まるで自然界に存在する原子を自由に作り変えたかのような「人工原子」が、マイクロ波(広義の光)を貯蔵し、タイミングをコントロールして再放出する新たな方法が開発されました。
数百マイクロメートルほどのサイズでありながら、低温環境では量子力学的な性質をしっかりと保ち、自然の原子にはできないレベルでエネルギーを調整することができるのです。
実験では、5つの人工原子と特別な金属線(共振器)を組み合わせ、いったん取り込んだマイクロ波を「好きな時間」に放出することが可能であることを示しました。
これは、量子コンピュータや次世代通信技術にとって大きなブレイクスルーといえるでしょう。
自然の原子を用いる従来の方法では難しかった複雑な制御が、“大きな量子”である人工原子のおかげで実現されつつあります。
マイクロ波を自在にやり取りできる未来が、いよいよ私たちの目の前に近づいてきました。
研究内容の詳細は2025年2月11日に『Physical Review Letters』にて発表されました。
目次
- 小さすぎる原子の壁――超伝導が導く突破口
- 人工原子による光の“再放出”ショー
- 迫り来る人工原子の時代
小さすぎる原子の壁――超伝導が導く突破口
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量子の世界で扱われる「原子」や「分子」は、通常とても小さく、電子顕微鏡や特殊な観測手段を使わなければ目にできません。
また、自然に存在する原子や分子は、そのエネルギー状態(電子がとりうる軌道や遷移周波数など)が生まれつき決まっているため、自由に変えるのは極めて困難です。
これまでの量子実験や量子コンピュータの研究では、こうした“自然の原子”に何とか手を加えたり、工夫をこらしたりして利用してきましたが、制御の難しさや実験条件の厳しさが大きなハードルとなっていました。
そこで注目されているのが、抵抗がゼロになる超伝導状態を利用した「人工原子」です。
人工原子とは、超伝導状態の電気回路を使って、まるで“自然の原子”のような性質を再現したものです。
自然界の原子は、電子がとりうるエネルギーの階段(離散的なエネルギー準位)が決まっていますが、人工原子ではこのエネルギー階段を「回路の設計」や「外部からの磁束制御」で自由に調整できるようにしているのです。
具体的には、ジョセフソン接合(超伝導体を極薄の絶縁膜で挟んだ素子)やコンデンサ、コイルなどを配置し、電流が超低温環境で抵抗なく流れるように工夫します。
このとき電子同士が量子的に結びついた“クーパー対”(超伝導を担う電子ペア)が形成され、自然の原子における電子軌道のように離散的なエネルギー準位をつくり出すのです。
自然の原子は、エネルギーの階段があらかじめ決められているため、「もう少し階段の幅を広く(あるいは狭く)したい」と思ってもほとんど調節はできません。
一方、人工原子は回路パラメータや外部磁場を変えることで、エネルギー準位の間隔を大きくしたり小さくしたりできるという大きな特徴があります。
今回の研究では、この特性を利用して複数(5つ)の人工原子を異なる周波数に設定し、一斉にマイクロ波を吸収して再放出するタイミングを精密にコントロールしています。
さらに重要なのが、人工原子を結合させる“超伝導共振器”の存在です。
共振器は、特定の周波数で電磁波を行き来させる装置で、マイクロ波の光子(エネルギーのかたまり)を効率よく出し入れする舞台となります。
人工原子と共振器を一緒に設計すると、光子が行き来するルートと、人工原子が受け取るエネルギーのルートが結びつき、マイクロ波をためておけるうえに、その放出の仕方を好きなように制御できるというわけです。
自然の原子では考えにくいほど柔軟に「エネルギーの階段」と「光とのやり取り」を操れる――それが、この人工原子の最大の強みなのです。
人工原子による光の“再放出”ショー
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研究チームは、超伝導回路で作られた5つの「人工原子」を金属線(共振器)と組み合わせ、そこに短いマイクロ波パルスを送り込む実験を行いました。
まず、実験装置を超低温まで冷やして抵抗をほぼゼロにし、量子力学の影響がはっきり現れる環境を整えます。
人工原子それぞれは、外部の調整によってエネルギー状態を変えられるようになっており、自然の原子と比べてはるかに自由度が高いのが特徴です。
パルスを“入り口”から送り込むと、人工原子がそのマイクロ波を吸収し、しばらく後に再び放出する現象が観測されました。
しかも単に一度きりではなく、人工原子たちの振動位相が再び揃う(rephasing)タイミングごとに、周期的にマイクロ波が出てくるのです。
これは、異なる周波数に調整された人工原子同士が協力し合い、吸収したエネルギーを再び共振器へ戻すことで起きると考えられています。
さらに、この“出てくるタイミング”は人工原子の周波数差や結合強度を変えることで自由に制御できることも明らかになりました。
たとえば、周波数のずれを大きくするとマイクロ波パルスの再放出間隔が短くなり、小さくすると長くなります。
こうした結果は、単にマイクロ波を一時的に蓄えるだけでなく、任意のタイミングで放出できる仕組みの存在を示しており、チップ上の超伝導回路だけで「量子メモリ」や「時間制御された光源」が実現しうることを意味します。
迫り来る人工原子の時代
今回の研究で実証された「人工原子を使ってマイクロ波を貯蔵・制御する方法」は、量子メモリの実用化や量子通信ネットワークの構築に向けて、大きな前進となりそうです。
例えば、量子コンピュータ同士をつなぐとき、どのタイミングで光(マイクロ波)を送受信するかを厳密に管理できれば、量子情報を正確にやり取りすることができます。
そうしたネットワークの中継役として、この“光を好きな間隔で取り出せる人工原子”が新たな選択肢になるかもしれません。
また、複数の人工原子が協調して、マイクロ波エネルギーを一度にまとめて放出したり、時間差で段階的に放出したりできる可能性があるという点も興味深いところです。
これは量子計測や高感度センサーへの応用にもつながり、微弱な信号しか得られない場面で、必要なときにだけエネルギーを取り出して測定するなど、革新的な手法が期待されます。
一方で、実用化に向けては、このような人工原子をより多数かつ長時間安定して動かす技術が必須となります。
外部ノイズをどこまで抑えられるかや、大規模化しても同じ制御精度が保てるかといった課題は残っています。
しかし、自然の原子ではできない自由な調整ができる分、今後の改良余地は大きいでしょう。
研究チームは、こうしたアプローチをさらに進化させ、量子情報技術の新たな突破口として活用することを目指しており、“人工原子を自在に操る時代”が、そう遠くない未来にやってくるかもしれません。
元論文
Observation of Collapse and Revival in a Superconducting Atomic Frequency Comb
https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.063601?_gl=1*1vmts2r*_ga*NDc0MDg5NTkwLjE3MjAzOTI3NTM.*_ga_ZS5V2B2DR1*MTc0MDQ4MTA1Ni44NC4wLjE3NDA0ODEwNTYuMC4wLjExNjExNTcyNjc.
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部