海水から核燃料のウランを手軽に取り出せるとしたら――そんな夢のような技術が現実に近づいています。
中国の湖南大学(HNU)で行われた研究によって、超希薄な海水中のウラン(約3ppb)を電気化学的に一気に取り出す画期的なシステム「Bipolar EUE」が開発されました。
必要な電圧はわずか0.6ボルトと低く(単三電池の電圧1.5Vの半分以下)、模擬海水中でほぼ100%回収、天然海水でも85%以上の選択的回収を示しました。
またエネルギー面でも従来法に比べ25~1000倍の省エネを実現し、ウラン1kgを集めるにあたり約83ドルにまで低減しました。
もしこの技術が普及すれば、ウランは海から採取する時代がやってくるのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年5月13日に『Nature Sustainability』にて発表されました。
目次
- 海に眠る45億トンのウラン
- 単三電池以下の電力でウランがとれる
- 日本がウラン産出国になれるかもしれない
海に眠る45億トンのウラン

海水には推計45億トンものウランが含まれているとされますが、その濃度は極めて低い(1トン中に3.3ミリグラム程度)です。
地球上のウラン鉱石資源が限られる中、海水は1000倍以上の埋蔵量を誇る「潜在的なウランの宝庫」だといえます。
一方で論文によれば、現在の陸上ウラン埋蔵量は約150万トンとされ、数十年ほどで枯渇する懸念も指摘されています。
もし海洋中のウランを大規模に利用できれば数千年分の核燃料になり得るため、海からウランを採ることはクリーンエネルギー時代の夢の技術として古くから研究されてきました。
しかしウランの海水からの抽出は極めて難しく、長年にわたり技術的・経済的な課題に直面してきました。
その最大の理由は海水中のウラン濃度の低さと競合する他元素の存在です。
ウランは海水中でウラニルイオン(UO₂²⁺)という形でごく微量存在しますが、例えば似た化学的性質を持つバナジウムなど他の金属イオンがはるかに高濃度で含まれており、ウランだけを選択的に「釣り上げる」ことが困難でした。
従来は、ウランに強く結合する特殊な樹脂や繊維(アミドキシム系ポリマーなど)を海水に浸して吸着させる方法が主に試みられ、近年ではこの吸着材の改良によって性能向上とコスト低減が図られてきました。
しかし、それでもウラン1kgを海水から回収するのに数百ドル以上かかるとの報告が多く、実用化のハードルは高いままでした。
こうした中、近年「電気化学的」に海水中のウランを引き離すアプローチも有望視され始めました。
電気の力でイオンを動かしたり化学反応を起こしたりすることで、より速くウランを回収し、吸着材も再利用できる利点があります。
しかし電気化学法にも課題がありました。
海水中でウランイオンを直接回収しようとすると高い電圧が必要になりがちで、エネルギー消費が大きく非効率だったのです。
特に、ウランを陰極(マイナス電極)で回収する裏で、陽極(プラス電極)側では水から酸素を発生させる反応などが生じますが、この酸素発生にはかなりの高電圧(1.23V以上)が必要です。
そのため従来型の電気化学的手法では2ボルト以上の電圧を要するケースもあり、結果としてエネルギーコストがかさんでしまいました。
そこで研究チームは、必要電圧を飛躍的に下げてエネルギー効率を高める方法に挑戦しました。
単三電池以下の電力でウランがとれる

新たに開発された「Bipolar EUEシステム」は、電極のプラス極とマイナス極の両方をうまく使って、海水の中のウランだけを狙って取り出す仕組みです。
マイナス極側では、海水中を漂うウランイオン(UO₂²⁺)に電子を与えて、主にUO₂などの不溶性化合物として沈殿させ、固体の形で回収します。
このとき、ウランはまるで「水中に浮いている小さな金属の欠片が、マイナスの磁石に引き寄せられてくっつく」ようなイメージで捕まえられるのです。
一方、プラス極側はウランそのものを扱うわけではありませんが、ウランをより低い電圧で集めるための助手の役割を果たします。
普通なら水を電気分解して酸素を作る反応が起こるため、かなり高い電圧が必要です。
しかしこのシステムでは、銅を酸化させるという別の反応を採用し、酸素を発生させないルートを用意することで、必要な電圧を大幅に下げることに成功しました。
イメージとしては「険しい山道を避けて、なだらかな道を選ぶ」ようにしてエネルギーの負担を軽くしているのです。
その結果、従来法の半分以下となる約0.6Vという、家庭用電池でも十分駆動できる低い電圧でウランを分離できるようになりました。
実験では、研究室で作ったウラン濃度1~100ppmほどの溶液で、ほぼ100%という非常に高い回収率を記録しています。
濃度が薄い状態でもウランをほとんど取り逃がさず回収できるので、これは従来にはない驚くべき効率といえます。
さらに実際の海水を使ったテストでも、ウランだけを選んで回収する力がしっかり発揮されました。
海の中にはさまざまな金属や塩が含まれていますが、このシステムでは、集められた金属の85%以上がウランという高い選択性が確認されたのです。
また長時間の連続稼働でも性能がほとんど落ちず、45回もの繰り返しテストに耐えることが示されました。
エネルギー消費の面でも、1kgのウランを集めるのに必要な電力は1,944kWh程度と見積もられ、ウランを燃料にして得られる発電量から考えると十分に許容できる数字といえます。
さらに電気代については、1kgあたり約83.2ドル(日本円で約1万1千円)という試算が出されており、これは昔からある吸着法などより大幅に安価です。
具体的には、高濃度ウラン(10ppm)を溶かした模擬海水での電気代が1000倍安く、天然海水(3ppb)での電気代が25倍ほど安くなりました。
(※また総合的なコストも2.5倍から4.3倍安くなりました)
こうした成果は、海水に含まれるわずかなウランを効率よく集められる道を開いたことになり、今後の省エネとコスト削減の両面で大きな可能性が期待されています。
日本がウラン産出国になれるかもしれない

この研究成果は、海水中のウラン資源を現実的に利用する道筋をつける画期的な一歩と評価できます。
核燃料の安定供給源として海洋に目を向ければ、エネルギー安全保障と脱炭素の双方に寄与するポテンシャルがあります。
研究論文も「本研究は持続可能な資源リサイクルのための電気化学システム設計に新たな道を拓くものだ」と述べており、開発した手法がウラン以外の希少資源の回収にも応用できる可能性を示唆しています。
実際、この両極電気化学システムは、例えば工業廃水からの有害金属の除去や、使用済み製品からの貴金属回収など、さまざまな分野への展開が期待できるでしょう。
もし日本がこの技術をスケールアップし、大規模に海水からウランを“絞り取る”体制を整えられれば、世界的にも珍しい“海洋ウラン産出国”として活躍できるかもしれません。
国内の原子力発電所を動かすための燃料を、輸入ではなく自国の海から確保できるようになれば、エネルギー安全保障や貿易収支の改善にも大きく貢献するでしょう。
もちろん実際には、海の生態系や漁業への影響、装置の長期的な運用コストなど、解決すべき課題が数多く残されています。
しかし、“海からウランを得る”という構想自体が決して夢物語ではないと示された今、日本が海洋資源国へと生まれ変わる可能性も十分に考えられるのです。
また、回収したウランを実際の原子炉燃料に精製・加工するプロセスも必要です。
それでも専門家は、このような低コスト・低エネルギーでウランを回収できる技術の登場に大きな意義を見出しています。
まさに「海の中に眠るウランを電気の網で掬い上げる」ような発想であり、核燃料生産のパラダイムシフトにつながる可能性があるからです。
研究チームの一人は「この装置は極めて低い電力でウランを選択的に取り出せることを示しました。将来的に海水ウラン資源の実用化に道を開く成果です」とコメントしています(要旨)。
今後さらなる実証実験やスケールアップ研究が進めば、海が人類の巨大な原子力エネルギー源へと姿を変える日が来るかもしれません。
将来、原子力発電所が海水から絞ったウランで動く日を、私たちは目にすることになるでしょう。
元論文
Bipolar electrochemical uranium extraction from seawater with ultra-low cell voltage
https://doi.org/10.1038/s41893-025-01567-z
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部