北極圏に生息する神秘的な海洋哺乳類「イッカク」。
その特徴的な一本の長い牙(実際は歯)が、単なる飾りではないことが新たに確認されたようです。
米フロリダ・アトランティック大学(FAU)はドローンを活用し、野生のイッカクがその牙をどのように使っているのかを世界で初めて詳細に記録しました。
その結果、イッカクはこの牙を単なる戦いや求愛のためだけでなく、「魚を気絶させる」「探索する」「遊ぶ」といったこれまで未確認の用途にも使っていることが明らかになったのです。
研究の詳細は2025年2月28日付で科学雑誌『Frontiers in Marine Science』に掲載されています。
目次
- イッカクは一本角を何に使っているのか?
- ドローンで明らかになったイッカクの「狩り」と「遊び」
イッカクは一本角を何に使っているのか?
イッカクは、その長くて螺旋状の牙が頭の先から突き出ていることから「海のユニコーン」とも呼ばれています。
一本角のように見えますが実際は「歯」が変形したものであり、昔からこの牙の用途についてはさまざまな説がありました。
たとえば、オス同士の戦いでライバルを威嚇するため、あるいは交尾相手を引き付けるための道具として進化したという説が有力でした。
また、牙の内部は非常に神経が豊富であり、水温や塩分濃度を感知するセンサーの役割を果たしている可能性も指摘されています。

しかし今回の研究ではこれまでの通説とは異なる意外な行動が明らかになりました。
なんとイッカクは、この牙を使って「魚を殴って気絶させる」「遊びの道具として使う」など、これまで知られていなかった用途に利用していたのです。
これは従来の「牙は戦いや求愛のための道具」という考えを覆すものであり、イッカクの生態への理解を大きく前進させる発見となりました。
では、ドローンが捉えた実際の映像を見てみましょう。
ドローンで明らかになったイッカクの「狩り」と「遊び」
研究チームは2022年夏に、カナダの北極圏・ヌナブト準州のクレスウェル湾で、ドローンを使ったイッカクの撮影調査をしました。
特に興味深かったのは、イッカクが魚をどのように捕食するかを記録した場面です。
調査の結果、イッカクは牙を巧みに動かし、ときには魚を軽く突いたり、押したりしながら、その動きをコントロールしていることがわかりました。
さらに、魚を牙で素早く叩くことで、一瞬気絶させるような動作も観察されました。
こちらが実際の映像。黄色の丸の中に魚がいて、イッカクはそれを一本角で操作しています。

これはイッカクが従来考えられていた「牙は戦いや求愛のためのもの」という説だけでなく、「狩猟にも牙を利用している」ことを示す初めての証拠となります。
また研究者たちは、イッカクが牙を使って探索行動をしたり、ときには遊びのような動きを見せる場面も観察しました。
これにより、イッカクが知的で社会的な生き物であり、遊びや学習のためにも牙を使う可能性も示唆されました。
今回の研究で明らかになったのは、イッカクが単なる「北極の神秘的な生き物」ではなく、環境に適応しながら独自の狩猟技術を発達させていることです。
特に、近年の気候変動により北極の海氷環境が変化しており、イッカクの獲物の分布や種類も変わりつつあります。
このような環境変化に対応するために、イッカクが牙を使った新しい狩猟技術を進化させている可能性があります。

また、イッカクは社会的な生き物であり、他の個体の行動を観察して学習することも示唆されています。
このような知的な行動は、イッカクが生き残るために重要な適応戦略である可能性が高いです。
イッカクの牙は、まるでスイスアーミーナイフのような多機能ツールなのかもしれません。
今後の研究では、牙のさらなる用途や、他の個体との相互作用にどのような影響を与えるのかが明らかになることでしょう。
参考文献
Drone Captures Narwhals Using Their Tusks to Explore, Forage and Play
https://www.fau.edu/newsdesk/articles/drones-unicorn-of-the-sea
元論文
Use of tusks by narwhals, Monodon monoceros, in foraging, exploratory, and play behavior
https://doi.org/10.3389/fmars.2025.1518605
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部