観測史上最大のブラックホールジェットが発見されました。
米カリフォルニア工科大学(Caltech)を中心とした国際研究チームは最近、地球から約75億光年の場所に、全長2300万光年にもおよぶ超巨大なジェットの観測に成功したと報告。
これは私たちが暮らす天の川銀河の140倍以上に匹敵する大きさです。
なぜこれほど巨大化することができたのでしょうか?
研究の詳細は2024年9月18日付で科学雑誌『Nature』に掲載されています。
目次
- ジェットだけで天の川銀河の140倍!
- ポルピュリオーンのジェットが直線すぎる謎
ジェットだけで天の川銀河の140倍!
今回の観測はヨーロッパの電波望遠鏡である「LOFAR」によって行われました。
LOFAR(Low Frequency Arrayの略称)はその名の通り、低周波電波を観測するために建設された望遠鏡です。
オランダを中心にドイツやイギリス、スウェーデン、ポーランドなど、ヨーロッパの複数カ国にアンテナが設置され、その広域ネットワークを組み合わせることで、人間の目には見えない低周波電波を高解像度で観測することができます。
そしてLOFARによる観測の結果、地球から約75億年離れた銀河の中心に超大質量ブラックホールの存在を確認しました。
しかし真に驚くべきは、そのブラックホールの中心から両極に向かって放射されたジェットの大きさでした。
なんとジェットの長さは端から端までを含めて約2300万光年にも達していたのです。
これは地球が存在する天の川銀河を140個以上も並べた長さに相当し、過去に見つかったブラックホールジェットの中で史上最大のものであることが明らかになりました。
これを踏まえて研究者たちは、この超巨大ジェットをギリシャ神話に登場する巨人族の一人に由来して「ポルピュリオーン(Porphyrion)」と命名しています。
こちらはLOFARで撮影されたポルピュリオーンの観測データです。
中央にポツンと光る点がブラックホールの存在するホスト銀河ですが、ポルピュリオーンのジェットはそれを遥かにはみ出る長さにまで成長していることがわかるでしょう。
ブラックホールにジェットが発生する正確なプロセスについては完全に解明されていませんが、基本的には次のように考えられています。
ブラックホールはその強烈な重力によって周囲のチリやガスを吸い寄せ、周囲に回転する「降着円盤」を作り出します。
降着円盤の中ではチリやガスの激しい摩擦によってプラズマ化しています。電荷を持った粒子が高速で回転している状態になるため、極方向に強力な磁場が発生するのです。
この磁場に沿ってブラックホールに吸い寄せられた物質の一部は、両極方向に吹き飛ばされることになるのです。
ポルピュリオーンのジェットに関しては、ホスト銀河の質量が天の川銀河の約10倍もあるため、周辺から異常な量のチリやガスが供給され続けた結果、ここまで巨大化したのではないかと推測されています。
ポルピュリオーンのジェットの総出力は太陽エネルギーの数兆個分に匹敵するといいます。
しかし一方で、ポルピュリオーンには研究者たちがそろって首を傾げる大きな謎がありました。
それはジェットの巨大さに反して、あまりにも完璧な直線を描いていたことでした。
ポルピュリオーンのジェットが直線すぎる謎
これまでの天文学の常識からすると、ブラックホールジェットは大きくなればなるほど不安定になり、形が曲がったり崩れやすいことが指摘されていました。
例えば、ジェットが長くなれば、その分だけ宇宙空間のチリやガスなどの障害物にぶつかる確率も高まりますし、他にもブラックホールの向きが変化することでジェットの軌道が変わることもあります。
ところが研究者の分析によると、ポルピュリオーンのジェットは数十億年もの間、何にも妨げられることなく、ほとんど直線的に伸び広がっていたのです。
これは研究者たちによって非常に不可解な出来事でした。
まずもってポルピュリオーンは地球から約75億光年の場所にありますから、約138億年という宇宙全体の年齢からすると、私たちが見ているポルピュリオーンはビッグバンから約63億年後に形成されていた姿なわけです。
これまでの研究で、宇宙全体はその始まりから今日に至るまで膨張する存在であることがわかっています。
つまり、ポルピュリオーンが形成された当時の宇宙は今日よりも遥かに密度が高かったのです。
イメージしてみましょう。
例えば、5両編成の電車にたくさんのお客さんが乗り込むとギュウ詰めになりますが、電車を10両まで伸ばすと各車両の密度が減って、お客さんも楽に乗車できます。
このとき、ある乗客が先頭車両から後方車両まで移動するとしたら、どちらがより真っ直ぐ進めるでしょうか?
当然ながら、お客さんがまばらな10両編成ですよね。
5両編成のギュウ詰めの中を移動するとしたら、他の乗客にぶつからないようジグザグに移動しなければなりません。
ポルピュリオーンはまさに5両編成の電車の中で発生したのにも関わらず、なぜか真っ直ぐ進むことができたのです。
(こちらはポルピュリオーンの全体像を360度から眺めたアニメーションになります。音声はありません)
この点から研究者らは「ポルピュリオーンがどうやってジェットを真っ直ぐ飛ばすことができたのか、現時点ではよくわからない」と述べています。
今のところはポルピュリオーンがちょうど物質のない宇宙空間をうまくすり抜けたのだろうと考えるしかありません。
チームは今後もポルピュリオーンの観測を続けることで、直線すぎるジェットの謎を解き明かしていく予定です。
また研究者らは「これまでの天文観測ではまだ全天の約15%ほどしか調べていないため、ポルピュリオーンのような超巨大ジェットは他にも多数存在するかもしれない」と話しています。
参考文献
Gargantuan Black Hole Jets Are Biggest Seen Yet
https://www.caltech.edu/about/news/gargantuan-black-hole-jets-are-biggest-seen-yet
Largest Black Hole Jets Ever Seen Create a Galactic Structure That Will Blow Your Mind
https://www.sciencealert.com/largest-black-hole-jets-ever-seen-create-a-galactic-structure-that-will-blow-your-mind
元論文
Black hole jets on the scale of the cosmic web
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07879-y
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部