アメリカのスタンフォード大学が運営するSLAC国立加速器研究所(SLAC)で行われた研究によって、「光子の状態が2通りしかない」という従来の常識を覆し、実は無数に存在することを証明する方法が開発されました。
研究では、もし光子の自転(スピン)状態が無数にあるとしたら、現代の物理学の基礎となる標準模型では禁じられた「光のあり得ない動き」がみられるとの理論が示されています。
これまで光子は「右か左にしか回転しない、偏光が二択」という“常識”のもとで研究されてきましたが、無数の回転モードを持つとわかれば、光の振る舞いを支える根本的な法則そのものを見直し、より上位の理論へ拡張する必要が出てくるでしょう。
そして電磁気力や量子情報の基盤となる理論、さらには重力を扱う理論まで、すべてがある意味で「近似にすぎなかった」という事実を突きつけられる可能性もあります。
新たに解き放たれる無限の偏光状態は、通信や計測の技術革新をも促し、これまで想像もしなかった光の応用を切り拓く可能性を秘めています。
研究者たちは、そんな新理論を実証するためにどんな方法を思いついたのでしょうか?
結論から言えば、それは「たった1個の水素原子」を観察する非常にスマートな方法でした。
研究内容の詳細は2025年5月6日に『arXiv』にて発表されました。
目次
- 『光の二択』神話崩壊へ──連続スピン理論が迫る新たな常識
- 光は“右か左”だけじゃない? 無限状態が教科書を燃やす日
- 水素原子1個が暴く“禁じられた光”
『光の二択』神話崩壊へ──連続スピン理論が迫る新たな常識

光の小さな粒である「光子」は、進む方向に対して左右のどちらか向きにクルクルと回っているだけ、というのが今までの定説でした。
スピンは北極と南極を持つ小さなバー磁石のようなものと例えられ、光子の場合その向き(ヘリシティ)は進行方向に対して左右の2通りしか取れない——これが現在知られている光子の状態です。
しかし1939年に物理学者のユージン・ウィグナーが示唆したのは、光子が「連続スピン粒子(英語ではContinuous Spin Particle)」と呼ばれる不思議な存在かもしれない、という可能性でした。
もし本当に連続スピン粒子なら、光子は右回りと左回りだけではなく、限りなく多様な回転パターンを持つことになり、私たちの常識を大きく覆すかもしれません。
とはいえ、こんなに無限の回転モードを持つ光子がいると、計算が破綻したり、太陽のような星が異常に冷えてしまうなど、多くの矛盾が起こると長らく考えられてきました。
そのため多くの研究者は「連続スピン粒子は理論上考えられても、現実にはあり得ない」と半ば決めつけてきたのです。
ところが近年になって、スタンフォード大学SLAC国立加速器研究所のフィリップ・シュースター博士とナタリア・トロ博士らが、基本的な物理の原理(ローレンツ対称性など)を出発点にモデルを作り上げたところ、連続スピン粒子が存在しても破綻が起きない場合があるとわかってきました。
かつては不可能だと考えられていた粒子の存在が、量子論の進歩によって「ちゃんと動く理論」として進化したのです。
しかもそのモデルでは、普通の光子とほとんど見分けがつかないような動きを示す一方で、ほんの少しだけ違いが混ざる可能性もあるのです。
理論が発展してくれば、流れは必然的に実験的実証に移動します。
実際近年では「自然のどこかにこの連続スピン粒子が隠れていてもおかしくないのではないか?それなら実際に実験で確かめよう」と熱が高まってきました。
ただこれまでは、連続スピン光子が標準的な光子と決定的に区別できる方法がなく、検証の糸口すらつかめない状態が続いていました。
そこで今回の研究チームは、「めったに起こらない原子の変化」に着目し、区別するための方法を開発することにしました。
そこで注目されたのが、「わずか一つの水素原子」が特別な光を出す現象でした。
光は“右か左”だけじゃない? 無限状態が教科書を燃やす日

手法の構築にあたり研究者たちはまず、水素原子が持つある“上のエネルギー状態”から、より安定な“下のエネルギー状態”へ移る現象に注目しました。
(※水素原子の “2s 励起状態” が“1s 基底状態”へ遷移する現象のことです)
この上の状態は実際にはとても長生きで、一つの光だけ(光子)を放出して崩壊することは通常起こらない、と昔から考えられてきました。
そのため、この状態から崩壊するときはたいてい二つの光が一度に放出され、ゆっくりと寿命を迎えることが知られています(およそ0.12秒ほど)。
ところが研究チームによると、もし光が“連続スピン粒子”という特別な性質を持っているなら、通常なら出せないはずの“一つの光”だけで崩壊する経路が開く可能性があるそうです。
連続スピン粒子とは、光が右回りと左回りだけでなく、いろいろな回転の仕方を無限に持てるかもしれないという考え方です。
しかし多くの場合、この特殊な光はふだんの光と見分けが難しく、もし存在しても滅多に目立った違いを見せないように抑えられるようです。
研究チームによる計算では、もしこの特殊な光がある程度大きな“回転の幅”を持っていると、一つの光だけで崩壊する時間が0.12秒程度になることもあり得るそうです。
とはいえ実際の実験では、一つの光だけで崩壊する様子はまだ見つかっておらず、従来どおり二つの光を出して崩壊することしか確認されていません。
そのため、もし本当に連続スピン粒子があるとしたら、その“回転の幅”はかなり小さい値に制限されるはずだと結論づけられています。
さらに、もっと高精度な観測をすれば、その“幅”をさらに厳しくしぼりこめるため、連続スピン粒子が存在する場合でも、非常に小さな影響しか与えられない可能性が高いと考えられています。
要するに、この上の状態の寿命をより正確に測り、一つの光で崩壊している兆しが少しでも見つかれば、連続スピン粒子の存在を裏づける手がかりになるというわけです。
水素原子1個が暴く“禁じられた光”

光の性質が無限に多様だなんて、にわかには信じがたいと思われるかもしれません。
しかし実際のところ、まだ「連続スピン粒子」を完全に否定する決定的な実験結果はなく、むしろごくわずかに可能性が残っていると考えられています。
特に、水素原子ひとつを使った実験は、最もシンプルな系でそのわずかな可能性を確かめる、究極のやり方と言えるでしょう。
最近の実験技術では、一つひとつの水素原子を磁場やレーザーでつかまえて、長い寿命を持つエネルギー状態(いわゆる2s状態)にし、その崩壊を高精度で調べることが可能になりつつあります。
今回の理論研究では「通常なら起こらないはずの一つの光による崩壊が、連続スピン粒子を仮定すると起こり得る」という大胆な予想を打ち出しました。
次に必要なのは、この予想を実際の実験で検証し、本当に連続スピン粒子らしき兆候が見つかるかどうかを確かめることです。
もしそんな兆候が確認されれば、電磁気力を担う光が「右回りや左回りだけしかない」と思われてきた常識を覆し、素粒子物理そのものの大転換につながるかもしれません。
研究者の一人であるトロ博士は「もし新しい理論が既知の物理と矛盾なく広く成り立つなら、我々が理解していると思っていた力が、実は連続スピン粒子によって媒介されているという刺激的な可能性が出てきます」と話し、そのインパクトを強調しています。
実は光子だけでなく、重力を運ぶとされる仮説上の粒子(グラビトン)なども、同じように連続スピン粒子であるかもしれないと指摘されており、これが事実になれば標準模型を超える大きな枠組みの物理が開けてくるのです。
一方で、連続スピン粒子の兆候が全く見つからない場合にも、意味がないわけではありません。
その場合は“連続スピン粒子のはたらき”を示す値(たとえば回転の幅を示すもの)がさらに小さくなければならないことになり、存在の可能性はますます狭まるからです。
研究チームは、水素原子の2s以外の状態や、もっと起こりにくい遷移、あるいは原子核が崩壊して出す特殊な光に注目する方法など、いくつもの新しい検証プランを考えています。
例えばヘリウム原子なども候補ですし、水素原子の超微細構造による21cm線という電波や、原子核が崩壊する際に出るガンマ線を精密に測るのも一案だといいます。
こうして技術が進めば進むほど「光に無限の回転モードがあるのかないのか」という疑問に、より厳しい制限をかけられるはずです。
それでもなお、いつの日か本当に連続スピン粒子の足跡が見つかるのかどうか――まさに人類が今、その壮大な謎に立ち向かおうとしているのです。
元論文
Probing “Continuous Spin”QED with Rare Atomic Transitions
https://doi.org/10.48550/arXiv.2505.01500
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部