世界遺産として有名なパルテノン神殿は、私たちのイメージとは大きく異なっていたかもしれません。
ギリシア・アテネの象徴であり、純白の大理石に輝く荘厳な神殿——そんな印象を持っている人は多いでしょう。
しかし、最新の研究により、その内部は暗く、光と影を駆使した巧妙な設計が施されていたことが明らかになりました。
この研究を行ったのは、オックスフォード大学(University of Oxford)に所属するフアン・デ・ララ氏です。
彼は3Dモデリングと光の物理シミュレーションを用いて、パルテノン神殿の内部空間と照明条件を精密に再現しています。
研究の詳細は、2025年5月6日付で『The Annual of the British School at Athens』誌に掲載されました。
目次
- パルテノン神殿と女神像を3Dで再現
- 意図的に設計された暗闇と「一時的に輝く“降臨”の瞬間」
パルテノン神殿と女神像を3Dで再現

パルテノン神殿は、紀元前5世紀の古代ギリシア、ペリクレス政権下で建設されたアテネ市民の誇り高き建築です。
アクロポリスの丘に位置し、ギリシア神話に登場する戦いと知恵の女神アテナを祀る神殿として知られています。
建築様式はドーリス式(古代ギリシア建築における建築様式のひとつ)。
その完璧な比例と精緻な装飾から、古代建築の最高傑作と評されてきました。
この神殿の特異性を際立たせていたのが、その内陣(セラ)に置かれていた巨大な「アテナ像」の存在です。

この像は彫刻家フィディアスの手によって制作された、高さ12メートルにもおよぶ金と象牙の神像で、都市そのものの栄光を象徴するものでした。
そしてパルテノン神殿は、これまでの一般的なイメージでは、内部は白く明るく、太陽の光が差し込む美しい場所だと考えられてきました。
しかし、デ・ララ博士はこの常識に挑みました。
まず神殿全体の3Dモデルを構築し、地形、建材、建築構造、天体の位置など、あらゆる要素を反映した仮想空間を再現。
そして、物理ベースの照明シミュレーションを行うことで、1年を通じて神殿内にどのような自然光が入り、どのように像が照らされたのかを分析しました。
使用された3D技術は、実世界の光の挙動を再現するアルゴリズムであり、太陽の高度や角度、光の反射率などをリアルに再現することで、建築空間内の明暗を測定しました。
これは単なる建築史ではなく、天文学、物理学、そしてデジタル技術の融合による、まさに21世紀的な古代研究だと言えます。
そしてこの研究により、これまでの常識を打ち破る事実が明らかになりました。
意図的に設計された暗闇と「一時的に輝く“降臨”の瞬間」

3Dぎ技術によって明らかになったのは、これまでの想像とはまったく逆の風景でした。
パルテノン神殿の内部は、通常の昼間であってもかなり暗く、東向きの入口から入る光が内部を明るく照らすこともありませんでした。
それでも、限られた特定の朝、特にパナテナイア祭の開催時期において、太陽がちょうど神殿の東門と像を一直線に結ぶ位置に来る瞬間が存在します。
そのわずかな時間、アテナ像の下半身が太陽の光に照らされます。

金の装飾が光に包まれ、まるで女神が降臨したかのように神々しく輝くのです。
これは偶然ではなく、明らかに意図された設計でした。
建築そのものが宗教体験を演出する舞台装置として機能していたのです。
パルテノン神殿には、他にも工夫が見られます。
例えば、屋根に配置された半透明性のある大理石による瓦や、天井の小さな開口部から差し込む光、さらには像の前に設けられた反射池が、わずかな光を拡散させる補助装置となっていた可能性があります。

これらの仕掛けが組み合わさることで、空間全体が「神聖な劇場」と化していたのです。
この研究は、パルテノン神殿という建築遺産が、単なる「美しい建物」ではなく、「信仰と体験の場」として設計されていたことを明らかにしました。
古代人が緻密な光の設計によって「神の存在を感じる空間」を創出していたことを知るとき、パルテノン神殿は単なる歴史的建造物以上の遺産として私たちの心に残ります。
参考文献
Researchers Used 3D Tech to Rebuild the Parthenon’s Lighting and Discovered It Was Nothing Like We Imagined
https://www.zmescience.com/science/news-science/researchers-used-3d-tech-to-rebuild-the-parthenons-lighting-and-discovered-it-was-nothing-like-we-imagined/
THE PARTHENON 3D
https://parthenon3d.com/
元論文
ILLUMINATING THE PARTHENON
https://doi.org/10.1017/S0068245424000145
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部