寝る前にマスターベーションすると、よく眠れる気がする。そんな意見をネットや雑誌などではたまに見かけます。
実際、性的活動によってリラックスできる、という感覚は広く知られていますが、「本当に性的活動が睡眠をよくするのか?」という疑問には、これまで十分な科学的根拠がありませんでした。
しかも、この種の疑問を調査した研究の多くは、パートナーとの性行為(性交)だけに注目し、マスターベーション(自慰)を含めたデータは限られていました。
そこで、オーストラリアのセントラルクイーンズランド大学(Central Queensland University)の研究チームは、マスターベーションと性交の両方を含むオーガズムを伴う性的活動が睡眠にどう影響するかを本格的に検証したのです。
この研究の詳細は、2025年5月付けで科学雑誌『Sleep Health』に掲載されています。
目次
- 性的活動と睡眠の関係を科学的に調査する
- マスターベーションでも効果あり!性的活動がもたらす睡眠の改善とは?
性的活動と睡眠の関係を科学的に調査する

これまでにも、「オーガズムは眠気を誘う」という仮説は数多くの研究で語られてきました。
しかし「オーガズムのあとの幸福感やリラックスが睡眠を促す」という仮説はあるものの、実際に脳波などの客観的なデータで検証された例は極めて限られています。
そこで今回の研究では、カップルの睡眠を実際に脳波で記録できる装置「DREEM3ヘッドバンド(ポータブル脳波測定器)」を用い、性的活動が客観的な睡眠データにどう影響を与えるのかが調べられました。
参加者は南オーストラリアに住む7組の異性愛カップル、合計14人。平均年齢は約30歳で、いずれも健康で、週1回以上の性的活動を行っている人たちです。彼らには11夜連続で以下の3つの条件をランダムに割り振り、それぞれの晩の睡眠状態について観察しました。
性的活動を行わない夜(通常の就寝)
ソロでのマスターベーション(オーガズムあり)
パートナーとの性行為(オーガズムあり)
それぞれの条件の後、参加者はDREEM3を装着し、その夜の睡眠データが自動的に記録されました。また翌朝には、睡眠の満足度、日中の意欲、やる気などについても記録してもらいました。
これにより、「主観と客観の両面」から、オーガズムを伴う性的活動が睡眠に与える影響を評価したのです。
マスターベーションでも効果あり!性的活動がもたらす睡眠の改善とは?

結果は明確でした。性交とマスターベーションのどちらの場合も、次のような共通のポジティブな効果が見られたのです。
まず、「夜中に目覚める時間(WASO)」が短くなり、眠りの持続性が改善されていました。
性的活動をしなかった夜では平均約23分間の覚醒時間がありましたが、オーガズムを伴う活動を行った夜では約16分にまで減少していたのです。
また、「睡眠効率(Sleep Efficiency)」(ベッドにいた時間のうち、実際に眠っていた時間の割合)も、性的活動なしの夜は91.5%だったのに対し、マスターベーションで93.2%、性交では93.4%と、いずれも2%程度睡眠の質が高まっていたのです。
しかし数字で示されたこの2%というのはどの程度意味のある差なのでしょうか?
今回の研究では、主観的な評価も同時に行っています。
こうした参加者の主観的な実感に基づく「寝つきの速さ」や「ぐっすり眠れたかどうか」といった自己評価においては、性的活動の有無による明確な差は見られませんでした。
研究者はこの点について、「睡眠効率が2%向上するという変化は、客観的評価においては意味のある改善だが、本人の感覚に現れるほどの差ではないようだ」と述べています。
つまり、オーガズムを伴う性的活動によって、睡眠の質は数値上確かに向上していたが、実感が伴うほどの変化ではなかったといえます。
ただ、こうした客観と主観の結果の差は、睡眠研究では非常によく報告される現象であり、研究者は主観的な睡眠の結果には性的活動との有意な関連が見られなかったが、中途覚醒時間(WASO)と睡眠効率(SE)という客観的な指標においては、性的活動後に小さいながらも有意な改善が見られたという点を重要視しています。
しかし、これまでも性的活動後の方がよく眠れるというような印象は語られていました。
この点については、主に記憶を頼りに思い返したとき、ポジティブな印象が残りやすいためではないかと考えられます。
今回の研究では、性的活動の翌朝の「気分」や「やる気」についても、主観的な評価が調査されていますが、これは性的活動をしなかった場合に比べて、性的活動を行ってから寝た場合の方が明らかに高くなっていました。
特にこの傾向はパートナーとの性行為でオーガズムを得た場合には、その効果が最も顕著に確認されました。
マスターベーションでも同様の効果は認められた。ただ効果の大きさは性交よりも明らかに小さいものだったという。
この影響がソロより性交で大きかったというのは、就寝前の性的活動は単なる性的快楽だけでなく、人とのつながりや身体的接触が心身に及ぼす影響の大きさを改めて示唆する結果といえるでしょう。
確かに効果はある寝る前の性的活動
今回の研究は、性的活動が睡眠に与える影響を、主観的な実感だけでなく、客観的な測定からも検証した珍しい報告です。
結果として、性交やマスターベーションによって中途覚醒が減少し、睡眠効率がわずかに改善されることが明らかとなりました。
性的活動が毎晩の睡眠を劇的に変える“万能薬”というわけではありませんが、心身の回復や気分の整え方のひとつとして、科学的に根拠のある選択肢になり得ることが、今回の研究で静かに証明されつつあります。
研究から示されたのは僅かな差ではありますが、もしあなたが「最近、なんだかよく眠れない」と感じているなら、就寝前の習慣として取り入れることは1つの選択肢になるかもしれません。
そして可能なら、ソロより、パートナーとの性交を選択する方が翌日の活力につながることも気に留めておくと良いでしょう。
参考文献
Sexual activity before bed improves objective sleep quality, study finds
Sexual activity before bed improves objective sleep quality, study finds
https://www.psypost.org/sexual-activity-before-bed-improves-objective-sleep-quality-study-finds/
元論文
Sleep on it: A pilot study exploring the impact of sexual activity on sleep outcomes in cohabiting couples
https://doi.org/10.1016/j.sleh.2024.11.004
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部