「嫉妬、強欲、憤怒」――こんな三つの言葉が並んだタイトルを目にすると、思わず「どんな内容なんだろう?」と気になりませんか。
実は、このように三つのキーワードをそろえた「トリパート型(3単語編成)のタイトル」を持つ学術論文は、引用数が高い傾向があることが、ドイツのマックスプランク協会(MPG)で行われた研究によって明らかになりました。
経済学分野では平均して3.5件、医学・生命科学分野ではなんと約32件も追加で引用されるというのです。
従来、論文の「質」が引用数を左右すると考えられてきましたが、どうやらタイトルの工夫も無視できないようです。
三つの関連する単語を並べることで、読み手の記憶に強く残り、結果として論文の注目度を高めている可能性が指摘されています。
今回の研究では、経済学と医学・生命科学を中心に膨大な論文データを分析したところ、トリパート型タイトルが安定して一定の割合(経済学で約9%、医学・生命科学で約4%)を占めている事実も判明。
これが単なる一過性の流行ではなく、学術界で長く支持されてきたスタイルであることを示唆しています。
では、なぜ「三つ揃いの言葉」が引用数アップにつながるのでしょうか。
その背景には、古くはローマ時代から受け継がれてきた「三つの魔法」とも呼べるレトリックの力が見え隠れします。
いったい何がこの「三つの魔法」の効果を生み出しているのでしょうか?
研究内容の詳細は『SSRN』にて発表されました。
目次
- タイトルがすべてを変える:学術評価の新視点
- 暴かれた“三単語”の威力
- 三単語が変える学術コミュニケーションの未来
タイトルがすべてを変える:学術評価の新視点

学術論文の評価には、しばしば「引用数」が用いられます。
これは、ほかの研究者が自分の研究論文で参照した回数を示す指標です。
一見すると、「良い研究ほどたくさん引用される」と思いがちですが、実際には論文のタイトルやページ数、共著者数など、さまざまな要素が引用数に影響を与えることがわかってきました。
たとえば、タイトルが短いほど目を引きやすいとか、ユーモアを交えたタイトルには好意的・否定的それぞれの反応があるなど、どんなタイトルが有利になるかについては多くの議論がなされてきました。
そんな中、「三」という数字が持つ特別な力が改めて注目を集めています。
古代ローマの将軍カエサルが用いた「Veni, Vidi, Vici(来た、見た、勝った)」が有名ですが、なぜ三つ並べると強い印象を与えるのか。
心理学研究によれば、人間の短期記憶は三つ程度に小分けされた情報をとりわけ覚えやすいという特徴があるとされます。
つまり、「三つの言葉」をまとめて提示するだけで、読む人の脳内にスッと入り込む可能性が高まるのです。
三拍子や三部作など、私たちは普段から「三つ並び」にどこか心惹かれやすいといわれるゆえんでもあります。
とはいえ、「三つ並べた言葉」をタイトルに含めると実際にどれだけ引用数が増えるのか、具体的な検証はあまり進んでいませんでした。
そこで今回、経済学と医学・生命科学の両方で数十万件に及ぶ論文タイトルを調べ、引用数との関係を統計的に分析する取り組みが始まりました。
論文の質そのものはもちろん、ページ数や共著者数、掲載ジャーナルの特徴、さらには専門家による評価などをも含めて調整しながら、「三つ並んだキーワード」が実際にどれほど強いインパクトを与えるのかを見極めようとしたのです。
暴かれた“三単語”の威力

三つ並んだキーワードは本当に強いのか?
調査に当たってはまず、経済学と医学・生命科学の論文タイトルを数十万件集め、「三単語が並んだフレーズが含まれているか」を自動で判別する仕組みを用意します。
手順としては、カンマ(,)や“and”が入っているかだけでなく、いくつもの検索パターンを組み合わせて、列挙された国名や偶然つながっただけの単語列などを弾く工夫を凝らしました。
要するに「本当に意味を持って三つのキーワードが続いているタイトル」を精度高く見つけ出すわけです。
次に、そうして振り分けた論文タイトルの情報を、引用数、ページ数、共著者数、掲載された学術誌の特徴などのデータと合わせて一つにまとめました。
医学・生命科学では専門家評価(Faculty Opinions)を参考にして、論文の質自体が結果に影響していないかまでしっかりチェック。
いわば、「タイトルの構造」という観点から論文を大規模にスキャンし、そのうえで実際の被引用数と比較したのです。
その結果、経済学分野では約9%、医学・生命科学分野では約4%のタイトルに“三単語セット”が使われていました。
そして、そうしたタイトルの論文は、他の論文と比べて明らかに引用数が多く、経済学では平均して3.5件、医学・生命科学ではなんと約32件もプラスで引用されていたのです。
しかも、発表から数年後(3年・5年)といった比較的短い期間でも同じ傾向が認められ、さらに専門家評価による品質差を調整しても、この“三単語効果”は消えませんでした。
なぜこれが革新的かというと、まずは数十万件もの膨大なデータを対象に、論文の質やページ数、投稿時期などの影響を丁寧に取り除いたうえで、タイトル内の“三つ並び”が学術コミュニケーションにも強いインパクトを与えることをはっきり示した点です。
つまり、ただの思いつきや一部の例ではなく、大規模で厳密なデータ分析によって「タイトルの作り方が論文の運命を左右する」という可能性が裏付けられたのです。
今後は「どういうキーワードを並べるとさらに効果的なのか」「分野によって好まれる三単語が違うのか」といった、より踏み込んだ疑問の解明が期待されています。
三単語が変える学術コミュニケーションの未来

今回の調査で明らかになったのは、「三つ並んだキーワード」が論文タイトルに含まれることで、論文の存在感が高まり、実際の引用数にも良い影響を与えているということです。
人間の脳は三つの要素をひとまとまりとして認識しやすいとされ、タイトルを見た瞬間の印象づけや記憶への残りやすさに差が出るのではないかと考えられます。
さらに、タイトルに三つのキーワードを並べるという手法は、読み手に複数の関連性を瞬時に提示し、論文内容の多面的な魅力を端的にアピールできる点も注目すべきでしょう。
たとえば「A, B, and C」と並んでいれば、「この研究にはAとB、そしてCの要素がある」と一目でわかり、読み手はその組み合わせの意外性や新しさに興味を惹かれやすくなります。
一方で、こうした「タイトル作法」だけでは説明できない部分も当然あります。
論文のクオリティや発表されたタイミング、執筆者の知名度など、他にも引用数を左右する要素は数多く存在します。
今回の研究では、できる限りページ数や専門家評価などを調整したうえで「三単語効果」が確認されているため、その影響は確かに大きいと考えられますが、対象を経済学と医学・生命科学に絞っていることもあり、今後は社会学や工学など、ほかの分野でも同様の傾向が見られるかを検証する必要があります。
また、英語以外の言語では「三単語」が同じ効果を生むのかどうかも興味深い課題です。
それでも今回の結果は、学術コミュニケーションにおいてタイトルが持つ力を改めて再認識させるもので、論文評価に新たな視点を与える可能性があります。
従来、評価の議論では「研究の中身」や「ジャーナルの知名度」が重視されがちでしたが、こうしたデータからは「読み手を惹きつける言葉選び」も無視できない要素だとわかります。
言い換えれば、研究者が自分の論文に付ける“顔”としてのタイトルをどう設計するかによって、思わぬ引用数アップが期待できるわけです。
今後はタイトル付けのセオリーや言語的テクニックがより深く探究され、論文の存在感を最大化するためのノウハウが整理されていくかもしれません。
タイトルを変えるだけで多くの研究者の目に留まるとしたら、それは確かに革新的なアイデアと言えるでしょう。
元論文
Pattern, Perception, and Performance: Tripartite Phrases in Academic Paper Titles
https://dx.doi.org/10.2139/ssrn.5134534
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部