starthome-logo 無料ゲーム
starthome-logo

イルカの”音で視る”感覚は人間にとってどんな感覚に近いのか?


フィクション小説などでは、人間にはない未知の感覚を持った超能力者のキャラクターも描かれることがあります。

そうした見えない感覚がどういうものかを探るヒントになるような研究には、興味を抱く人も多いでしょう。

今回はそんな人間にはない感覚がどんなものなのか、脳の経路から探った研究を紹介します。

真っ暗な海の中を、イルカたちはときに時速50キロ近くに達する高速で泳ぎながら、障害物を避け、小魚を正確にとらえます。

そんな芸当、人間には到底できません。

なぜイルカはそんなことが可能なのでしょうか?

その鍵は「エコーロケーション(echolocation)」と呼ばれる特殊な能力にあります。

これは、自分で発した音(クリック音)を周囲に反響させ、その反射音から空間の情報を読み取るという仕組みです。

いわば「音で見る」能力ですが、実際には目で見るのとはまったく異なる感覚がそこにあるかもしれません。

では、イルカにとってのエコーロケーションとは一体どんなふうに“感じられる”のでしょうか?

この疑問に、フロリダ州ニューカレッジ・オブ・フロリダ(New College of Florida)とエモリー大学(Emory University)などの国際共同研究チームが迫りました。

研究成果は、2025年6月6日付で科学雑誌『PLOS ONE』に掲載されています。

目次

  • 脳の接続をたどって、感覚の仕組みに迫る
  • “音で見る”ではなく“音で触る”に近い感覚

脳の接続をたどって、感覚の仕組みに迫る

イルカはクリック音と呼ばれる高周波の音を発し、その反響音から周囲の様子を把握しています。この仕組みは「エコーロケーション(echolocation)」と呼ばれ、目を使わずにまるで「音で見る」ような能力だとよく説明されます。

けれど実際、イルカはその反響音を「耳」で聞いているわけではありません。

音は、イルカの下あごの骨を通じて、直接頭の中にある聴覚の器官に伝わっているのです。つまり、私たちが耳から音を聞くのとはまったく違う経路で、音を感じ取っているのです。

すると、こんな疑問が湧いてきます。

イルカにとって、この“反響音を捉える感覚”は本当に「見る」感覚に近いのだろうか?

今回紹介する研究は、エコーロケーションが脳内でどのように処理されているかを調べることで、「それがどんな感覚に近いのか?」という問いに迫ろうとしています。

研究チームは、イルカの脳の中で音を処理する領域と、体を動かす領域がどのようにつながっているかを調べました。

具体的には「下丘(かきゅう/inferior colliculus)」という音の情報が集まる中継地点と、「小脳(しょうのう/cerebellum)」という運動の調整をつかさどる部分の間にある神経のつながりを、MRIで可視化したのです。

イルカの脳内でエコーロケーションの信号が通る神経経路を示した図/Credit: Sophie Flem et al., PLOS ONE(2025)

このつながりを見ることで、イルカの脳が「音」をどのように扱っているのか、つまり“どんな使い方をしているのか”が見えてくると考えられました。

調査には、ストランディング(座礁)などで死亡した実際のイルカやクジラたちの脳組織が使われました。研究された動物は、3種類のイルカ(コモンドルフィン、アトランティックホワイトサイドドルフィン、パン‐トロピカルスポッテッドドルフィン)と、ヒゲクジラの仲間であるミンククジラ1頭です。

研究チームは、この脳データをもとに、イルカのエコーロケーションがどのように処理され、他の感覚(視覚や触覚)とどう関わっているのかを探ろうとしました。

“音で見る”ではなく“音で触る”に近い感覚

さて、実際に脳の神経のつながりをたどってみたところ、面白い発見がありました。

イルカの脳では、音を処理する左の下丘と、運動を司る右の小脳のあいだに、非常に強い神経の結びつきが見られたのです。これに対し、ミンククジラでは右下丘から左小脳への接続の方がやや強くなっていました。

イルカの脳に音を処理する左脳と運動を司る右脳の間に強い結びつきが見られた/Credit: Sophie Flem et al., PLOS ONE(2025)

この違いは何を意味するのでしょうか?

イルカは、音によって周囲の空間を素早く把握しながら、獲物を追いかけたり障害物を避けたりするために、脳内で音と運動が一体となった働きをしている可能性があります。

それはまるで、「音で感じたものに、直接触れて反応する」ような感覚に近いと考えられます。

例えば、イルカがクリック音を出して前方にある小魚の位置を探ると、その反響音のパターンから「ここにいる!」と即座に感知します。

この情報は、脳内を高速で処理され、小脳や体の動きを制御する領域に伝わり、舌を出したり、口を素早く閉じたり、体をひねったりといった行動につながります。

それは見てそれを判断して行動につなげるというよりも、触れて反射的に動く反応に近いのです。

人間にたとえれば、暗闇の中で手を前に出し、何かに触れた瞬間に思わず引っ込めたり掴んだりするような感覚に似ているかもしれません。

Credit:canva

実際に、今回の研究では、イルカの脳でエコーロケーションの反響音を処理している経路の一部が、ヒトの脳で触覚処理に関わる領域(SII:二次体性感覚野)と同じような場所を通っていることが確認されました。

このことから、イルカのエコーロケーションは、「目で見る」ような処理だけでなく、「皮膚で感じる」ような触覚的処理も含まれている可能性があると考えられたのです。

つまり、イルカにとって反響音は、視覚的に「見る」情報というより、物理的に「触れる」ような実感をともなう感覚として、空間や対象物を捉えているのかもしれません。

もちろんその感覚は、私たち人間には想像しにくい、まったく新しい種類の知覚かもしれません。しかし、こうした未知の感覚に迫る報告は興味深いものがあります。

私たちは“音で触れる”感覚を理解できるのか?

ここまで見てきたように、イルカの脳では、音の反響がまるで触覚のように処理されている可能性があることが示唆されています。 しかし、読者の中にはこの報告でイルカの感覚を本当に説明できているのか? と疑問を投げかける人もいるでしょう。

実際同じような問題は、すでに哲学者トマス・ネーゲル(Thomas Nagel)が、1974年に発表した論文の中で論じています。

「コウモリであるとはどういうことか?」というタイトルのこの論文で、ネーゲルはたとえ私たちがコウモリの脳や行動を科学的に理解したとしても、「コウモリにとって世界がどう“感じられているか”」という主観的な体験は、私たち人間には本質的に理解できないと結論づけました。

ネーゲルは、主観的な経験、つまりクオリア(qualia)は、どれほど精密な脳スキャンや客観的データを通しても捉えきれないと指摘したのです。

イルカのエコーロケーションについても同様です。 たとえ脳内で触覚に似た処理が行われていることが分かっても、それが「どんなふうに感じられているのか」までは、外部からは知り得ないかもしれません。

このような哲学的な限界を前にしながらも、今回の研究は、私たちが持たない感覚の世界に一歩踏み込み、そこに科学的な輪郭を与えようとする試みといえるでしょう。

そして同時に、それは動物たちの知覚や意識に対する、新たな想像力を促してくれます。

全ての画像を見る

参考文献

For Dolphins, Echolocation May Be More Like ‘Touching’ Than ‘Seeing’
https://www.scientificamerican.com/article/for-dolphins-echolocation-may-be-more-like-touching-than-seeing/

元論文

Lateralized cerebellar connectivity differentiates auditory pathways in echolocating and non-echolocating whales
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0323617
What Is It Like to Be a Bat?
https://doi.org/10.2307/2183914

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

    Loading...
    アクセスランキング
    game_banner
    Starthome

    StartHomeカテゴリー

    Copyright 2025
    ©KINGSOFT JAPAN INC. ALL RIGHTS RESERVED.