β細胞を直接回復させたり再生させたりする方法は確立されていませんでした。

そんな中で近年注目されているのが、イメグリミン(商品名ツイミーグ)という新しいタイプの2型糖尿病治療薬です。

この薬は従来の薬と違い、「血糖値が高い時だけインスリンの分泌を促す」という理想的な働き方をします。

さらに筋肉や肝臓などで糖の利用効率を高め、結果的にインスリンの働きを助ける効果もあり、「一石二鳥」の薬として大きな期待が寄せられています。

特に画期的なのは、イメグリミンがインスリンを作る膵β細胞を保護し、その数を増やす作用を持つことです。

これまでマウスをはじめヒトやブタの細胞を使った研究で、イメグリミンを投与すると膵β細胞が増えるという驚きの効果が確認されています。

ただ、こうした膵β細胞を増やし、守るという作用が、なぜこの薬によって生まれるのか、その仕組みは十分に明らかになっていませんでした。

そこで群馬大学らの研究者たちは、イメグリミンの効果の秘密を解明することにしました。

膵β細胞再生に重要な「S-AMP」を特定

膵β細胞再生に重要な「S-AMP」を特定
膵β細胞再生に重要な「S-AMP」を特定 / Credit:インスリンをつくる細胞を増やす重要な「代謝産物」を発見 ~膵β細胞を回復させる新たな糖尿病治療へ期待~

なぜイメグリミンは膵臓β細胞を増やせるのか?

答えを得るため、研究者たちはまず、膵臓にある膵β細胞の集まり(膵島)に糖尿病治療薬イメグリミンを投与し、細胞内で起きる変化を詳しく調べました。

細胞内で起こる変化を知るためには「メタボロミクス」という技術が使われました。

メタボロミクスとは、細胞が作り出す数多くの代謝産物を網羅的に測定して、その量や種類の変化を詳しく分析する方法です。

いわば細胞の中身を全部取り出して並べ、一つひとつの物質を丁寧に調べていくようなものです。

この方法によって細胞内の変化を丹念に調べると、イメグリミンを投与した膵β細胞ではある特定の物質が大幅に増えていることがわかりました。

その物質こそが、今回の研究の主役である「アデニロコハク酸(S-AMP)」です。

S-AMPはプリン塩基(最終的にAMP=アデノシンリン酸となる)合成の中間代謝産物で、細胞の成長や再生を促進する働きを持っています。

イメグリミンを投与すると、このS-AMPが膵β細胞内で通常の約3倍にも増えていたのです。

さらに詳しく調べると、S-AMPを作り出すための材料である「アスパラギン酸」や「イノシン一リン酸(IMP)」という別の代謝産物も同時に増加していました。

また、S-AMPを実際に作り出す役割を持つ「アデニロコハク酸合成酵素(ADSS)」という酵素も増加していることが確認されました。

これはつまり、細胞の中でイメグリミンの刺激により、S-AMPが積極的に作られている証拠です。

この結果から、研究者たちはS-AMPが膵β細胞を再生させるカギを握っているのではないかと考えました。

しかし、本当にS-AMPが主役なのかを確かめるには、別の実験が必要です。

そこで次に研究者たちが行ったのは、S-AMPを作れないようにする実験でした。

具体的には、「アラノシン」という薬剤を使って、S-AMPの合成に必要なADSSという酵素の働きを止めました。

もしS-AMPが膵β細胞を増やす重要な役割を持つならば、この薬剤を使ってS-AMPが作れないようにすると、イメグリミンによる膵β細胞の増殖や細胞死の抑制効果が弱まるはずです。

そして実際の実験結果は、研究者たちの予想通りになりました。

アラノシンでS-AMPを作れなくした細胞では、イメグリミンを投与しても膵β細胞を増やす効果が大幅に低下し、さらに細胞が死んでしまう割合も増えました。

この結果はマウスだけでなく、人間の膵島、さらにはヒトの多能性幹細胞から作られた膵β細胞、ブタの膵島でも同じように確認されました。

つまり、人間を含む複数の生き物で同様の結果が得られたのです。

このように、イメグリミンが膵β細胞を増やし、その細胞を死なせず守るという効果を発揮するには、S-AMPという代謝産物が絶対に必要であることが明確に示されました。

しかし、ここで一つの新たな疑問が浮かび上がります。

なぜ、S-AMPが膵β細胞を増やしたり、細胞死を防いだりすることができるのでしょうか?

「血糖値を下げる」から「細胞を増やす」へ――糖尿病治療を一変させるS-AMPの可能性

「血糖値を下げる」から「細胞を増やす」へ――糖尿病治療を一変させるS-AMPの可能性
「血糖値を下げる」から「細胞を増やす」へ――糖尿病治療を一変させるS-AMPの可能性 / Credit:Canva

今回の研究によって、糖尿病治療薬イメグリミンの効果を引き出す主役は、「S-AMP」という小さな代謝産物であることが示されました。

これは医学において大きな発見と言えるでしょう。

なぜなら、これまでの糖尿病治療のほとんどは、インスリン注射や薬を使って一時的に血糖値を下げるという対症療法が主流でした。

ところが、血糖値を下げる唯一のホルモンであるインスリンを作る膵β細胞が減ってしまったり疲弊している場合、これらの治療法だけでは根本的な解決になりません。

むしろ膵β細胞の疲弊を止め、新たに細胞を増やす方法が必要です。

今回明らかになったS-AMPの存在は、まさにこの膵β細胞を守り、さらに増やすという理想的な働きをしていることを示しています。

つまり糖尿病治療の考え方を大きく変える可能性を秘めた、非常に重要な物質なのです。

さらに興味深いのは、この新発見が全くの新しい薬から生まれたものではないということです。

すでに臨床で使用され安全性が確認されている既存の糖尿病薬、イメグリミンの「意外な一面」が解明されたということも注目に値します。

薬というものは、開発や認可に膨大な時間と費用がかかるため、すでに使われている薬の未知の効果を明らかにし、それを治療に応用できれば、患者にとっても医療界にとっても非常に大きなメリットとなります。

実際、S-AMPの働きをより詳しく分子レベルで理解できれば、この代謝産物を効率よく増やしたり活性化させたりする新しいタイプの薬が登場するかもしれません。

そうなれば、イメグリミンを使った治療をさらに効果的にし、膵β細胞の再生を促進する新しい治療法へと発展させることも夢ではありません。

今回の発見は、いわば「膵β細胞を再生する」という、これまで難しかった医学の壁を乗り越えるための大きな第一歩と言えるでしょう。

また、この研究成果は糖尿病に苦しむ多くの患者さんたちにとっても大きな希望となります。

糖尿病は世界的に患者が増え続けている深刻な病気です。

日本でも成人の4人に1人が糖尿病またはその予備群と推定され、もはや誰にとっても他人事ではありません。

現在の糖尿病治療は生涯続ける必要があるものがほとんどですが、もし膵β細胞そのものを再生できる治療法が実現すれば、将来的に糖尿病は「治る病気」に変わる可能性があります。

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参考文献

インスリンをつくる細胞を増やす重要な「代謝産物」を発見 ~膵β細胞を回復させる新たな糖尿病治療へ期待~
https://www.gunma-u.ac.jp/information/207319

元論文

Adenylosuccinate Mediates Imeglimin-Induced Proliferative and Antiapoptotic Effects in β-Cells
https://doi.org/10.2337/db24-1090

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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