地球に最初の霊長類が出現したのは、恐竜が絶滅した直後の約6500万年前のこと。
そこから長い年月を経て、サルやゴリラ、チンパンジー、ボノボ、オランウータン、そしてヒトが進化しました。
霊長類はどれも自然界で高い知能を誇っていますが、中でも私たちヒトの知能は群を抜いています。
ヒトは数百メートルに及ぶ巨大な建造物からコンピューター、AI、果ては宇宙船までも作りだしてしまいました。
しかし、なぜヒトは他の霊長類に比べて知能がこれほど高いのか、何がヒトを特別にしているのかはまだ解明されていません。
そんな中、英オックスフォード大学(University of Oxford)の研究チームは、他の霊長類とヒトの脳を比較し、どこが明確に違うのかを調査。
その結果、脳内の接続においてヒトにしかみられない領域があったことが判明したのです。
それは一体どの脳領域で、どんな働きをする場所なのでしょうか?
研究の詳細は2025年3月17日付で科学雑誌『The Journal of Neuroscience』に掲載されています。
目次
- ヒトの脳はどこが特別なのか?
- ヒトにしか存在しない「脳のつながり」とは?
ヒトの脳はどこが特別なのか?
私たちヒトの脳は、他の霊長類とどこがどのように違っているのでしょうか?
知能が高い、言葉を話す、未来を思い描ける……ヒトにはさまざまな能力がありますが、その違いの源を突き止めるのは簡単ではありません。
これまでは主に「脳の大きさ」が高い知能の要因と考えられることがありました。
確かに脳のサイズも知能の高さに関連していますが、サイズだけならヒトより大きな脳を持つ動物はいます。
例えば、ゾウの巨大な脳にはヒトの3倍ものニューロン(神経細胞)が詰まっていますが、ヒトほどの高い知能はありません。

また「前頭前皮質」の発達度合いがヒトらしさの鍵とも指摘されてきました。
前頭前皮質は計画力や意思決定などの高度な認知機能に関わる領域として知られ、そこに着目してヒトと他の霊長類との違いを探る研究が数多く行われています。
実際、脳の進化を比較した過去の研究でも、ヒトでは前頭葉の一部が顕著に拡大していることが示唆されています。
しかし研究チームは「こうした従来の焦点とは異なる場所にヒトならではの秘密が隠されているのではないか」と考え、今回の研究を開始しました。
具体的には、ただ脳の大きさや形を比べるのではなく、どの領域がどのように他の領域とつながっているか、つまり脳内の接続構造そのものに注目したのです。
ヒトにしか存在しない「脳のつながり」とは?
研究者たちは今回、大脳の表層を覆うシワシワの部分である「皮質」と、大脳皮質のさまざまな部分をつなぐ「白質」に注目しました。
そしてヒト・チンパンジー・カニクイザルという3種の霊長類の脳のMRIデータを用い、白質と皮質との接続関係を詳細にマッピング。
それぞれの脳領域が、どの白質線維とどれだけつながっているかを表現した「接続の指紋(connectivity fingerprint)」を作成し、種ごとの違いを統計的に比較しています。
その結果、これまで重視されてきた前頭前皮質よりも、耳の後ろあたりにある「側頭葉」と頭のてっぺんあたりにある「頭頂葉」の一部に、ヒト特有の接続パターンが集中していることが特定されたのです。
なかでも「弓状束(きゅうじょうそく)」という白質経路が、側頭葉と前頭葉を広範につないでいるのはヒトだけに見られた特徴でした。

この経路は高度な言語の処理に関与するとされていますが、今回の解析では感情の理解や社会的行動の処理にも関連していることが示されました。
また、他者の考えや感情を推測する能力に重要な役割を果たすとされる側頭頭頂接合部も、ヒトでは他の霊長類より多くの視覚処理領域とつながっていることがわかりました。
以上の結果から、他の霊長類に比べて“社会性に特化した脳の配線”こそが、ヒトの複雑なコミュニケーション能力や共感能力の大きな要因であると考えられます。
他者と密接かつ頻繁に深いコミュニケーションを取ることが、ヒトの知能を高めて、高度な文明社会に築くことを可能にさせたのかもしれません。
参考文献
What makes the human brain unique? We compared it with monkeys and apes to find out
https://theconversation.com/what-makes-the-human-brain-unique-we-compared-it-with-monkeys-and-apes-to-find-out-252331
元論文
Connectivity profile and function of uniquely human cortical areas
https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.2017-24.2025
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部