私たち人間を含むあらゆる生き物は、実は常にごく微かな光を放っています。
残念ながら肉眼では見えないほど弱いものの、まるで体内に「目に見えないランプ」を灯しているかのようです。
カナダのカルガリー大学(UCalgary)で行われた研究によって、この不気味ともいえる生命の微弱な光が初めてマウス全身レベルで可視化され、生き物が死ぬとほどなくして急激に低下することを、高感度カメラでとらえることに成功しました。
「生きているかどうか」を光の強度だけで判別できる可能性はありますが、まだ実用化には課題も多いと研究チームは述べています。
研究内容の詳細は2025年4月24日に『The Journal of Physical Chemistry Letters』にて発表されました。
目次
- 「オーラ」は科学で測れる? 謎の微弱光と生存の関係
- 命が消えると光もほとんど消えてしまう
- “生命センサー”としての可能性
「オーラ」は科学で測れる? 謎の微弱光と生存の関係

ホタルや深海生物の発光とは異なり、生物が発する微弱な光(Ultraweak Photon Emission, UPE)は特別な発光器官によるものではなく、細胞内の化学反応の副産物として自然に生じる極めて弱い光です。
例えば私たち人間の体も、新陳代謝に伴って生じる活性酸素などによって細胞内で分子がわずかに励起され、その緩和過程で光子(フォトン)が放出されます。
この「生物光子(バイオフォトン)」とも呼ばれる現象は20世紀初頭から報告があり、植物から動物・人に至るまであらゆる生物で確認されてきました。
その強度は非常に弱く、可視光の範囲で1秒間に1平方センチあたり数十~数百個程度の光子しか放出しません。
実際には、可視~紫外域だけに限って比較すると、同じ温度の黒体放射よりUPEの光子フラックスが大きいことも報告されています。
つまり私たちが日常的にイメージする“熱放射”とは異なるメカニズムで光が生じているのです。
試薬を使わずに生体の“わずかな光”を測定するだけで、健康状態やストレスレベルを探れるかもしれない――そんな新しいバイオマーカーとしての可能性が、いままさに開かれようとしています。
生きている細胞や組織は、いわゆる「熱による黒体放射」で光っているわけではありません。むしろ細胞内の化学反応の過程で、ごく微かな光「超弱光子(UPE)」を常に放出しているのです。この光の波長は、主に可視光(およそ350~700 nm)や近赤外域(約1270 nm)に及び、強度は1平方センチメートルあたり1秒間に10~100個程度という、非常に弱いものです。なぜこんな微弱光が生まれるのかというと、細胞呼吸や炎症反応によって生じる活性酸素種(ROS)が大きく関わっています。強力な活性酸素が、脂質・タンパク質・DNAを酸化する段階で、高エネルギー分子が一時的に生成されます。これらの高エネルギー分子が元のエネルギーレベル(基底状態)に戻るとき、余ったエネルギーが光子として飛び出すのが超弱光子の正体です。通常の状態ではミトコンドリア呼吸鎖から漏れ出す電子がわずかながら活性酸素を生み、これが背景的な微弱光を形作っています。ミトコンドリアが存在しない細菌や古細菌なども生命活動に伴う活性酸素などの高エネルギー分子が発生し得るため、理論的には全ての生命が発光していることになります。
しかし近年、この微弱光をとらえる高感度な撮像技術(電子増倍CCDカメラなど)の進歩により、生物の“オーラ”とも言える発光現象が科学的に研究できるようになりました。
過去の研究で、生物光子の放出強度はストレスや疾病の有無によって変化することが示唆されてきました。
例えば植物は傷つけられると発光が増す可能性が報告され、人でも細胞の異常増殖(がんなど)が発光強度に影響を与えるとの指摘があります。
一方で、「生きている」状態そのものと光の関係は十分に調べられていませんでした。
生物の発する光は“生きている証”なのか?
もしそうであれば、生命活動が停止した際に光もほぼ消えてしまうはずです。
今回紹介する研究チームはこの点に着目し、生きた動物と死んだ動物で生物発光がどう変化するかを、世界で初めてマウス全身レベルの撮影によって検証しました。
命が消えると光もほとんど消えてしまう

研究では毛のない実験用マウス(SKH1 Elite系)4匹を用い、特殊な暗室内で超高感度CCDカメラによりマウスが放つ光を撮影しました。
まずマウスを30分間暗闇に慣らした後、生きている状態で全身からの微弱な光を60分かけて撮影します。
その後、マウスを安楽死処置し、呼吸や心拍が止まった直後に再び同じ条件・同じカメラ設定で60分間撮影しました。
なお撮影中はマウスの遺体を生きていたときと同じ体温(37℃)に保ち、単に体が冷えたことによる発光変化ではないことも確認しています。
この結果は、まさに「命の光」が消えることを実証したものです。
生きているマウスでは体内で新陳代謝や呼吸などの生命活動が続いているため活性酸素が生成され続け、全身で微弱光が“点灯”しています。
しかし、死を迎えて代謝や細胞活動が止まると光の放出もほぼ“消灯”してしまうのです。
研究チームは「生きているマウスは力強い発光を示したのに対し、死亡したマウスでは生物光子の放出がほぼ消え失せました」と述べています。
まるで体内の見えないランプのスイッチを切ったかのようなはっきりとした差異が確認されたのです。
わずかに明るいスポットが残る個体もありましたが、統計的には死亡後の発光は顕著に減少していました。
この実験で用いられた 4 匹の無毛マウスは撮影前にまず軽く麻酔をかけ、動きを止めたのち腹腔内にペントバルビタールナトリウムを過量投与して安楽死させています。薬液を注射してから 30 秒ほどで呼吸が停止し、心拍の消失(聴診)、瞬目反射の消失、および尾静脈の脈動停止を確認して死亡を判定し、その時点から「死後撮影」を開始しました。体温が低下すると発光強度が変わってしまうおそれがあるため、死亡後も37 ℃恒温ヒーターマットに載せて生体時と同じ温度を保ったまま 60 分間露光し、発光減衰を精密に追跡しています。
著者らは補足実験として CO₂ 窒息や頸椎脱臼(首をポキっとやること)も試しましたが、CO₂ では直前の過呼吸と皮膚血流変動で雑光成分が増え、頸椎脱臼では術者の接触による機械刺激で一過性の発光スパイクが入ることが分かり、化学的過量麻酔が最も人工的影響が少ないと判断されました。
さらに研究チームは、植物においても温度や傷、薬剤が微弱発光(UPE)に与える影響を調べています。
シロイヌナズナや観葉植物の葉を用いて温度変化や傷害、薬剤処理による変化を長時間撮影し、UPEの強度がどう変化するかを観察しました。
結果、まず温度が高くなると植物の発光は増加し、代謝亢進に伴う活性酸素の増加が示唆されました。
しかし摂氏36℃を超えるような高温では逆に発光が減少し、細胞が熱ストレスでダメージを受けた可能性が示唆されています。
また葉に傷を付けると傷口周辺での光子放出が明らかに増大し、これは植物が受傷ストレスに応答して活性酸素を発生させている可視化と考えられます。
興味深いことに、傷つけた葉に局所麻酔薬(ベンゾカイン)を塗布した場合、他のどの処理よりも際立って強い発光が観察されました。
痛みを和らげるはずの麻酔薬で光が増す理由は不明ですが、細胞膜やイオンチャネルに影響を与える可能性もあり、今後の研究課題とされています。
“生命センサー”としての可能性

本研究により、超弱いながら生物はわずかな光を発していること、そしてその光は生命活動と密接に結びついていることが改めて示されました。
生きている個体では微弱光子の放出強度が高く、死亡すると著しく低下するという現象は、いわば「生きているか否か」を示す生物の指標として機能するかもしれません。
研究チームのDaniel Oblak教授(カナダ・カルガリー大学)は「高度なカメラ技術によって、命の灯火が消える瞬間をとらえられました。
この微弱な光は新陳代謝やストレス状態を反映した生命活動のシグナルであり、今後これを利用すれば動物や植物の健康状態を非侵襲的にモニタリングできる可能性があります」と述べています。
もっとも、計測系のコストやノイズ対策など課題も多く、実際に「光を見るだけで生死を即判定」するにはさらなる検証が必要です。
それでも、微弱すぎて普段は感じられない「生命の輝き」を観測する技術は着実に進歩しており、将来的には医療や農業への応用が期待されています。
例えば作物の葉がストレス(乾燥や病害など)を受けた際に発する光を検知して早期に対処する、あるいは人体で異常な発光パターンを捉えて病気の兆候を掴むなど、多様な可能性が広がっています。
実験レベルでも、がん細胞や神経変性疾患モデルにおける生物光子の変化を追跡する研究が進められており、この新しい“生命センサー”は今後ますます注目を集めることでしょう。
元論文
Imaging Ultraweak Photon Emission from Living and Dead Mice and from Plants under Stress
https://doi.org/10.1101/2024.11.08.622743
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部