動物たちの多くは、濡れるとブルブルと体を震わせて毛についた水を吹き飛ばします。
イヌの飼い主ならよく見慣れた行動でしょうが、これはイヌだけでなく、野生のクマからネズミまで幅広い哺乳類たちが習得しています。
子供の頃、この動物たちの動きを真似してみたけど上手く出来なかったという人も多いでしょう。
この水を弾く動作は、機械のように精巧で非常に効率的です。一体彼らはどういう理屈でこの動きをしているのでしょうか? そしてなぜ人間には出来ないのでしょうか?
最近、アメリカのハーバード大学(Harvard University)に所属するデビッド・D・ギンティ氏ら研究チームは、濡れたイヌが体をブルブルと震わせる神経メカニズムを解明し、「C-LTMR」という感覚受容器が関係していることを発見しました。
この感覚神経は撫でられることに快感を感じさせ、主に毛づくろいなどの触発に関連していると考えられていましたが、毛のある動物たちには別の役割があったようです。
研究の詳細は、2024年11月7日付の科学誌『Science』に掲載されました。
目次
- シャンプー後の犬は体をブルブルと震わせる
- 水を浴びたマウスが体を震わせる時の神経メカニズムを解明
シャンプー後の犬は体をブルブルと震わせる
飼い主にとって、愛犬のシャンプーは大変な仕事です。
多くのイヌは水に濡れることを嫌うので、飼い主は、逃げようとする愛犬を必死におさえながら愛犬の身体を洗わなければいけません。
そして愛犬の身体から洗剤を流した後も気が抜けません。
愛犬がブルブルと体を震わせて、周囲に水しぶきを飛ばすことが多いからです。
近くの飼い主がびしょ濡れになるのは当然のこと、もし浴室から愛犬が出た後であれば、せっかく綺麗に掃除した部屋や廊下の床・壁・天井を、ずぶ濡れにされたという人もいるでしょう。
この水に濡れたイヌが体をブルブルと震わせる行動は、研究者たちに「Wet dog shakes (WDS)」と呼ばれています。
WDSは、イヌを含む多くの哺乳類で見られる行動であり、体中の毛深い皮膚から水やその他の刺激物を取り除く役割を果たしています。
特に、背中や首は動物たちが自分で舐めることができない領域であり、WDSの働きが重要です。
しかし、これまでWDSを引き起こす神経メカニズムは研究されておらず、イヌや他の動物たちがどのようにして体をブルブルと震わせているのか分かっていませんでした。
そこで今回、ギンティ氏ら研究チームは、濡れたマウスがどのように体を震わせるのか調べることにしました。
水を浴びたマウスが体を震わせる時の神経メカニズムを解明
最初に研究チームは、震え行動の原因を詳しく調べるため、マウスの背中と首に数種類の刺激を与えてみました。
水だけでなく、風を当てたり油を塗ったりしたのです。
その結果、それらどの刺激でも、マウスは体の震え(WDS)を引き起こしました。
つまり、マウスは「自分の身体が水でずぶ濡れになったから」と考えて、意図的に体を震わせているわけでも、水で体温が下がったので自動的に体を震わせたわけでもありません。
動物たちは、皮膚が受けた機械的刺激に反応して体を震わせていたのです。
次に研究チームは、マウスがWDSを引き起こす際の神経メカニズムを詳しく探るため、遺伝子操作、生体内カルシウムイメージング(ニューロンのカルシウムを測定し、情報伝達経路を観察する手法)などを用いて分析しました。
その結果、マウスの震えには、「C-LTMR(C-Low Threshold Mechanoreceptor/C-低閾値機械受容器)」という感覚受容器が大きく関係していることが明らかになりました。
C-LTMRは、主に体毛が生えている皮膚に多く分布しており、痛覚や強い圧力には反応せず、軽い接触や撫でるような刺激に応答することで知られています。
これは主に撫でられたときに心地よいと感じる感覚と関連していて、毛づくろいなど社会的な接触を触発する役割を持っていると考えられていました。
人間にも存在している感覚で、人が頭を撫でられて気持ちいと感じるのは、このC-LTMRが関連しています。
しかし今回の研究により、C-LTMRには撫でられる感覚に反応するだけでなく、液体などの刺激に対してまったく異なる反応を生物に引き起こすと明らかになったのです。
実際、遺伝子操作によりC-LTMRを持たないマウスを作ると、彼らは油や水などの刺激に対する震え(WDS)が大幅に減少することが確認できました。
また逆に、光遺伝学により、光の刺激でC-LTMRが活性化するようにしたマウスでは、光を当てるだけでWDSを引き起こすことにも成功しています。
加えて今回の研究では、動物が刺激を受けてから、その感覚信号が皮膚から脊髄、そして脳に伝わる一連の経路も明らかにし、WDSの神経メカニズムを解明しました。
つまり、この動作は、体を乾かそうと動物が意図して行っている行動ではなく、液体の刺激が皮膚に触れたときに反射的に行ってしまう動作であって、自分では制御できないものだったのです。
この研究は、動物の行動を理解するだけでなく、触覚や神経反射の仕組みを明らかにすることで、触覚を利用した医療やリハビリテーションへの応用にも期待が寄せられます。
それにしても、同じC-LTMRを持つ人間が、なぜWDSを上手く真似できないのでしょうか?
それは人間にもC-LTMRがあるものの、人間からはWDSの機能が失われていることが原因です。
WDSは人間だけでなく、ゴリラやチンパンジーでも確認されていないため、霊長類はWDSを失った可能性が考えられています。
その理由については、体毛の減少が関連していると考えられています。
WDSを起こす哺乳類は、霊長類と比べて体毛の密度が高い毛深い生物であることが報告されています。そのため毛の密度が低下した霊長類や、ほぼ体毛を失っている人間からはWDSが失われたというのです。
もう1つの理由は、霊長類が手を使って異物を排除できるようになったためだと考えられます。
WDSは自分の手が体のほとんどの部位に届かず、上手く異物を排除出来ない動物たちに見られる動作です。そのため手を器用に使えるようになった霊長類に、WDSは必要なくなったと考えられるのです。
こうして、人間のC-LTMRは撫でられたら気持ちいいという役割だけになり、防御的な反射行動(WDS)の機能は持たなくなったのでしょう。
なので出来たら便利そうですが、もはやその機能を失った人間には、見様見真似で実行しようと思ってもWDSは上手くできないのです。
それにしても、動物たちが撫でられたときの心地よさを感じる神経(C-LTMR)が、WDSを引き起こす役割も持つというのは意外な事実です。
ウェットドッグシェイクの謎が解けた今、科学者たちが次に取り組むべき課題は、雨の日に犬が家中に水を撒き散らさない方法を見つけることかもしれません。
参考文献
Mechanosensory origins of “wet dog shakes” – a tactic used by many hairy mammals – uncovered in mice
https://www.eurekalert.org/news-releases/1063560
Wet dogs don’t choose to ‘shake it off’– it’s in their genes
https://newatlas.com/biology/dog-shake-water-science/
元論文
C-LTMRs evoke wet dog shakes via the spinoparabrachial pathway
https://doi.org/10.1126/science.adq8834
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部