現代社会では男女平等という考え方が合言葉のように訴えられています。
また性の多様性などに関する考え方から、男女を分けるような表示や表現も避けられるようになってきました。
では身体的な性差はもはや生物として仕方ないこととは言え、心理面では男女の性差は減少しているのでしょうか?
当然社会の男女平等化が進むほど、人々の意識からは衣服や性格を含め「男らしさ」「女らしさ」という考え方は薄れていくだろうと予想されます。
ところが実際の社会では、真逆の現象が起きているようです。
スウェーデン・カロリンスカ研究所(Karolinska Institutet)は、国民の生活水準が高く、男女平等が進んでいる社会ほど、男女の性格特性や認知パターンの性差は強化されて見えるという調査結果を発表したのです。
研究の詳細は2024年1月3日付で心理学雑誌『Perspectives on Psychological Science』に掲載されています。
目次
- 「男女平等パラドックス」とは?
- 男女平等の社会ほど、性格や認知の性差は大きくなる?
「男女平等パラドックス」とは?
個人の性格・心理については30〜50%は遺伝的に説明できるものの、残りの50〜70%は育成環境によって後天的に形成されるとされています。
また認知機能についても、遺伝子だけでなく、義務教育の有無や家族の規模が影響することがわかっています。
このような理由から人々の性格や思考は、国の生活水準、社会状況に影響を受ける可能性が高いと考えらるのです。
では、国の平均的な生活水準が高く、男女平等や、男女を区別しないという考えが進んだ社会では、実際男女の心理的特性から性差は減少しているのでしょうか?
直感に従うなら、社会環境の男女平等が進んでいるわけですから、その社会に属する男女の性格特性や認知パターンも互いに似通ってくるのではないかと予想できそうです。
ところが、いくつかの先行研究は、男女平等が進んでいる国ほど、性格を含む心理特性の性差がむしろ大きくなっていると報告しています。
この現象は社会の男女平等が進んでいるのに、個人では男女の性差が広がっていることから「男女平等パラドックス(gender-equality paradox)」と呼ばれています。
ただし、この男女平等パラドックスについては研究報告が十分ではなく、どれくらい確かなものなのかはよくわかっていません。
そこで研究チームは改めて、この男女平等パラドックスが実際に現代社会で起きている現象なのか包括的に検証してみました。
男女平等の社会ほど、性格や認知の性差は大きくなる?
今回の調査では、「社会の生活条件」と「男女の心理的特性の性差」の関係を調べた54件の先行研究をレビューしました。
調査対象国には主にヨーロッパ諸国が選ばれていますが、他にインドやケニアなどの国々も含まれています。
ここで調査された心理的特性の項目は、個人の性格特性や認知パターン(判断、想像力など)、対人関係(容姿や家事スキルの好み、性的行動など)、メンタルヘルス、STEM教育への選好性(※)などです。
※ STEM教育とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)のことで、選好性はSTEM教育をどれくらい選ぶかを指します。
データ分析の結果として、パートナーの好みや、性的活動、またSTEM教育を選ぶ男女の割合などについては、生活水準の高い先進的な国ほど性差が減少している傾向がありました。
これに関しては、例えば性的行動については、先進国ほど男女ともにカジュアルな考えで性行為に及びやすいことが示されています。その理由について、研究者は先進国ほど、避妊方法が豊富に揃えられているため、女性もセックスにカジュアルになるからではないかと推測しています。
またSTEM教育については、社会の男女平等が進んだ結果、女性が自由に興味のあるものを学ぶ機会が拡大したためだと考えています。
しかし性格特性と認知パターンに着目すると、平均的な生活水準が高く、男女平等が進んでいる社会ほど、男女の性差がより大きくなる傾向が見られました。
性格特性を見ると、男女平等が進んでいる社会ほど、男性は自己愛や衝動性、忍耐などのスコアが女性より高くなり、女性は協調性や外交性、利他主義などのスコアが男性より高くなっていました。
わかりやすい例を上げると、男性はより怒りを表に出して表現しやすく、女性は悲しみなどの感情を表に出して表現しやすい傾向があり、また恥じらいについては、男性は低く、女性は高いという結果になっています。
また認知パターンを見ると、女性はエビソード記憶(具体的な出来事や経験についての個人的な記憶)や言語能力のスコアが男性より高くなっていました。
以上の結果からチームは、個人の性格や認知パターンでは、男女平等が進むことで「男女平等パラドックス」が十分に発生しうると述べました。
その理由について断定的なことは言えませんが、チームは「男女の性格的な性差は、社会的な役割から生じるものではなく、物質的なニーズに対応して生じる」という推測をしています。
これはどういうことかというと「男性らしさ」「女性らしさ」というものは社会の要請によって強制されているわけではなく、自分好みに自分を演出するための商品が自由に選択できる環境になったとき、男性はより自分を男性らしく、女性はより自分を女性らしく飾ることに価値を見出すため、強化されていくということです。
もし、物資が不足している地域の場合、女性は化粧品も手に入らず、衣服も有り合わせの物を着るため男性と似たような格好で過ごすかもしれません。
しかし、好きなように化粧品や衣服が手に入って自由に着飾れるとなったら、女性は女性らしく自分を飾る人が多くなりその分、自分の女性らしさも意識されやすくなると予想されるのです。
これは男性側も同様です。
そのため生活水準が高い国では結果的に女性はより女性らしく、男性はより男性らしく振る舞う人が増えるのです。
これは男女平等という社会変化に対して、逆に男女の心理的な性差は強化されているように見え「男女平等パラドックス」として観測される可能性があります。
これが不思議な矛盾の正体かもしれません。
こうして考えると、男女の心理的な性差とは、社会の変化に影響されない非常に頑強なものだと言えるでしょう。
参考文献
Sex differences don’t disappear as a country’s equality develops – sometimes they become stronger
https://theconversation.com/sex-differences-dont-disappear-as-a-countrys-equality-develops-sometimes-they-become-stronger-222932
元論文
A Systematic Review and New Analyses of the Gender-Equality Paradox
https://doi.org/10.1177/17456916231202685
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。