まるで異世界のような闇に支配された場所。そこに「スズメバチ」がいたとしたら?
豪アデレード大学(University of Adelaide)の研究チームはこのほど、同国南部のナラボー平原の地下深くに広がる洞窟で、真っ暗闇の洞窟環境に完全適応したスズメバチを発見しました。
すでに目は退化し、羽の小さくなって飛行能力もなくしています。
その代わり、脚と触角が著しく長くなっており、暗闇で最も重要な「触覚」の機能が高くなっていました。
また洞窟内では他にも、新種と見られる無脊椎動物が見つかったようです。
目次
- 暗闇に適応した「ハチ」の正体とは?
- “生きた個体”は見つかるのか?
暗闇に適応した「ハチ」の正体とは?
発見されたのは、アデレード大学の研究チームが、洞窟探検家たちと協力して行った大規模調査の最中でした。
場所は、オーストラリア南部に広がる「ナラボー平原」の地下。
この地域は何千もの洞窟が広がっているにもかかわらず、科学的調査がほとんど行われていない“未踏の世界”です。
チームが潜入した洞窟の中には、まるで時間が止まったかのようにミイラ化した無脊椎動物たちが、壁や天井に張り付いたまま発見されました。
クモやムカデ……そして、その中に「スズメバチらしきもの」が混じっていたのです。
このハチは、見た目からして明らかに“普通ではない”存在でした。

・目が完全に退化し、機能していない
・脚と触角が異常に長く、感覚器官として発達
・羽はほとんど残っておらず、飛ぶことはできない
まさに、完全な暗闇での生活に特化した構造です。
研究を率いたジェス・マーシュ博士は「これは世界で初めて、洞窟環境に身体的に適応したスズメバチの発見です」と語っています。
しかも、このハチだけでなく、同じ洞窟内からは数多くの新種と思われる無脊椎動物が見つかりました。
しかし、いずれも“死体”だったのです。
洞窟内は乾燥しており、死後も腐らず保存されていたため、生前の姿をほぼ完全に保っていました。
一部の個体は、壁を登っている最中に死んだらしく、動作の途中で時が止まったかのような状態で発見されました。
一方で、「なぜすべて死んでいたのか」という謎は、いまだに解明されていません。
“生きた個体”は見つかるのか?
マーシュ博士らは、オーストラリア研究評議会などの支援を受け、標本の年代測定と、この洞窟でなぜ生きた個体が見つからなかったのかという謎の解明に取り組んでいます。
洞窟に残されていた生物の年齢を測定し、「この生態系に何が起きたのか」を探ろうとしているのです。
実は、近くの別の洞窟では、生きた新種の大型クモも発見されており、洞窟内で現在も生き続けている種が存在することは確認されています。
このクモもまた、目がなく、淡い体色をしており、巨大な巣を岩の間に張って生息していました。
画像はこちらから。クモが苦手な方は閲覧をお控えください。

興味深いのは、これらのクモやスズメバチのような種は、たった1つの洞窟にしか生息していない可能性があるという点です。
これはちょっとした環境の変化や捕食者の侵入によって、簡単に絶滅してしまうことを意味します。
実際、チームが調査中に見つけたのは「スズメバチ」だけではありませんでした。
洞窟内には、大量のキツネの糞や、死んだキツネの個体も確認されました。
現在、キツネが洞窟生物を捕食している可能性についても調査が進められています。
さらに問題なのは、今回調査が行われた地域が「大規模な再生可能エネルギー開発」の計画地に含まれていることです。
調査が行われた洞窟も、今後の開発で破壊されるリスクに晒されています。
ナラボーの洞窟は、まだ誰にも知られていない“生物のタイムカプセル”です。
もし失われてしまえば、そこにしか存在しない生命も永遠に失われてしまうかもしれません。
参考文献
World-first highly cave-adapted wasp discovered in Nullarbor Caves
https://www.adelaide.edu.au/newsroom/news/list/2025/06/25/world-first-highly-cave-adapted-wasp-discovered-in-nullarbor-caves
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部