米ミネソタ州のレイクスーペリア動物園で暮らすオスのアラスカヒグマ「ツンドラ」。
彼はこのほど、クマとして世界で初めてチタン合金製のフルクラウン(被せ物)を歯に装着したと報じられました。
これまでに記録された中で、獣医療における最大のクラウンでもあり、「クマにチタンの歯を移植する」という前代未聞の手術が行われたのです。
今や彼がニヤッと笑うと、歯がキラリと光ります。
目次
- ヒグマにクラウンをつけた理由とは?
- 武装警備のもと、1時間の歯科手術が実施される
ヒグマにクラウンをつけた理由とは?
ヒグマの「ツンドラ」は体重約360キログラム、後ろ足で立てば2.4メートルにもなる堂々たる体格の持ち主です。
彼は生後3か月のときに母親を失い、兄弟の「バンクス」とともに保護されて、ミネソタ州デュルースのレイクスーペリア動物園に迎えられました。
問題が起きたのは2023年。
ツンドラは4本ある主要な犬歯のうち、右の1本を折ってしまったのです。
動物園の獣医歯科医であるグレース・ブラウン氏は当初、根管治療を行い、歯の内部を保護しました。
しかしその後、再び同じ歯を損傷してしまったといいます。
通常の治療では歯の維持が難しいと判断され、最終的にクラウン、つまり人工のかぶせ物で全面を覆う処置が検討されました。
とはいえ、ヒグマの巨大な歯に合うクラウンは人間のように既製品では用意できません。
この特注クラウンの製作を担ったのは、アイダホ州の専門企業「Creature Crowns」です。
彼らはツンドラの歯のワックス型をもとに、特製のチタン合金クラウンを開発しました。
その完成品は「世界最大のクラウン」として記録されることになりました。
武装警備のもと、1時間の歯科手術が実施される
2025年6月23日、動物園ではツンドラへの歯科手術が行われました。
手術を担当したのは前回の根管治療も担当したブラウン医師です。
処置時間は約1時間で、チタン製のクラウンを丁寧に犬歯に装着していきました。
しかし相手は360キロの野生動物。
鎮静処置が効いているとはいえ、手術室には万が一に備えて銃を携えた武装対応チームの職員が待機していました。
もしツンドラが目覚めれば、命に関わる事態に発展する可能性もあったのです。
幸いにも手術は無事に完了し、ツンドラは再び元気に過ごせるようになりました。
銀色のクラウンは彼の犬歯を保護し、細菌感染やさらなる損傷を防ぎます。
「彼の笑顔には、今やキラリと輝く光があるんです」と、動物園の広報担当は語っています。
なお、この前例のない処置について、医師チームは2025年中に獣医歯科学の専門誌『Journal of Veterinary Dentistry』に論文を発表する予定です。
一見、ユーモラスに思える「クマの銀歯」ですが、その背後には動物福祉と獣医療の進化があります。
大型哺乳類の歯の健康は、その生活の質に直結する重大な問題です。
とくにクマのように肉や硬いものを噛む動物にとって、犬歯の損傷は死活問題にもなりかねません。
今回の手術は、動物医療がどこまで進歩し、どこまで寄り添えるのかを示す象徴的な一例といえるでしょう。
参考文献
Bear’s new metal tooth is world’s biggest-ever crown
https://www.livescience.com/animals/bears/bears-new-titanium-tooth-is-worlds-biggest-ever-crown
An Alaska brown bear has a new shiny smile after getting a huge metal crown for a canine tooth
https://apnews.com/article/zoo-bear-new-tooth-minnesota-3ab655df55af846ec673a97c09123902
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部