中国の吉林大学と中山大学による研究によって、長らく幻とされてきた「六方晶ダイヤモンド」の安定合成に世界で初めて成功しました。
一般的に知られる立方晶のダイヤモンドを上回る硬度を持つと理論的に予測されながら、これまで大型で純度の高いサンプルを得るのは困難とされてきました。
しかし今回、黒鉛(グラファイト)を高圧・高温下で変質させる革新的な手法を確立し、ミリメートルサイズの高純度六方晶ダイヤモンドの合成に成功。
宝飾用途だけでなく、切削加工や半導体基板など幅広い産業・技術分野での飛躍的な性能向上が期待されています。
この新素材は、私たちのものづくりと科学の未来をどのように変えていくのでしょうか?
研究内容の詳細は『Nature Materials』にて発表されました。
目次
- なぜ“ダイヤモンドの硬さ”が注目されるのか
- 新たに開発された「六方晶ダイヤモンド」の概要
- 驚異的な硬度と高温安定性
- 応用分野と今後の展望
なぜ“ダイヤモンドの硬さ”が注目されるのか

私たちが日常的に目にするダイヤモンドは、宝石としてのきらめきや高い希少価値によって広く知られています。
しかし、その魅力は美しさだけではありません。
古来よりダイヤモンドは「地球上で最も硬い天然物質の一つ」として評価され、切削や研磨、掘削工具など、産業界のさまざまな場面で不可欠な役割を果たしてきました。
たとえば、ダイヤモンド製ドリルビットは堅牢な岩盤を穿孔するのに用いられますし、ハイエンドな電子機器の製造工程でも、微細な加工や研磨用途でダイヤモンドを利用する技術が確立されています。
こうした高い硬度に支えられた信頼性が、ダイヤモンドを「装飾品以上の機能材料」として際立たせているのです。
しかし、近年の技術革新により、私たちはさらに「より硬い」新しいダイヤモンドを求める段階へと踏み込んでいます。
従来の天然ダイヤモンドでも十分に硬いとはいえ、産業界では常に高精度かつ高効率の加工や極限環境下での部品寿命の向上が求められてきました。
また、半導体の性能を支える基板素材としての利用や、より高温でも安定して機能する材料への需要が高まり、ダイヤモンド以上の物性を持つ物質が待望されていたのです。
その背景には、地球深部や惑星内核などの“極限環境”における鉱物形成プロセスを模倣・応用し、炭素を多彩な形態に変化させられるようになってきた最新の研究動向もあります。
こうした研究が進む中で見いだされてきたのが、従来の立方晶とは異なる結晶構造を持ち、「六方晶ダイヤモンド」や「ロンズデーライト」と呼ばれるダイヤモンドの新しい可能性です。
自然界では極めて稀少であり、高純度・大サイズのサンプルを得ることも難しいとされていた六方晶ダイヤモンドの合成が、もし実用レベルまで達すれば、これまで人類が手にしたどの物質よりも優れた硬度や耐熱性を持つ革新的な材料になるかもしれません。
だからこそ、“ダイヤモンドの硬さ”を改めて見直し、それを超える材料開発が今、大きな注目を集めているのです。
新たに開発された「六方晶ダイヤモンド」の概要

一般に「ダイヤモンド」と聞くと、立方晶(キュービック)の結晶構造を思い浮かべる人がほとんどかもしれません。
しかし、炭素がつくる結晶構造のなかには、六角形をベースにした「六方晶ダイヤモンド(ヘキサゴナルダイヤモンド)」と呼ばれる別種の形態も存在します。
六方晶ダイヤモンドは、1960年代に隕石衝突跡から極めて微量に発見され、「ロンズデーライト(lonsdaleite)」として学術的に報告されて以来、その存在意義が取り沙汰されてきました。
理論的には、立方晶ダイヤモンドよりもさらに高い硬度を持つ可能性が示唆されていたものの、これまで入手できる試料はごく小さく不純物も多かったため、実験による確認が困難だったのです。
ところが近年、中国の複数の研究機関を中心とするチームが、グラファイト(黒鉛)を高圧・高温下に置き、約1,800K(摂氏1,500度以上)まで加熱することで、この六方晶ダイヤモンドを人工的に合成することに成功しました。
これまでの挑戦では、“大きさ”と“純度”の壁に阻まれ、実用を見据えた量産化への道は遠いと考えられていました。
しかし今回、ミリメートルサイズかつ高い結晶純度を達成し、理論として語られるだけだった六方晶ダイヤモンドの特性をより正確に評価できる段階まで研究が進歩したのです。
合成のポイントは、従来の実験が想定していた条件よりもさらに強い圧力をかける点にあります。
そうすることで、黒鉛が「ポストグラファイト相」と呼ばれる特別な状態を経由し、より安定した六方晶構造へと変化しやすくなるのだといいます。
研究グループはこの手法を詳細に分析し、六方晶ダイヤモンドがいかに生成されるかを分子レベルで確認するとともに、大量生産に向けたスケールアップの可能性も示唆しました。
これらの成果は、六方晶ダイヤモンドがもはや“稀少な理論上の物質”にとどまらず、実際に新素材として活用しうる未来が見え始めたことを意味しています。
驚異的な硬度と高温安定性

今回合成された六方晶ダイヤモンドの大きな特長は、「天然ダイヤモンドを上回る硬度」と「高温環境下での安定性」という2点に凝縮されます。
そもそも天然ダイヤモンドの硬度は、ヴィッカース硬度で70~110 GPaほどとされていますが、六方晶ダイヤモンドでは155 GPaという値が報告され、理論的に想定されていた“さらなる硬さ”を実証する結果となりました。
炭素原子が六角形の格子構造をとることで、立方晶に比べてわずかに強固な結合を形成できるのが理由だと考えられています。
また、熱に対しても驚くほど高い安定性を示すことが今回の合成ダイヤモンドを際立たせています。
通常の天然ダイヤモンドは、真空などの特殊環境では比較的高温にも耐えられますが、大気中で扱う場合には900℃程度を超えると分解や酸化が進みやすくなるといわれています。
対して、合成された六方晶ダイヤモンドでは1,100℃まで結晶構造を保ったという報告がなされており、産業上の高温プロセスにそのまま応用できる可能性も高まっています。
このような高い硬度と熱安定性の組み合わせは、切削・研磨工具などの従来用途にとどまらず、高温環境での部品素材や半導体分野の基板、さらには宇宙開発など極限環境での活用に多大な期待を抱かせるものです。
炭素という身近な元素が、結晶構造を変えるだけでここまで大きく性質を変えるという事実は、素材科学の奥深さを改めて示唆しています。
今後の研究次第では、この六方晶ダイヤモンドがハイスペック材料としてさまざまな分野に浸透していく可能性があるでしょう。
応用分野と今後の展望

六方晶ダイヤモンドが示す突出した硬度と耐熱性は、さまざまな分野に応用できる可能性を秘めています。
まず、もっとも実用性が高いと考えられるのは、ドリルビットや切削工具などの切断・研磨用途です。
従来の天然ダイヤモンド以上の性能を期待できることで、高硬度材料の加工効率や精度が飛躍的に向上する可能性があります。
さらに、高い熱伝導性を活かして半導体の基板や放熱材として利用することも視野に入っており、スマートフォンやパソコンなどの電子機器の信頼性向上や小型化に役立つかもしれません。
一方で、六方晶ダイヤモンドを大規模に生産するためには、強力な高圧と高温を生み出す装置やプロセスをどのように拡張・改良していくかが大きな課題となります。
実験室スケールでの成功は今回大きな一歩ですが、コストや生産速度などの要素をクリアしなければ、商業ベースでの量産化は難しいでしょう。
それでも、研究チームは量産化に向けた糸口を見出しているとされ、企業や研究機関が協力することでプロセスの効率化が進めば、より手頃なコストで合成ダイヤモンドを大量に供給できる未来も夢ではありません。
また、素材自体の可能性をさらに広げる研究も進んでいます。
高温下でも結晶構造を保つ性質は、高真空や極低温、放射線環境などの過酷な条件下での利用をも視野に入れ、宇宙開発や先端センサー技術などへの応用が期待されます。
加えて、炭素という多彩な結合形態を持つ元素を使った新しい材料設計が進めば、六方晶ダイヤモンド以外にも超硬度かつ高機能な物質が生まれるかもしれません。
このように、六方晶ダイヤモンドが私たちにもたらすインパクトは大きく、今後の研究や技術開発次第では、既存の産業構造を変える可能性すらあります。
夢物語に思えた“天然ダイヤモンドを超えるダイヤモンド”が、ついに実用段階へ一歩近づいた今、素材科学の新時代を目の当たりにしていると言えるでしょう。
元論文
General approach for synthesizing hexagonal diamond by heating post-graphite phases
http://dx.doi.org/10.1038/s41563-025-02126-9
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部