毎年春になると、山地にひっそりと赤い実をつける日本の植物「オニシバリ」。
この「鬼縛り」という和名は、樹皮が強靭で枝を折ってもちぎれないことから、この木の樹皮で鬼を縛っても切れないだろうという意味で命名されました。
そしてこのほど、東邦大学の最新研究で、オニシバリの果実にHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の複製を抑える物質が発見されたのです。
この知見はHIVによって引き起こされる「エイズ(後天性免疫不全症候群)」の新たな治療薬開発につながる可能性があります。
研究の詳細は2024年12月20日付で科学雑誌『Phytochemistry』に掲載されました。
目次
- 日本の植物がHIVの増殖を止める?
- オニシバリの果実に抗HIV活性物質を発見!
日本の植物がHIVの増殖を止める?
HIV感染症は1980年代に登場して以来、世界中で数千万人の命に関わってきた重大なウイルス感染症です。
現在では、抗HIV薬によって症状の進行を抑えることができるようになりましたが、ウイルスを完全に体内から排除することは今も困難です。
そのため、生涯にわたって薬を飲み続ける必要がある人が世界に多数存在します。
そんな中で、天然の植物からHIVを抑える新しい成分が見つかったというニュースは、とても注目すべきものです。
そのスーパーパワーを持つ植物はなんと奇遇なことに、日本に自生している「オニシバリ」でした。

オニシバリは、世界に53属800種以上が知られている「ジンチョウゲ科」というグループに属します。
オニシバリ(学名:Daphne pseudomezereum)は、別名ナツボウズ(夏坊主)とも呼ばれ、日本や中国、韓国に分布するジンチョウゲ科の落葉低木です。
ナツボウズという別名は、夏になるとオニシバリが一時落葉することに由来します。
実は、これまでにもジンチョウゲ科の植物には、抗がん作用や鎮痛作用など様々な生物活性があることが知られていました。
しかし、今回のように「日本に自生するオニシバリの果実」から抗HIV作用が確認されたのは初めてのことです。
オニシバリの果実に抗HIV活性物質を発見!
これまでオニシバリの成分研究は、主に葉に含まれるフラボノイドやクマリンなどに焦点が当てられてきました。
しかし研究チームは、まだ研究が進んでいなかった果実に注目。
この果実には毒性があり、誤食すると下痢や嘔吐を引き起こすことが知られていたのですが、そこに未知の生理活性物質が含まれているのではないかと考えたのです。
そこで東邦大学のチームは、学内の薬用植物園で育てたオニシバリの果実を乾燥させ、メタノールを使って成分を抽出。
得られた抽出物をさらに精密な分離・分析手法で解析し、合計10種類の「ダフナン型ジテルペノイド」という化合物を単離しました。

その結果、そのうちの4種類の化合物が、HIVウイルスの複製を大きく抑える効果を持っていることが判明したのです。
特に重要だったのは、化合物の12位という部分に「シンナミリデンアセチル基」が結合していることでした。
これがあることで、HIVの増殖を強く抑える力が発揮されるとわかったのです。
この点は、これまでの抗HIV物質とは異なる構造的特徴であり、今後の創薬にとって新たな手がかりとなる可能性があります。
HIVのような世界規模の感染症に対して、日本の自然からヒントが得られるというのは、とても希望に満ちた話です。
今回の研究は、抗HIV薬の新しい候補を示すだけでなく、まだ解明されていない植物の力に光を当てる成果でもあります。
今後さらに他のジンチョウゲ科植物にも応用が広がれば、薬の選択肢が広がり、より多くの人の命を支えることにつながるでしょう。
薬のタネは、意外と私たちの身近に隠れているのかもしれません。
参考文献
日本産ジンチョウゲ科植物オニシバリから抗HIV活性物質を発見
https://www.toho-u.ac.jp/press/2024_index/20250227-1455.html
元論文
Anti-HIV diterpenoids from Daphne pseudomezereum
https://doi.org/10.1016/j.phytochem.2024.114366
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部