軟体動物であるイカは、ほとんど化石として残されません。
そんな中、北海道大学の研究チームは、最新のデジタル化石解析技術を使って約1億年前の岩石を調査。
その結果、なんと40種もの未知のイカ化石が新たに発見されたのです。
これまで白亜紀のイカ化石と断定できていたものは1標本のみでしたが、今回一気に263個も見つかったため、研究者たちも驚きを隠せません。
何より衝撃だったのは、イカが1億年前の時点で予想をはるかに超える多様性を誇っていたことです。
白亜紀の海はすでに“イカだらけ”だった可能性が浮上しました。
研究の詳細は2025年6月26日付で科学雑誌『Science』に掲載されています。
目次
- 白亜紀のイカ化石はほぼ見つかっていない
- 新技術で「白亜紀のイカ」を大量発見!
白亜紀のイカ化石はほぼ見つかっていない

イカ類は、タコやオウムガイと同じ「頭足類」と呼ばれるグループに属し、無脊椎動物としては異例ともいえる高度な知性とカモフラージュなどの身体能力をもっています。
現代の海では、魚やクジラに匹敵する捕食者として、あるいは反対に多くの海洋生物の餌資源として、海洋生態系の中核的な役割を果たしています。
しかしこの“海の忍者”とも言えるイカ類について、進化の歴史は驚くほどわかっていませんでした。
理由は単純で、イカには殻や骨がなく、化石として残りにくいからです。
特に重要な分類の手がかりとなる「クチバシ」はとても壊れやすく、長いあいだ古生物学の世界ではイカの痕跡は“ほぼゼロ”とされてきました。
これまでに発見されていた白亜紀のイカ化石は、たった1個とされています。
しかもそれは巨大な標本であり、運よく保存された極めてまれなケースでした。
つまり、白亜紀(約1億4500万~6600万年前)の海にイカがいたという証拠は、ほとんど存在しなかったのです。
そのため、従来は「イカの多様化はアンモナイトが絶滅した白亜紀末以降に起こった」という説が定説となっていました。
しかし、イカの仲間はその身体能力からして、もっと早くから生態系に存在していたはずです。
ではなぜ、見つからなかったのか?
その謎を解く鍵となったのが、今回登場したデジタル化石マイニング技術でした。
新技術で「白亜紀のイカ」を大量発見!
この画期的な研究を主導したのは、北海道大学とドイツ・ルール大学の国際研究チームです。
彼らが用いたのは「破壊型トモグラフィー」と呼ばれる最先端の手法です。
これはデジタル上で岩石をμm(マイクロメートル)単位で削りながら、その表面を高精細・フルカラーで撮影し、断面画像を1枚ずつ蓄積していくもの。
こうして岩石全体の構造をTB(テラバイト)スケールのデータに変換し、内部の化石を“まるごと”取り出せるのです。
実際のイメージがこちら。音声はありません。
しかもこの手法で得られる情報量は、従来の産業用CTスキャンの16億倍。
化石の発見確率は1万倍に跳ね上がり、もはや“化石は運次第”という時代は終わりを迎えつつあります。
この技術を使って調査したのは、北海道の白亜紀後期の地層から採取された岩石です。
チームはこの中から計1,000個の頭足類のクチバシ化石を発見し、そのうち263個がイカ類と判明。
これらはわずか数ミリという微小なサイズであり、従来の方法では見落とされていたことが明らかになりました。
さらに驚くべきことに、これらの化石は5科23属40種に分類され、そのうち39種が新種だったのです。
しかも現代のイカに近い2グループ(開眼目・閉眼目)に属するものも多く含まれ、特に閉眼目の一部は現生種と極めて近縁でした。
また、これらのイカ化石は、アンモナイトや魚類と同じ岩石中に共存しており、体サイズや個体数の比較から、当時の海でイカが最大の生物量を持つ遊泳性動物だった可能性も浮上しています。
つまり、これまでアンモナイトが支配していたとされる白亜紀の海は、実際にはイカだらけだったと考えられるのです。

今回の研究は、古生物学における大きなパラダイムシフトをもたらしました。
かつては“何も見つからない”とされていたイカの進化史に、突如として膨大な化石記録が出現したのです。
これは単にイカの話だけではなく、過去の地球に存在した多くの生命の記録が、まだ見ぬ地層の奥深くに眠っていることを意味します。
デジタル化石マイニング技術は、今後あらゆる地質調査に応用され、恐竜や魚類、植物に至るまで、これまで発見不可能だった化石の新たな記録を掘り起こすことになるでしょう。
参考文献
イカ類は1億年前に既に誕生し爆発的に多様化していた~古生物学を根本から変革するデジタル化石マイニング技術~
https://www.hokudai.ac.jp/news/2025/06/1-21.html
元論文
Origin and radiation of squids revealed by digital fossil-mining
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adu6248
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部