切断手術で仲間の命を救えるのは、もはや人間だけではありません。
このほど、スイス・ローザンヌ大学(University of Lausanne)らの研究で、フロリダ原産のアリがケガを負った仲間の脚に切断オペを施すことで、感染症を予防することが判明したのです。
ケガを放置した場合、アリの生存率は40%だったのに対し、仲間から切断処置を受けたアリの生存率は90〜95%まで跳ね上がっていました。
治療として負傷部位の切断処置ができる生物はヒト以外で初めてとのことです。
研究の詳細は2024年7月2日付で科学雑誌『Current Biology』に掲載されています。
目次
- アリはどうやって傷口の手当てをするの?
- アリは仲間の脚を切り落とす「切断オペ」ができた!
- アリは「洗浄 or 切断」をどう決めているのか?
アリはどうやって傷口の手当てをするの?
自然界で生き残る上で、傷口の処置は欠かせません。
もし傷口から細菌が侵入してしまうと、感染症を起こして死にいたるリスクが高まるからです。
特にアリは近くにいる別のグループとしょっちゅう喧嘩するので、ケガをしやすい状態にあります。
我々人間も同様ですが、感染症は社会性の高い生物にとって致命的な問題です。
では、アリたちは感染症を防ぐためにどんな傷口の手当てをするのでしょうか。
2023年の研究では、アフリカ大陸に分布する「マタベレアリ(学名:Megaponera analis)」が、体内にある特殊な腺から抗菌化合物を分泌して、仲間を治療できることが判明しました。
つまり、自分たちで消毒液を作り出して、感染症を予防することが可能なのです。
しかし、こうした抗菌薬を分泌する腺はすべてのアリに備わっているわけではありません。
では、そうした腺を持たないアリたちはどうするのでしょう?
そこで研究チームは「フロリダオオアリ(学名:Camponotus floridanus)」を対象に調査を開始しました。
アリは仲間の脚を切り落とす「切断オペ」ができた!
チームは今回、フロリダオオアリの脚における「大腿部」と「すね先」のケガに焦点を当ててみました。
もっと分かりやすく言い換えれば、足の付け根に近い太ももの部分か、ひざから先の細い部分です。
これらの場所にケガを負った場合、アリたちがどんな対処をするか観察しました。
すると興味深いことに、アリたちは部位に合わせて、次の2つのアプローチを取ることが判明しています。
それは「グルーミング」か「切断オペ」です。
グルーミングは仲間の傷口を念入りに口で掃除することで、細菌を取り除くという処置。
切断オペはその名の通り、傷口がある部分を脚ごと切り落とす処置を指します。
そして注目すべきは、すね先のケガであればグルーミングだけで済ませ、太もものケガであればグルーミング後に切断オペを施すことでした。
要するにアリたちは、患者の傷の部位から処置の方法を柔軟に変えていたのです。
こちらが実際の「切断オペ」の様子。
黄色のマークを付けられたアリが患者になります。(※ 音声はありません)
動画からもわかるように、アリは仲間のケガに対して強力な顎を使って切断処置を施しており、ケガをしたアリもその処置を受け入れています。
グルーミングだけにせよ、切断オペにせよ、治療を受けたアリの生存率は劇的に上がっていました。
まず、すね先のケガを放置されたアリは生存率が15%未満だったのに対し、グルーミングを受けたアリは75%にまで高まっています。
それから、太もものケガを放置されたアリは生存率40%未満だったのに対し、切断オペを受けたアリは90〜95%にまで跳ね上がっていました。
ただアリによる切断オペには、少なくとも40分かかっていたとのことです。
では、アリは仲間の足を切断するかどうかの判断をどのように決定しているのでしょうか?
アリは「洗浄 or 切断」をどう決めているのか?
「グルーミングだけに留めるか、切断オペに踏み切るか」
その判断は傷を負った部位の感染リスクに関係していると、研究者たちは説明します。
チームはアリの太ももをマイクロCTスキャンで調べたところ、中には筋肉組織がみっちりと詰まっており、これが全身に血液を送り出すポンプの役割を果たしていることを突き止めました。
太ももをケガした場合、この筋肉組織が傷つくので、ポンプ機能が弱まって血流も遅くなります。
血流が遅くなるということは、細菌が体内に広まるスピードも落ちることを意味します。
そうなるとアリにとっては細菌が全身にまわる前に、40分もかかる切断オペをする余裕が十分にあるというわけなのです。
その一方で、すね先の細い部位には筋肉組織がほとんどなく、血流の循環には関与していませんでした。
すると、すね先をケガしても血流のスピードは変わらないので、細菌も普通にすばやく全身に移動できます。
アリたちはおそらく、そんな状態で時間のかかる切断オペをしても手遅れになるのが分かっているのでしょう。
そこで彼らはとりあえず、すね先のケガは洗浄するに留めていたようなのです。
脚は再生しないけど、5本で十分に歩ける
以上の結果は、アリたちが部位ごとの感染リスクと照らし合わせた高度な医療判断ができることを示しています。
実際、仲間の傷口を診断し、必要に合わせて切断オペができる生物は、ヒトを除くとフロリダアントが世界で初めてなのです。
ただアリの場合は「麻酔なし」という大きな違いがありますが、彼らが術中にどれだけ痛みを感じているのかはわかりません。
またアリは人と違って、切断部位に義肢を装着することもできません。
しかしながら、アリには他に5本の足が残されており、それだけ揃っていれば、生活や仕事に特別な支障はないといいます。
チームは今後、フロリダアント以外の種でも「切断オペ」の技術を持っているアリがいるのかどうかを調べる予定です。
参考文献
An ant that selectively amputates the infected limbs of wounded sisters
https://www.eurekalert.org/news-releases/1049744?
Watch An Ant Amputate A Leg From A Fellow Nestmate To Save Its Life
https://www.iflscience.com/watch-an-ant-amputate-a-leg-from-a-fellow-nestmate-to-save-its-life-74910
元論文
Wound-dependent leg amputations to combat infections in an ant society
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.06.021
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部