starthome-logo 無料ゲーム
starthome-logo

ニキビ薬成分が手足再生メカニズムを制御していたと判明


ノースイースタン大学での研究により、ニキビ治療にも使われるレチノイン酸がアホロートルの手足再生において、体のどの部分をどれだけ再生するかを決定する役割を果たしていることが明らかになりました。アホロートルは、手足を完全に再生できる能力で知られていますが、この研究ではレチノイン酸が再生中の位置情報を制御することが確認されました。レチノイン酸の濃度が高い部分では大きな構造を再生し、低い部分では小さな構造を再生するよう細胞に指示すると考えられています。今回の発見は、再生医療の発展に寄与し、人の失った手足の再生研究に新たな知見を提供する可能性があります。詳細な研究結果は『Nature Communications』にて発表されました。

アメリカのノースイースタン大学(NEU)で行われた研究によって、ニキビ治療薬として広く知られるレチノイン酸(ビタミンA誘導体)の濃度を調節する酵素が、アホロートル(ウーパールーパー)の驚異的な手足の再生能力を可能にする「位置情報」を制御していることが明らかになりました。

近年の研究においてアホロートルは再生医療研究界隈のクマムシとも言える重要な役割を担うようになってきました。

このレチノイン酸を組み込んだ再生促進の仕組みはヒトにも潜在的に備わっている可能性があり、将来的には指のような小さな部位や瘢痕のない創傷治癒から、さらにはより大きな手足の再生にまで応用できるかもしれないと期待されています。

人間が失われた手足を再び再生できる日が来るのでしょうか?

研究内容の詳細は『Nature Communications』にて発表されました。

目次

  • 200年の謎:再生範囲は誰が決める?
  • ニキビ薬成分が“再生GPS”になっていた
  • ヒトの細胞に再生の声を届けられるか

200年の謎:再生範囲は誰が決める?

ニキビ薬にも含まれるレチノイン酸はビタミンAから作られる物質です
ニキビ薬にも含まれるレチノイン酸はビタミンAから作られる物質です / Credit:wikipedia

アホロートル(メキシコサンショウウオ)は愛嬌のある見た目で人気ですが、失った手足を完全に再生する驚異的な能力を持つことで科学的にも注目されています。

サンショウウオ類の持つ卓越した再生能力、とりわけアホロートルが傷ついた肢(し)をそっくりそのまま数週間かけて再生できる仕組みは、長年にわたり謎とされてきました。

アホロートルが手を失ったとき、どうして切断位置から先だけを正確に再生できるのか――この疑問は再生生物学で長年解明されていない難問です。

こうした「失われた部位を正確に復元する」再生のメカニズムを解明し、人間への応用につなげることが研究の大きな目的でした。

ヒントとなったのは、発生生物学の知見でした。

レチノイン酸(RA)はビタミンA由来の分子で、胎児の発生段階で四肢をパターンづけるシグナルとして働くことが知られています。

ニキビ薬に含まれているレチノイン酸とは?

レチノイン酸(トレチノイン)とは、ビタミンAから作られる物質で、主にニキビの治療薬として使われています。私たちの皮膚は通常、新しい細胞を生み出し、それが古い細胞と入れ替わることで健康な状態を保っています。しかし、毛穴が詰まったり、皮脂が過剰に分泌されたりすると、ニキビができやすくなります。レチノイン酸はこの細胞の入れ替わりを促進して毛穴の詰まりを防ぎ、皮脂の分泌をコントロールすることでニキビの発生を抑える効果があります。さらに、レチノイン酸は皮膚のコラーゲン生成を促す作用があることも知られています。つまりレチノイン酸は人間の皮膚細胞において再生を促進する機能を果たしているのです。では他の生物、特に再生能力の高い生物では皮膚細胞だけに留まらず手足の再生にも関与しているのでしょうか?近年このレチノイン酸が細胞の位置情報を決定する役割を持つことがサンショウウオの再生研究から明らかになり、再生医療の分野でも新たな可能性が注目され始めています。

モナハン教授らは、アホロートルの再生でもこのレチノイン酸が“どの部分をどこまで作るか”を伝える合図になっているのではないかと考えました。

実際、レチノイン酸はアホロートル特有の物質ではなく人間を含む脊椎動物全般に存在し、私たちの場合は食事やスキンケア用のレチノール(ニキビ治療薬成分)として取り入れているものです。

研究チームは、この身近な分子がサンショウウオの再生能力の裏で果たす役割を詳しく調べることにしました。

ニキビ薬成分が“再生GPS”になっていた

ニキビ薬成分が“再生GPS”になっていた
ニキビ薬成分が“再生GPS”になっていた / Credit:Canva

レチノイン酸がどのように再生に関与しているのか?

謎を解明するため研究チームはまず、アホロートルの体内でレチノイン酸が実際にどのように働いているかを観察しました。

遺伝子操作により、レチノイン酸の作用している細胞が蛍光緑色に光るアホロートルを作製し、再生中の手足でのシグナル分布を可視化したのです。

その結果、再生中のブラステマ(再生組織)において、肩に近い付け根部分ではレチノイン酸の濃度が高く、指先に近い先端部分では低いことが分かりました。

さらに重要なことに、レチノイン酸を分解する酵素CYP26B1の量は逆に先端で多く、付け根で少ないという勾配が確認されました。

このことは、レチノイン酸の濃度勾配こそが「再生の青写真」の役割を果たし、高いRA濃度の所では“大きなパーツ”を、低い所では“小さなパーツ”を再生するよう細胞に指示している可能性を示唆します。

続いて研究チームは、この仮説を実験的に確かめました。

主な実験結果は次の通りです。

レチノイン酸を過剰に与える操作:

アホロートルの再生中の傷口にレチノイン酸を通常より多く投与すると、本来は「手先」だけ再生すべき箇所に、「上腕や前腕などの近位側の骨格」が余分に形成される現象が起こりました。

いわば再生の暴走で、本来必要以上の部分まで再生してしまうのです。

この「フランケンシュタイン的な」実験により、レチノイン酸が再生する部位の大きさを決定づける要因であることが裏付けられました。

酵素CYP26B1の阻害:

次に、CYP26ファミリー阻害薬(主にCYP26B1を標的とするタラロゾール)を用いて、レチノイン酸を分解する酵素の働きを止めてみました。

すると上記と同様、指先だけの再生で済むはずの箇所で、余分に腕の骨格が形成されてしまう現象が起きました。

これは、酵素によるRAの「分解」が正常な再生には不可欠であり、RA濃度が下がらないと再生が暴走してしまうことを示しています。

研究者たちはもたった1種類の酵素がレチノイン酸を分解して濃度を制御している点に着目しています。

Shox遺伝子の再生における新たな役割の特定:

レチノイン酸が具体的に細胞内でどの遺伝子を動かしているかも調べられました。

特に「ショートホームボックス遺伝子(Shox)」と呼ばれる遺伝子がRAに応答して活性化し、骨の成長に重要な役割を果たすことが突き止められています。

実際にCRISPR-Cas9という手法でアホロートルからShox遺伝子を無効化すると、再生した腕の骨(上腕部や前腕部)が短くなり、末端の指の部分だけが通常サイズで形成されるという異常が起きました。

興味深いことに、人間でもShox遺伝子に変異があると腕や脚が短くなる症状が知られており、サンショウウオの再生機構と人間の発生メカニズムの共通点を示唆しています。

以上の結果から、研究チームは「アホロートルの再生する手足の位置や大きさは、ニキビ薬成分にも含まれているレチノイン酸の濃度によって決まっており、その濃度を調整するCYP26B1酵素が一種の『再生GPS』として働いている」と結論付けました。

失った部位が肩に近ければRA濃度が高く保たれ、「腕全体」を再生するプログラムが動きます。

一方、指先に近い箇所では酵素がRAを素早く分解して濃度を下げるため、「手先だけ」を作るよう細胞に指示が与えられるのです。

ヒトの細胞に再生の声を届けられるか

ヒトの細胞に再生の声を届けられるか
ヒトの細胞に再生の声を届けられるか / Credit:Canva

今回明らかになったレチノイン酸による「再生の指令シグナル」の発見は、失われた手足の再生という再生医療の究極の目標に一歩近づく重要な知見です。

モナハン教授は「再生の合図を解明できたことは、人間への応用に向けた大きな前進です」と述べています。

人間にもレチノイン酸を感知する細胞(線維芽細胞など)は存在しますが、私たちの場合、腕を怪我するとそれらの細胞はコラーゲンを沈着させて傷痕を作る方向に進んでしまい、サンショウウオのように再生モードに入らないのが現状です。

言い換えれば、信号そのもの(レチノイン酸など)は人間の体内にも流れていても、細胞がそれを「聞いていない」ために再生が起こらないと考えられています。

では人の細胞にサンショウウオのようにこの信号を“聞かせる”ことはできるのでしょうか?

モナハン教授は、ポイントは「細胞がレチノイン酸などの再生シグナルを再び感知するよう、細胞内の遺伝子プログラムを再起動させること」だと言います。

アホロートルでは傷を負った細胞が「脱分化」といって一度初期状態に戻り、再び胚(胎児)のような状態で手足を作り直します。

一方、人の細胞は傷ついても脱分化せず、そのまま修復・瘢痕化に進むため再生できません。

研究チームは、適切な遺伝子プログラムのオン・オフを制御できれば、外部遺伝子を導入せずに部分的な再生を誘導できる可能性があると述べています。

モナハン教授らの発見は、まさにそのスイッチの一端を示すものです。

「人の線維芽細胞にもこの再生の合図(レチノイン酸)を聞かせることができれば、あとの作業は細胞自身がやってくれるはずです。彼ら(線維芽細胞)はサンショウウオと同じように発生の過程で一度手足を作っているのですから」とモナハン教授は説明しています。

今回見つかった酵素CYP26B1やShox遺伝子といった要素は、人間の細胞に眠る「再生プログラム」を起こすカギになるかもしれません。

もっとも、人が実際に手足を再生できるようになるまでには課題も山積です。

再生の合図は解明されつつありますが、それを受け取る細胞側の仕組みや、レチノイン酸が細胞内でターゲットとする遺伝子群の特定など、今後さらに深い理解が必要です。

また、人の組織でサンショウウオのような脱分化・再生を誘導するには、安全かつ精密な遺伝子制御技術(例えばCRISPRなど)の進歩も欠かせないでしょう。

ヒトの四肢再生は遠い未来かもしれませんが、生物が本来持つ再生能力の片鱗が人間にも残っているのであれば、将来的にそれを呼び覚ますことも不可能ではないかもしれません。

一方で、本研究は創傷治癒の分野にも新たな視点を提供します。

レチノイン酸による細胞への働きかけを応用すれば、傷を瘢痕(はんこん)化させずにきれいに治す治療や、指先程度の部分的な再生は比較的早い段階で実現する可能性もあります。

「最初に手足を形作った生物プログラムを再び動かすことができれば、指一本はおろか手のような大きな部分でも再生できる可能性があります」とモナハン教授は将来への展望を語っています。

再生生物学の地道な研究が、いつの日か人類の「失われた再生能力」を目覚めさせる日が来るかもしれません。

全ての画像を見る

元論文

Retinoic acid breakdown is required for proximodistal positional identity during axolotl limb regeneration
https://doi.org/10.1038/s41467-025-59497-5

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

    Loading...
    アクセスランキング
    game_banner
    Starthome

    StartHomeカテゴリー

    Copyright 2025
    ©KINGSOFT JAPAN INC. ALL RIGHTS RESERVED.