日本で野生動物を狩って食べる「リアルひと狩り」が隠れたブームになっているようです。
そんな中、ヌートリアを箱罠で密猟し、料理して食べる動画で逮捕された外国人がニュースになったことは記憶に新しいところ。食べていたのは揚げ物のようで、何やらいい色に揚がっていましたが、これは法律違反です。
ヌートリアは農作物に被害を及ぼす特定外来生物ですが、野生動物として保護もされているため、許可なく捕獲すると罪に問われるのです。
しかし、それでも動画を見たほぼ全員が思ったのではないでしょうか。「ヌートリアって、美味しいのか!」と……。ここでは、ヌートリアは本当に美味しいのか、そして、なぜ特定外来生物として日本に棲息しているのかについて見ていきましょう。
目次
- 令和の時代、ヌートリアを狩って食べる人々あらわる
- 昭和の時代、ヌートリアが日本で野生化した知られざる真実
令和の時代、ヌートリアを狩って食べる人々あらわる
令和の時代、野生動物をひと狩りして食べる人々がネットに現れはじめています。その中で人気急上昇中なのが特定外来生物のヌートリア。
ヌートリアは南米原産のげっ歯類。つまりネズミの仲間です。見た目は何となくカピバラに似ていますが、カピバラより小さく、頭からおしりまで40~60cm程度です。カピバラとの大きな違いは尻尾が長いことで30~45cmほどあり、ネズミっぽさ満載。
また、後ろ足には水かきがあって上手に泳ぐほか、水に潜るのも得意な草食性で水辺の哺乳類です。

これが日本で野生化し、農作物を荒らす害獣となっています。
動画検索するといかにも美味しそうな丸焼きを始め、フランス風のフリカッセや赤ワイン煮込み、韓国風のタッカルビ(いや、ヌーカルビ?)、肉じゃがなどが出てきます。
とても美味しそうです。

試しに「ヌートリア レシピ」で検索してみると、トップには何とクックパッドが出てきました。既に大手レシピサイトにも載る人気。煮込み、揚げ物、焼き物など、バリエーション豊かです。
でも狩りや捕獲は無理かも、と思ったそこのあなた。検索したらサクッとネット通販も出てきますよ。
もはやヌートリアはキワモノではなく、ちょっぴりレアなジビエ扱い。昭和の時代と違って特定外来生物に指定されてしまったので養殖はできませんが、冷凍なら既に肉になったヌートリアが手に入ります。
ネズミという表現がいけないのであって、げっ歯類といえばウサギ肉はフランスやイタリア、スペインでは普通に「肉」として売られています。野生のウサギと養殖のウサギは呼び方も分けられているほど一般的。
ウサギ肉のレシピも検索してみると、なかなかお洒落です。これはヌートリアにも応用できそう。

ウサギほどポピュラーではない珍獣扱いですが、リス肉が美味しいという情報も広まり始めています。アイヌ料理でしっかり叩いてつみれにし、鍋物や汁物にするのが美味しいことが漫画で広まりました。「チタタプ」ですね。
リス肉はアメリカでよく食べられてきたほか、現在はイギリスで人気が出てきているようです。ウサギ肉と似ているのだとか。
でも検索してみると、リスよりヌートリアのほうがずっと入手しやすそうです。リス肉を検索で探すのは大変ですが、ヌートリアはレシピも肉もすぐヒットします。
ヌートリアを実際に獲って食べた人々の話によると、ヌートリアは移動する際、走るより泳ぐことが多いので肉が柔らかいということ、また、水辺の生き物なので川魚と同じように、水がきれいな上流、次期は寒くなった頃が水からくる臭みがなく美味しいということです。
肝心の肉の味は臭みがなく柔らかく鶏肉のようだとのことで、それってやっぱり美味しいということですよね。しっかり焼いても固くなりにくいようなので、高齢者にも向いているかもしれません。
いや、これは食べてみたい。お肉屋さんで扱ってくれないですかね。地方の農産物直売場だとジビエコーナーがあったりしますよね。産地(?)では、シカやイノシシは意外とすぐ手に入るレベルになっていますが、ああいうノリで、ぜひ。
ちなみにヌートリアが棲息するのは西日本がメインになっているようです。

でも、ひと狩り行きたい人は気を付けましょう。「鳥獣保護管理法」という法律があります。これは野生の鳥類・哺乳類を保護するため自由に捕獲などしてはならないという法律です。これは害獣であっても適用されます。
また、「特定外来生物法」という法律もあります。ヌートリアは特定外来生物なので、捕獲に許可がいるだけでなく、生きたまま移動させてはいけないなど様々な決まりがあります。
ネットに動画を上げて逮捕された外国人は、このルールが守れていなかったのです。
ではひと狩り行っている人々はどうしているでしょうか。
まずひとつは「狩猟免許を取得する」という方法で、もうひとつの方法は「捕獲許可を申請する」です。
捕獲許可も原則として狩猟免許がある人が対象だったりしますが、自由猟というものがあり、自治体によっては小型箱わななどを使用した鳥獣の捕獲も許可対象となる場合があるようです。
自由猟が気になる人は使用してもいい道具を自治体に確認してみてください。自治体によってはたも網のようなものでも違法になる可能性があるため、何を使って捕獲するかと、狩猟期間の確認は念入りに。
ネットでヌートリアを狩っている人々はハンターだけではなく、許可をとる方向でカジュアルに行っている人もいるようです。ヌートリア程度のサイズだと2本のたも網で上手に捕まえている動画もあったりします。もちろんちゃんと確認して許可を取られています。
ここでもうひとつ。許可が取れていても「狩猟期間」があるので、ここもしっかりチェックしておいてください。
昭和の時代、ヌートリアが日本で野生化した知られざる真実
でも、南米原産の生き物が、なんで日本にいるのでしょうか。
これには第二次世界大戦が関係しています。寒さから身を守りながら戦わなければならない軍人のコートは裏地に毛皮が使われました。当初はカワウソやムササビの毛皮が納入されていましたが、獲り過ぎて数が減り、間に合わなくなりました。加えて、戦後の国策としてヌートリア養殖が奨励されたことも、野生化の一因となったのです。
軍用ウサギの飼育も行われていましたが、ウサギよりずっと耐久力があり、保温性も高いヌートリアに白羽の矢が立ったのです。特に戦闘機のパイロットには必須アイテムでした。

これが昭和のヌートリア第一次養殖ブーム。ここまでは結構有名な話ですよね。
でも、毛皮の品質が高かったこと、飼育が容易だったこと以外に、もうひとつ大きなポイントがありました。
肉が美味しかったことが既に知られていたのです。
戦中は毛皮と同時に枝肉(と呼ぶには小さいですが)も軍に納入されていました。
戦後は、農地での働き手が軍隊に召集されて減っていたこと、戦地から引き揚げてくる人がどっと増えたことなどから、大切にしていた牛馬も屠畜して食べないと飢えてしまうほど未曽有の食糧難になっていました。
ここから先が知られざる真実。
軍用ウサギは既に壊滅状態になっていたこともあり、昭和の第二次ヌートリア養殖ブームが到来しました。「食べるため」に再び養殖が奨励されたのです。

日本では飢饉の時に利用する「救荒植物」がありました。江戸時代、上杉鷹山が「かてもの」として奨励したものもそうです。今でも郷土料理として山菜の利用が盛んな東北地方ですが、元は救荒植物としてリストアップされていたものでした。
それと同じような位置づけでヌートリアは「救荒動物」とされました。
日本には当時、学術研究会議という団体がありました。日本学術会議の前身です。
全国的な飢饉ともいうべき状況に、日本の研究機関の総力を挙げて結成されたのが学術研究会議非常時食糧研究特別委員会でした。政策の決定に大きな影響力のある科学者の会合の場で、ヌートリアが現状打開の切り札の一つとして登場したのです。
「救荒動物」として研究者の、ひいては政府のお墨付きを得るに至り、ヌートリアは再び養殖されることになったのでした。

それと同時に日本はGHQに対して食糧輸入の要請を出していました。GHQに関しては援助とは違う性質のものでした。援助ではなく輸入です。つまりその見返り品が必要になります。
見返り品としてはカメラ、絹糸、陶磁器などがありましたが、その中にヌートリアの毛皮も加えられたのです。ヌートリアは救荒動物としてだけでなく、見返り品の毛皮にもなっていました。ヌートリアは救荒動物として以外に、毛皮としての需要が再び生まれていたのです。

これは昭和50年代に日本が食糧輸入を辞退したことで終了しました。
それと同時に、高度経済成長時代になった日本では、ヌートリアを国民のたんぱく源にという話がうやむやになりました。肉も毛皮も不要になってしまったヌートリアはこの時期、野に放たれたのか、もっと前だったのかはわかりません。
この時代、学校給食の脱脂粉乳は牛乳に変わりました。自国で生産可能になったのです。しかし、脱脂粉乳の時代から、学校給食にヌートリアが使われていたという話は聞きません。
ただ、養殖ブームは戦後にもあったことは確かなのでした。
昭和の時代に肉と毛皮のために導入された割にはあっさり顧みられなくなったヌートリア。令和の今では農家を困らせる害獣扱いです。反面、許可を取り、捕獲して食べる人々の動画が増えつつあり、ワイルドな料理込みのお楽しみとして一部で受けています。
しっぽのせいか「ネズミ」という認識ではあっても「美味しい」という評価が少しずつ高くなり、気づいてみればネット上にレシピが増え、肉の通販も出てきているヌートリアは、今やちょっぴりレアなジビエ。
ちょっと試してみたいならポチるだけでOK。野外で楽しみたいなら許可を取って狩猟期間中に狩ることができます。
ルール違反は罪に問われて逮捕されるのでそこは要注意ですが、昭和の切実な理由とは違ってちょっぴりサブカルなゲームミートになりつつあるという、数奇な運命を辿っているヌートリアなのでした

参考文献
ヌートリア 農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/manyuaru/old_manual/manual_tokutei_gairai_old/data5.pdf
対日食料援助の開始と継続 京都大学 岩本ゼミオブザーバー
柴田茂紀
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/56852/1/ece003_105.pdf
けもの道狩猟ノート 食べよう! レッツ獣肉! ヌートリアとノウサギ料理編
写真・文|佐茂規彦
https://note.com/kemono_hunters/n/n8a984754d864
元論文
ヌートリアと国策:戦後のヌートリア養殖ブームはなぜ起きたのか?
https://doi.org/10.11238/mammalianscience.56.189
ライター
百田昌代: 女子美術大学芸術学部絵画科卒。日本画を専攻、伝統素材と現代素材の比較とミクストメディアの実践を行う。芸術以外の興味は科学的視点に基づいた食材・食品の考察、生物、地質、宇宙。日本食肉科学会、日本フードアナリスト協会、スパイスコーディネーター協会会員。
編集者
ナゾロジー 編集部