世間ではよく、好きな人へのアピールの仕方に応じて「肉食系」とか「草食系」に振り分けられます。
ただ、どちらのタイプになるかはその人の人生経験によるところが多く、生まれた段階で決まるわけではありません。
ところがヤリイカは違うようです。
東京大学の最新研究により、オスのヤリイカの交尾スタイルは生まれた日によって決定することが判明したのです。
早生まれだとライバルと争って正々堂々とメスを勝ち取るタイプになり、遅生まれだとカップルの間にコソッと割り込んで交尾を済ますタイプになるという。
誕生日で交尾スタイルが決まる生き物は魚類で3例のみ確認されていますが、水生無脊椎動物では初めての発見です。
研究の詳細は2024年4月24日付で科学雑誌『Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences』に掲載されています。
目次
- ヤリイカの交尾スタイルには2種類ある
- 交尾の戦略は「誕生日」で決定づけられていた!
ヤリイカの交尾スタイルには2種類ある
そもそも魚類を含めイカなどの交尾は、哺乳類が行う交尾とはかなり異なる形で行われます。
まずメスが卵を生み、オスがそこに精子を掛けることで受精して子供が生まれます。
イカは更に特殊で、オスが自分の精子の詰まったカプセルをメスに渡したり、体表面に付着させるという方法で交尾を行います。
ヤリイカの交尾も、オスが精子の詰まったカプセルをメスの体表面に付着させることで行われます。
ヤリイカのオスは、通常、他のオスのライバルたちと正々堂々と戦った末にメスを勝ち取り、メスに精子カプセルを渡す権利を獲得します。これを「ペア雄」と呼びます。
しかしヤリイカにはもう1つのタイプのオスがいます。
これは他のヤリイカに比べて、非常に身体の小さいタイプのオスで、彼らは戦ってメスを勝ち取るということができません。そのためライバルとの争いを避けて、すでにペアになっているカップルの交尾の際にこっそりと近づき、自分の精子カプセルを紛れ込ませることで繁殖を行います。
なんだか卑怯なやつにも見えますが、これは身体の小さい個体が見つけた生存戦略であり、コソコソと行動(スニーキング)して交尾を行うことから、これを「スニーカー雄」と呼びます。
このように、同じ種の同性の間で交尾スタイルが異なる現象を「代替繁殖戦術」といい、哺乳類や鳥類、魚類、昆虫など、幅広いグループで見られています。
私たちヒトでも、好きな人にぐいぐいアピールできる肉食系もいれば、自分からは積極的に話しかけられない草食系もいますよね。
人間は個性の違いから、さまざまな恋愛戦略を利用しますが、ヤリイカの場合に特殊なのは、同じ種内でありながらオスにサイズ差がありすぎて勝負できないため、このような交尾戦略の違いが生じている点です。
研究者たちの疑問は、繁殖戦略に違いを生むほど、同じ種の同性でどうしてこれほどオスのサイズが異なるのか? ということでした。
これは遺伝的な要因なのか? それとも水温などの環境的な問題で起きることなのか? この部分が長年の観察でもよくわかっていなかったのです。
これはイカの成長がどのような要因で決まっているかという点で、漁業にも影響する重要な問題です。
その中で、今回研究者が注目したのが「誕生日仮説」と呼ばれるものです。
これは「個体がどのような繁殖戦略をとるかは、生まれた日によって決定される」という大胆な仮説で、1998年に進化生態学者のミヒャエル・タボルスキー(Michael Taborsky)氏によって提唱されました。
例えば、夏真っ盛りに生まれると肉食系になり、冬の寒い時期に生まれると草食系になるというような考え方で、ヒトでは到底あり得ませんし、他の生物でもほぼ見られていません。
しかしまったくの空論というわけではなく、過去の研究で魚類において3例のみ確認されています。
研究チームはこれがもっと広範な生物の間でも見つかる可能性があり、今回のヤリイカの繁殖戦略に影響するほどの体格差を生む要因としても、誕生日仮説が当てはまるかのでは無いかと考え、検証を行いました。
交尾の戦略は「誕生日」で決定づけられていた!
チームは2020年から2023年の間に自分たちで捕獲したか、商業的に捕獲されていたオスのヤリイカ350匹以上を対象に調査しました。
調べたのは「平衡石(へいこうせき)」というイカの頭部にある硬い組織です。
平衡石は炭酸カルシウムを主成分としており、木の年輪のように一日一本の輪っかが形成されることから、この本数を数えることで採集時の日齢や、遡っての誕生日までも調べられます。
そして、それぞれの個体の誕生日と繁殖戦略を照らし合わせた結果、オスのヤリイカにも誕生日仮説が当てはまることが判明したのです。
具体的には、4月上旬〜7月頃までの早生まれだと、正々堂々とメスを勝ち取る大型の「ペア雄」になりやすく、7月〜8月中旬までの遅生まれだと、コソッと交尾を狙う小型の「スニーカー雄」になりやすくなっていました。
また各個体の成長履歴を調べてみると、生まれた時期が違っても100日齢までの成長には差がなく、ペア雄とスニーカー雄の体サイズの違いは生まれてから100日以降に生じ始めることが明らかになっています。
この結果からチームは、ヤリイカの繁殖戦略の違いは、誕生初期の成長の良し悪しではなく、誕生した季節に由来する何らかの環境条件によって前もって決定づけられているのだろうと推測しました。
その結果が目に見えてわかるのが誕生から100日以降というわけです。
ただ、人生の初期の成長率に両者で違いがないという点が謎であり、見た目よりももっと複雑な要因の絡む問題であると考えられます。そのため、この要因がなんなのかという点については今後の研究課題となります。
それでも本研究の成果は、水生無脊椎動物で誕生日仮説が当てはまることを証明した世界初の貴重な報告となります。
加えて、生まれた季節によって繁殖戦略が決まるのであれば、生息地の破壊や温暖化により環境条件が変化してしまうことで、繁殖戦略の振り分けバランスにも狂いが生じてしまう恐れがあります。
したがって研究者らは、今回の知見がヤリイカの繁殖メカニズムの解明だけでなく、気候変動や環境破壊から種の繁栄を守る上でも役に立つと考えています。
しかしイカの話とはいえ、誕生日で人生の恋愛の仕方が決まってしまうというのはなんか嫌ですね。
参考文献
イカの生き方は誕生日で決まる ―雄の繁殖戦術が決定される要因を解明―
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2024/20240424.html
Squids’ birthday influences mating
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/en/press/z0508_00346.html
元論文
Squid male alternative reproductive tactics are determined by birth date
https://doi.org/10.1098/rspb.2024.0156
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。