ChatGPTのような生成AI(Generative AI)は、今や誰でも簡単に使える身近なツールとなりました。
文章作成や要約、翻訳、質問応答にいたるまで、ボタン一つでスマートに応じてくれるこのAIは、学生にとっても魅力的な“学習アシスタント”のように映ります。
しかし、果たしてそれは本当に学びを助けてくれているのでしょうか?
パキスタンの大学「SZABIST」の研究チームは、ChatGPTのような生成AIの学業利用が、学生の成績や意欲にどのような影響を与えるのかを、性格や教育環境と絡めて本格的に分析しました。
研究の詳細は、2025年3月28日付の『Education and Information Technologies』に掲載されました。
目次
- ChatGPTに頼りっきりの学生はどうなっていく?
- ChatGPTに課題を任せる学生、は「成績」と「学習に対する意欲・自信」が低い
ChatGPTに頼りっきりの学生はどうなっていく?
スマートフォンや検索エンジンの普及以降、教育現場では学生の”努力離れ”が以前から懸念されてきました。
しかし生成AIの登場により、「考えずに答えを得る」ことが一気に加速しました。
研究者のスンダス・アジーム氏が今回の調査を始めたきっかけは、講義中に感じた小さな違和感だったといいます。
AIを使って課題を提出した学生の中には、ディスカッションに積極的に参加せず、発言の内容が他の学生と驚くほど似通っているケースがあったそうです。
このような観察から、彼女は「AIの使用が学生の思考や理解に与える影響は無視できないのでは?」と考えるようになり、実証的な調査を開始したのです。

しかし、これまでに行われてきた「学生による生成AIの利用に関する研究」では、学業成績が考慮されることはほとんどなく、性格特性などの個人差も無視されていました。
そこで今回、アジーム氏ら研究チームは、それらの点を含め、生成AIが学生にどんな影響を及ぼすのか調査しました。
この研究がユニークなのは、単に「AIを使う学生の成績は?」というシンプルな問いにとどまらず、以下のような複合的な視点で構成されている点にあります:
- 学生の性格特性(ビッグファイブ:誠実性、開放性、神経症傾向)
- ChatGPTを中心とした生成AIの学業利用頻度
- 学習に対する自己効力感(”自分ならできる”という感覚)
- 学習性無力感(”やっても無駄”というあきらめ)
- 実際の成績(CGPA)
- 評価の「公正さ」に対する主観的な印象
調査はパキスタン国内の3大学に在籍する大学生326人を対象に、3回にわたるオンラインアンケート形式で実施されました。
すべての項目には、心理学で実績のある尺度が用いられ、学業成績は学生の提出した実際のCGPA(累積成績平均)で客観的に評価されました。
では、どんな結果になったでしょうか。
ChatGPTに課題を任せる学生、は「成績」と「学習に対する意欲・自信」が低い
まず最も明確に表れたのは、誠実性の高い学生ほど、ChatGPTを学業であまり使わない傾向があるという点です。
真面目で努力を重視する学生は、たとえ便利でも「自分の力でやりたい」と考えるようです。

一方で、AIを多用していた学生には、学習に対する自信(自己効力感)が低く、何をしても無駄だと感じる「学習性無力感」が強いという心理的傾向が見られました。
これらはいずれも、学習へのモチベーションを損なう強力な要因です。
また、生成AIを使っている学生は、平均的に成績(CGPA)が低い傾向にありました。
ただし、これは「AIを使ったから成績が下がった」という因果関係を直接示すものではなく、AIへの依存が“思考の放棄”につながり、結果として学びの質が下がっている可能性を示唆しています。
この心理的な変化は、まるで「魔法のレンジ」を使って料理の全工程を省略しているようなものです。
自分で包丁を握らず、火加減も調整せず、完成品だけを口にしていては、本当の“料理の腕”は育ちません。
そんな魔法のアイテムがあれば、自分で料理を作ろうという気持ちも起こらないでしょう。
そして、いつまで経っても「自分は料理できないから……」と消極的なままです。

同様に、ChatGPTが出す答えをそのまま受け取るだけでは、自分の頭で考え、理解するプロセスが育ちません。
学習に対する意欲や自信が失われるのも当然です。
さらに見逃せないのが、「評価の不公平さを感じている学生ほど、ChatGPTに頼る傾向がある」という点です。
「頑張っても正当に評価されない」と感じている学生は、AIに解決策を求めやすくなっている可能性があるのです。
ここには、単なる“学生の怠慢”ではなく、教育制度への不信感が背後にあるとも考えられます。
また今回の研究では、開放性の性格特性がAI使用と有意な関連を示しませんでした。
このことは、開放性の高い学生は新しい技術を受け入れやすい一方で、「独自性」や「自分で考えること」を大切にするため、AIに頼りきらない可能性を示しています。
もちろん、今回の研究には限界もあります。
たとえば、実際の課題でAIが使われたかどうかを直接観察したわけではなく、自己申告ベースであるという点。
また、対象がパキスタンという特定地域の学生に限られており、文化や教育制度の違いが他国と一致するとは限りません。
それでも本研究は、ChatGPTのような生成AIが、“学ぶ”という営みにどのような歪みをもたらすのかを明らかにした、意義ある試みといえるでしょう。
これからの教育は、AIを完全に排除するのではなく、どう使えば思考力や創造性を伸ばせるのかという“付き合い方”の設計が求められます。
ChatGPTは確かに便利ですが、学びの主役はあくまで“自分の頭”。
そのことを忘れなければ、AIと共に成長する未来も決して不可能ではありません。
参考文献
Too much ChatGPT? Study ties AI reliance to lower grades and motivation
https://www.psypost.org/too-much-chatgpt-study-ties-ai-reliance-to-lower-grades-and-motivation/
元論文
Personality correlates of academic use of generative artificial intelligence and its outcomes: does fairness matter?
https://doi.org/10.1007/s10639-025-13489-6
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部