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量子力学の「非常識さの限界」がみえてきた―――最小シナリオで見えた新たな境界


量子力学における“非常識さ”の限界が、フランスのパリ=サクレー大学での研究により明らかにされました。この研究は、量子力学の統計パターンの限界を、CHSHシナリオを用いて体系的に描き出すことで、量子の世界における“もつれ”の限界を探求しました。特に、量子もつれに関連する最大の相関を示す「Tsirelsonの境界」が、統計分布の全体像と共に示され、自己テストという新たな特性も確認されました。この発見により、量子暗号や量子コンピュータといった先端技術における信頼性が向上する可能性があります。具体的には、実験で観測される相関分布から装置内の量子状態を特定することが可能になり、本物のもつれを利用していることを実証する手助けとなるでしょう。

量子力学は、誕生から100年を超えてなお私たちの物理観を根本から揺さぶり続ける学問です。

電子や光子といった極小の世界で起こる「もつれ」や「確率論的ふるまい」は、古典的な物理の常識をはるかに超える現象として、世界中の研究者たちを魅了してきました。

しかし、そんな量子力学にも「到達できる上限」と「超えられない境界」があるとしたらどうでしょうか。

フランスのパリ=サクレー大学(UPSaclay)で行われた研究によって、量子力学が実現しうる統計パターンの“端”とも言えるポイントがほぼすべて洗い出され、量子力学の非常識さの限界値のようなものが明らかになったのです。

これは、一見抽象的に思える話題ですが、量子コンピュータや量子暗号といった先端技術にも深い影響を与える可能性を秘めています。

果たして「量子の限界」とはどんな姿をしているのか、そしてそれを知ることは私たちに何をもたらすのでしょうか。

研究内容の詳細は『Nature Physics』にて発表されました。

目次

  • 量子もつれが覆せる“常識”の限界はあるのか?
  • 量子力学の非常識さの限界値を特定
  • 暴かれた量子の壁

量子もつれが覆せる“常識”の限界はあるのか?

量子力学の「非常識さの限界」がみえてきた―――最小シナリオで見えた新たな境界
量子力学の「非常識さの限界」がみえてきた―――最小シナリオで見えた新たな境界 / Credit:Canva

量子力学は、私たちの「常識」を大きく覆す不思議な理論です。

1930年代にアインシュタインやポドルスキー、ローゼンらが「量子力学は本当に完璧な理論なのだろうか?」と問いかけたことで、離れた粒子同士があたかも一体化したかのように振る舞う“量子もつれ”という現象が広く注目されました。

ただし、これが超光速で情報をやり取りしているわけではありませんが、実際に実験すると離れた場所の測定結果が驚くほど強い相関を示すため、多くの研究者がその原理を理解しようと奔走してきたのです。

ノーベル物理学賞「量子もつれ」をわかりやすく解説

この“不思議な相関”を検証するうえで、1960年代にジョン・ベルが提唱した「ベルの不等式」は画期的でした。

ベルの不等式が示すのは、「もし世界が古典的なルール(局所実在論)で動いているなら、これ以上の相関は得られない」という境界線です。

ところが、量子力学のもつれを上手に利用すると、この境界をあっさり飛び越えてしまうケースが実験で確認され、私たちの世界観は大きく揺さぶられました。

そのなかでも特に注目されるのが、CHSHシナリオと呼ばれるシンプルな実験設定です。

たとえば、アリスとボブという二人が、それぞれ二種類の測定方法を選んで+か−の結果を得るだけという仕組みにもかかわらず、実際には非常に強い相関が観測されることがあります。

しかも、「どんな測定の角度や状態のもつれを使えば、いったいどの程度の相関を生み出せるのか?」という問いに対しては、未解明の部分が長らく残されてきました。

実際に量子力学で設定できる角度やもつれの度合いは連続的に無数にあり、それらをすべて調べるのは膨大な作業です。

古典的な相関がどこで終わり、量子の相関が始まるかは比較的簡単にわかるが、量子的なものがおそらく量子を超えるものにいつ移行するかを解明するのはより困難だからです。

しかし、この相関の全体像を正確に把握できれば、量子世界の非常識さの限界点を知ることが可能になるのです。

そこで、あえてCHSHシナリオに絞り込み、その最小限の条件下で「量子力学が発揮しうる相関のすべて」を解析するアプローチが注目されるようになりました。

ちょっとだけ詳しく解説

量子力学の世界には、アリスとボブが2種類ずつの測定を行い、その相関を数値化する「CHSH式」という基準があります。古典物理ならどんなに頑張っても「2」を超えられないのに、量子力学では上限が「2√2(約2.828)」にまで伸びることがわかっていて、これを「Tsirelsonの境界」と呼びます。今回の研究のポイントは、この「Tsirelsonの境界」だけに注目するのではなく、CHSHシナリオで取りうるあらゆる測定パターンやもつれ状態が生み出す“統計分布”の全体像を完全に描き出した点にあります。つまり、

–最大値(2√2)に迫る場面だけでなく、その途中にある「部分的に違反している領域」も含めて、統計分布がどんな“形”をしているのか。

–その“形”のどこに行き着いたときに、「装置の中身をほぼ一意に確定できる」=自己テストが成立するのか。

が一挙に見通せるようになったというわけです。言い換えれば、“これより先は行けない”という数値的な限界(CHSH値が2√2を超えられない)と、そこに至るまでのすべての相関の“地図”をまとめ上げたことが大きな成果だということです。

量子力学の非常識さの限界値を特定

量子力学の「非常識さの限界」がみえてきた―――最小シナリオで見えた新たな境界
量子力学の「非常識さの限界」がみえてきた―――最小シナリオで見えた新たな境界 / Credit:Canva

量子世界がどこまで“非日常的”な振る舞いを許すのか?

答えを得るため研究者たちはまず、“最小のベル実験”であるCHSHシナリオという舞台を用意しました。

これは、あたかも小さな劇場のようなもので、登場人物(アリスとボブ)を2人に絞り、測定方法を各2種類ずつに限定するという極限までシンプルなセットです。

「これで大丈夫なの?」と思うかもしれませんが、この条件だけでも量子力学特有のもつれ(奇妙なトリック)を十分発揮できる余地があるのです。

研究チームが次に行ったのは、まるで暗闇の部屋を照らすように、あらゆる測定角度やもつれの強さを網羅的にチェックするという作業でした。

角度や状態の組み合わせは一見無数に思えますが、数学的な対称性を巧みに利用することで重複を省き、すべての可能性を効率的に探索できる仕組みを整えたといいます。

そこで得られた膨大な統計データは、大きな立体図形のように一つの“かたまり”としてイメージできます。

さらに細かく見てみると、図形でいう「稜線」や「角」に当たる部分に、量子力学の非局所性が極限まで高まるポイントがあるのがわかりました。

そこでは「これ以上は決して超えられない」という“量子の壁”がそびえ立ち、まるで舞台の底から「ここが限界だよ」と宣言しているように見えるのです。

この“鋭い稜線”に当たる分布が持つもう一つの注目点は、“自己テスト”という特別な性質です。

宝の地図に描かれたXマークを見つければ確実に宝を得られるように、もし実験でこの分布が観測されれば、装置の中でどんな量子状態や測定が行われているかをほぼ一意に特定できるのです。

これが実現すれば、「自分たちの装置は確実にもつれを利用している」と強く主張できるわけです。

こうして解析を進めた結果、研究者たちはCHSHシナリオで量子力学が作り出せる統計分布をほぼ網羅し、そこにある「壁」と「自己テスト」の構造を初めて体系的に描き出しました。

どんな方法を試しても決して超えられないラインが存在し、その最先端に立ったときこそ自己テストが働くという展開は、まるで舞台脚本のクライマックスを見ているかのようです。

この発見により、量子暗号や量子コンピュータといった先端技術の分野でも「装置の中身は間違いなく本物のもつれを使っている」と胸を張って言える基盤が固まったといえます。

いわば、「量子世界の不思議はどこまで広がるのか?」という問いに対し、“ここからある意味で、これ以上先は行けない”という線と、“そこに到達したときこそわかる新たな真実”の両方がはっきり示されたのです。

暴かれた量子の壁

量子力学の「非常識さの限界」がみえてきた―――最小シナリオで見えた新たな境界
量子力学の「非常識さの限界」がみえてきた―――最小シナリオで見えた新たな境界 / Credit:Canva

今回の研究でわかったのは、最小シナリオに過ぎないCHSH実験のなかにも、予想以上に豊かな相関の広がりと、決して乗り越えられない“量子の壁”が厳然とあるという事実です。

さらに、その壁ぎりぎりの地点では「自己テスト」という強力な仕組みが顔を出し、観測されたデータだけで装置内の量子状態まで“見抜く”ことが可能になります。

理論面では、「量子が発揮できる最大限の非局所性」が初めて具体的に示されたうえ、そうした極限点でこそ自己テストが成り立つことまで解析的に解明されました。

これは、量子力学が取りうる相関の形をほぼ完全に把握した画期的な一歩です。

そして、あまりにも強い相関がありながら、その先には絶対に行けないラインがあり、その境界を踏むと逆に装置の構造が透けて見えるというのは、量子の二重性を改めて感じさせる興味深い発見だといえます。

実用面でも、この“壁”や“自己テスト”が示す意味は大きいでしょう。

量子暗号や量子計算で「本当に本物のもつれを使っているのか?」という疑いが出たとき、今回示された極限相関が実測できれば「疑いなく真の量子現象だ」と証明できます。

しかも、現実の実験には誤差やノイズが付き物ですが、もしこうした厳しい条件下でも同じような境界やテストの考え方が適用できるならば、産業応用への信頼性がいっそう高まるはずです。

この結果の解釈としては、「量子力学の到達しうる極限ラインを明確に可視化した」という見方はもちろん、「将来、多パーティや多値測定などもっと複雑なシナリオへと拡張していくうえでの重要な礎石になった」と捉えることもできます。

さらに「観測結果だけで装置の中身を知る」という自己テストを突き詰めていけば、量子観測そのものの本質がさらに深く理解される可能性もあるでしょう。

総じて、今回の成果は「CHSHシナリオでの壁と自己テスト」という二大要素を同時に解明し、量子暗号や量子コンピュータといった先端技術から、量子基礎論における理論の限界探究や観測の根本問題に至るまで、幅広く影響を与えるものと期待されます。

いわば、小さなステージの上で繰り広げられる量子の“究極の演目”を初めて正面から照らし出し、そのフィナーレに至るまでの脚本を鮮明に示した、と言えるのではないでしょうか。

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元論文

Quantum statistics in the minimal Bell scenario
https://doi.org/10.1038/s41567-025-02782-3

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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