1961年4月、旧ソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンが史上初の有人飛行に成功しました。
しかし人類以前に、宇宙飛行の偉業に挑んだ動物たちがいたことはご存知でしょう。
例えば、旧ソ連の人工衛星スプートニク2号に乗った犬のライカ(クドリャフカ)や、米国のマーキュリー計画で宇宙に行ったチンパンジーのハムなどが特に有名です。
その一方で、宇宙に飛び立った1匹のネコがいたことは意外にもあまり知られていません。
このネコは野良から宇宙飛行士に抜擢され、史上初にして唯一の宇宙飛行に成功した偉大なネコなのです。
ここでは、そのネコの物語を一緒に追っていきましょう。
目次
- 米ソに遅れを取っていたフランス、起死回生の一手
- 野良猫から宇宙飛行士に!フェリセットの偉業
- ハッピーエンドではなかった?
米ソに遅れを取っていたフランス、起死回生の一手
1950年代〜60年代にかけて、宇宙開発競争は最高潮に達していました。
ただ当時の争いはアメリカと旧ソ連(現ロシア)が他国に圧倒的な差をつけてツートップを独走している状態でした。
その中でどちらが先に有人飛行を成功させるかを競っていたのです。
そこで宇宙に行っても人体に問題はないかどうかを確かめるため、両国は動物たちを先に宇宙飛行させる実験を行います。
まず旧ソ連は1957年11月に、人工衛星スプートニク2号に「ライカ」というメス犬を乗せて打ち上げを行いました。
(※この初めて宇宙に行った犬は報道ではライカと呼ばれているが、プロジェクト関係者にはクドリャフカと呼ばれていたと言われており、二通りの名前が伝わっている)
ライカは宇宙に行った最初の動物として歴史に名を刻んでいます。
これを受けて、アメリカは1961年1月にマーキュリー計画の一環として、「ハム」というオスのチンパンジーの打ち上げを行いました。
ハムは初めて宇宙飛行に成功した霊長類となっています。
その後、人類初の有人飛行は旧ソ連のユーリ・ガガーリン(1934〜1968)によって成し遂げられました。
このように米ソが苛烈な宇宙開発競争を繰り広げていた中で、両大国と対等であることを証明しようと奮闘していたのがフランスです。
フランスは両国のレースに参加するべく、1961年12月に米ソに次ぐ世界3番目の宇宙開発機関である「フランス国立宇宙研究センター(CNES)」を立ち上げました。
そしてCNESも有人飛行を計画する前段階として、動物実験を開始。
彼らは手始めに、1961年と62年と続けて計3匹のラットを人工衛星に乗せて打ち上げています。
さらにCNESはさらに大きな動物を打ち上げる計画を立てました。
それがネコの「フェリセット」の宇宙飛行です。
野良猫から宇宙飛行士に!フェリセットの偉業
フェリセット (Félicette)は元々、パリの街中を放浪していたメスの野良猫でした。
彼女はペット業者によって保護されたのち、ネコの打ち上げ計画を進めていたフランス政府によって買い取られます。
1963年、フェリセットが訓練所に到着すると、他に13匹のメス猫がいました。
彼女たちも宇宙飛行士の候補生として訓練に参加させられていたのです。
メスが選ばれた理由としてはオスよりも大人しい性格で、宇宙船の閉所にも適応しやすいと考えられたからだといいます。
ネコたちの訓練はCNESと連携するフランス航空医学研究教育センター(CERMA)で2カ月間にわたり行われました。
フェリセットを含む14匹のネコは人間の宇宙飛行士と同じように、遠心分離機で高速回転させられる耐G訓練や、小さな容器に閉じ込められたり、布で何時間も拘束されるなどの過酷な訓練に耐え抜いています。
また訓練中のネコの神経活動を監視するために、脳内に電極も埋め込まれました。
こちらが実際の耐G訓練の様子。
厳しい訓練により6匹の最終候補まで絞られた末、忍耐力・回復力・落ち着きなどの観点から最も優れていた「フェリセット」が宇宙飛行士に抜擢されたのです。
そして1963年10月18日午前8時9分、フェリセットはフランスの観測ロケット「ヴェロニクAGI47」に搭乗し、宇宙空間へと打ち上げられました。
フェリックスの任務は弾道飛行であり、地上から高度157キロ(※)に達した後にUターンして、地球へと帰還しています。
(※ 国際航空連盟は地上から高度100キロ以上を「宇宙」と定義している。なおアメリカ空軍は高度80キロ以上を「宇宙」としている)
計13分間という短い飛行でしたが、フェリセットはその間に宇宙空間に突入し、そのうち5分間は無重力状態を経験したといいます。
その後、フェリセットが乗ったカプセルはパラシュートによって指定された地点に無事に着陸し、回収に成功しました。
フェリセットは宇宙に行った史上初にして唯一のネコとして歴史に名を刻んだのです。
ハッピーエンドではなかった?
しかし、これだけの偉業を成し遂げたフェリセットの物語は、ハッピーエンドとは言い難いものでした。
彼女は無事に地球に帰還したものの、その3カ月後に脳の解剖調査を行うために安楽死させられたのです。
加えて、ライカ犬やチンパンジーのハムは宇宙開発史の中で英雄扱いされていますが、フェリセットは50年以上もの間、人々から忘れ去られた状態にありました。
世間的には米ソの宇宙開発競争ばかりにスポットが当てられていたため、フェリセットの功績は正当に評価されなかったのです。
こうして、かつて宇宙に飛び立ったネコがいたことを知る人はほとんどいなくなりました。
しかし2017年に、フェリセットに正当な評価を与え、その偉大な功績を称えようとする運動が一部で起こりました。
その運動を始めたのは、米ニューヨークの広告代理店Anomalyに務めるマシュー・サージ・ガイ(Matthew Serge Guy)氏です。
彼は以前からフェリセットのファンであり、彼女への不当な状況を是正したいと考えていました。
そこで彼はフェリセットを記念する銅像を建てるためにクラウドファンディングを開始。
そして1000人を超える支援者の出資で、目標金額である4万ポンドを達成し、2019年4月にフェリセットの銅像が建てられました。
彼女の像は現在、仏ストラスブールにある国際宇宙大学(ISU)に設置されています。
(銅像の写真はこちらから)
こうしてフェリセットの歴史的偉業は徐々に人々に認知され始めているようです。
参考文献
Remembering Félicette: The first cat in space
https://www.zmescience.com/feature-post/natural-sciences/animals/pets/meet-felicette-the-first-cat-in-space/
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部