「最近の若者はやる気や意欲がない」
そんな声を聞くことがありますが、現実はそんなこともありません。
実際には、社会課題に対して積極的に立ち向かい、自分たちの技術や知恵を惜しみなく使う、やる気に満ちた学生たちが世界中に存在します。
米国テキサス州にあるライス大学(Rice University)では、ある学生チームが視覚を失った犬に“第二の目”を与えるという温かなプロジェクトに取り組みました。
その成果は、2025年5月28日に大学の公式ニュースサイトにて発表され、大きな反響を呼んでいます。
目次
- 盲目の犬「クンデ」を助けたい!工学部の学生たちの挑戦
- 振動で「見える」世界へ!盲目のイヌに「第二の目」を与える触覚ベスト
盲目の犬「クンデ」を助けたい!工学部の学生たちの挑戦

アメリカでは45%以上の世帯がイヌを飼育していると言われています。
しかしイヌも年齢を重ねれば、人間と同じように視力の低下や失明といった問題に直面します。
視力を失ったペットの世話は難しく、向き合うべき課題となっていました。
このプロジェクトは、そうした課題に対し、単なる学術的研究の枠を超え、動物福祉という人間とペットの共生を考える領域に挑んだ意欲的な取り組みです。
きっかけは、ヒューストンに住む緑内障で視力を失った犬「クンデ」の存在でした。
年老いた盲目の犬が、壁や家具にぶつかりながらも懸命に歩こうとする姿を見た飼い主たちは、ライス大学の工学部の学生たちに助けを求めます。
そして学生たちは、「この犬に自由を与えられないだろうか?」という素朴で真摯な問いを胸に、プロジェクトを立ち上げたのです。

取り組んだのは、同大学の「Engineering Design」コースを履修する学部生チームで、機械工学や電気工学など、さまざまな知識を持つ学生が参加しました。
彼らは、犬が視覚の代わりに使える“新しい感覚”を提供する方法として、触覚(ハプティック)によるフィードバックに注目しました。
これまで、視覚障害のある犬は、飼い主の声やリードの操作によって誘導されるのが一般的でした。
しかしそれでは、犬自身の「自律的な行動」が制限されてしまいます。
「もし犬自身が、危険を察知して自分で方向を変えられるようになったら…」
その発想は、視覚障がいを持つ人間向けの触覚伝達(ハプティクス)技術にも通じるものでした。
人間にも使われ始めている触覚ナビゲーションベルトや振動による地図情報の伝達といった技術を、犬に応用しようという発想。
それを考えついたのが、大学生たちだったというのは実に頼もしい話です。
試行錯誤の末、彼らは軽量で、安全かつ簡単に着脱できる「触覚ベスト」の開発に成功しました。
そしてその試作品は、視覚を失った犬の生活を一変させました。
振動で「見える」世界へ!盲目のイヌに「第二の目」を与える触覚ベスト

学生たちが開発した「触覚ベスト」は、外見はシンプルながら、内部には非常に洗練されたテクノロジーが詰め込まれています。
ベストとイヌの頭部近くに設置されたカメラ一式ににより、リアルタイムで奥行き情報(深度)をキャプチャーし、障害物までの距離を測定します。
そしてその情報がコンピュータモジュールに送られ処理され、状況に応じてベスト内の小型振動モーターが作動するようになっています。
たとえば、右前方に障害物があると、その部分のベストが“ブルッ”と震え、犬は本能的に「そちらに何かある」と感じ取り、自然と避ける行動をとるのです。
障害物が近ければ近いほどベストのその側の振動が強くなる設計です。
このフィードバックは即時かつ直感的なため、犬にとってストレスが少なく、ほんの数回のトレーニングで応答行動が身につくことが確認されています。

実際、クンデも、すぐに振動信号と障害物との関係性を学び、スムーズに歩行する姿が確認されました。
このプロトタイプは8m先まで「見通す」ことが可能で、クンデに「第二の目」を与えるものとなりました。
重要な機器は防水性であり、ニューストンの暑い気候でも快適に過ごせるよう通気性も重視されています。
バッテリーは約2時間持つため、散歩で活用するには十分です。
今後、チームはクンデとのプロジェクトで得た知識を活用し、他の様々な盲目のイヌに適用したナビゲーションシステムを開発したいと考えています。
このプロジェクトが特別なのは、単なる技術開発ではなく、「目の見えない犬が、再び世界を感じる」その瞬間に、若者の手によるやさしさと情熱が込められている点です。
ライス大学の学生たちは、まだ若くとも、社会に変化をもたらす力を持っています。
そうした若者たちが挑戦がある限り、未来は確実に明るくなるはずです。
参考文献
Vibrating vest gives blind dog ‘a second set of eyes’
https://newatlas.com/pets/blind-dog-haptic-vest/
New leash on life: Rice students design haptic vest for blind dogs
https://news.rice.edu/news/2025/new-leash-life-rice-students-design-haptic-vest-blind-dogs
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部