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左利きの起源は細胞内で発生する「小さな左右の歪み」かもしれないと判明!


左利きの起源は細胞レベルなのかもしれません。

ドイツのマックス・プランク研究所(MPI)で行われた希少変異の研究により、細胞レベルでの左右方向の混乱が、ヒトを左利きにしている可能性が示されました。

特に細胞の骨格としての役割を持つ微小管の遺伝子(TUBB4B)に特定の稀な変異が起こると、左利きになる確率が2.7倍になることが発見されました。

これまでの研究により、左利きは神経障害にも関連しており、統合失調症では左利きである率が2倍、自閉症では3倍になっていることが知られています。

しかし新たに発見されたTUBB4Bの変異はそれらとは違い、単に左利きになるだけの良性変異であるようです。

しかし細胞の骨格として働いている微小管に変異が起こると、なぜ利き腕が左になってしまうのでしょうか?

研究内容の詳細は2024年4月2日に『Nature Communications』にて公開されました。

目次

  • 体の左右は遺伝子によって決められている
  • 利き腕決定において遺伝子の影響力は「やや弱い」
  • 細胞内の左右を決める微小管が変異すると左利きになりやすい

体の左右は遺伝子によって決められている

アインシュタイン、ニュー トン、エジソン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ダーウィン、モーツァルト、ピカソ、ベートーベン、ナポレオン、そしてビル・ゲイツ。

時代も活躍した分野も違う天才たちの共通点はなんでしょうか?

答えは全員「左利き」であることです。

新たな研究では、左利きが何によって生み出されているかという大きな謎の一端の解明に迫るため希少な遺伝子変異まで踏み込んで調べ上げられました。

人口に占める左利きの割合は10%ほどと考えられており、残る90%近くは右利きです。

似たような割合にはAB型(10%)、LGBTQ(8%)などが挙げられます。

この「右利き圧倒」の傾向は人種間や地域では基本的には差がなく、少なくとも過去50万年にわたって同じ傾向が続いていると考えられています。

アジアや中東など一部の地域では左利きが数%と際立って低くなっていると報告されていますが、これは左手を不浄とみなすなど文化的な要因により、生まれつきの左利きの子供たちが矯正を受けていたからだと考えられています。

日本や欧米の先進国もかつては、左手でご飯を食べたり字を書く子供たちを矯正していた歴史があります。

体の左右は遺伝子によって決められている
体の左右は遺伝子によって決められている / Credit:川勝康弘

そして、そのような文化的要因を差し引けば最終的にどこの地域の人々でも、最終的に右利きと左利きの比率は9:1になるでしょう。

また医学の進歩により、右利きと左利きが脳の左右非対称性に起因しており、それぞれ右利きは左脳の活動、左利きは右脳の活動と強く結び付いていることが明らかになりました。

子宮内部にいるヒト胎児を観察した研究でも、右利きの人では、早ければ妊娠10週目(2カ月半)の段階で、腕の動きが右に偏ることも報告されています。

右利きや左利きが子宮内での成長においても、かなり早い段階で決定されていることがわかります。

同様の左右の決まりは内臓の配置にもみられており、どの人間の身体でも心臓はやや左、肝臓は右側に、大腸は腹部の右下から始まり向かって右回りに肛門に続いていきます。

このような脳や内臓などの左右非対称性は、遺伝子による調節の結果であり、利き腕についても遺伝子で右利きが多くなるように設計されていると考えられます。

ある意味で、人間の臓器の位置や利き腕は遺伝子によりデフォルト設定されていると言えます。

そしてデフォルトから外れるケースでは、少なからず遺伝子変異の影響があるはずです。

ショウジョウバエ胚でみられる後腸は発生が続くと特定の方向に曲がります。
ショウジョウバエ胚でみられる後腸は発生が続くと特定の方向に曲がります。 / Credit:大阪大学、松野研究室、世界初!内臓の左右非対称な形をつくる細胞の動きを解明—臓器の再生への応用に期待—

たとえばショウジョウバエ胚の腸(後腸)を背中側からみると、卵の中で成長するにつれて、青で示した腸が傘の柄の部分を倒したように、右曲がりのフックを構成し左右対称から左右非対称な状態へ変化します。

しかし左右を決定するための中心的な役割をすると考えている遺伝子「ミオシン31DF」の「サウザー」と呼ばれる変異体では、腸のフックの曲がる方向が逆の左向きになってしまいます。

(※サウザーの名は北斗の拳に登場する内臓の配置が逆転したキャラクーの名前からとっています。自分が発見した変異体にアニメキャラの名前をつける習慣は日本だけでなく世界中でみられます)

ミオシンは分子モーターの一種であり、細胞内部で左右を決定する物質を細胞の左右どちらかに運搬する役割を担っていると考えられています。

しかしサウザーと呼ばれる変異体ではこの分子モーターの機能が不調になっており、100%右向きに曲がるハズの腸が、右向きと左向きが半々になって完全にランダム化してしまいます。

このように生物の体には左右を決める遺伝子が含まれており、正常に働くことで内臓が正しい位置に配置されたり、右脳と左脳の区別ができるのです。

そのため当初、多くの研究者たちは、左右の利き腕も遺伝子によって強く支配されていると考えサウザー変異体の利き腕バージョンとでも言うべき「右利き遺伝子」や「左利き遺伝子」が簡単に見つかると考えていました。

しかしそう簡単にいきませんでした。

数千人の利き腕と遺伝子を調べる程度では、全く見つからなかったのです。

利き腕決定において遺伝子の影響力は「やや弱い」

被験者を集めて右利きや左利きの人に特有の遺伝子的特徴を調べた研究が行われましたが、サンプルの母数が1万人未満では、全く発見することができませんでした。

血液型を決める遺伝子が数百人程度のサンプル数で発見できることと比較すると、大きな違いと言えるでしょう。

そこで以降の研究ではサンプル数を40万件、170万件と大幅に拡大することになりました。

するとようやく、左利きに関連する遺伝子が40個以上発見されました。

膨大なサンプル数を必要とした背景には、左利き遺伝子の影響力の弱さと要因が40個以上に別れていたことにありました。

ここで言う遺伝率あるいは影響度は、ある特性があるときに遺伝子が特性が出現するのにかかわっている度合いを指す
ここで言う遺伝率あるいは影響度は、ある特性があるときに遺伝子が特性が出現するのにかかわっている度合いを指す / Credit:川勝康弘

ABO血液型ではA型の遺伝子を持っているとほぼ確実にA型かAB型になります。

これは遺伝子が血液型に与える影響力がほぼ100%と極めて高いからです。

(※音楽的才能にかかわる遺伝子の影響力は90%、IQ(知能指数)は50%前後となっています)

しかし左利きに関連する遺伝子の影響度はそれよりもかなり低くなっています。

たとえば一卵性双生児が両方とも左利きである場合、そうなってしまったことに対する遺伝子の役割が占める割合(影響力)は25%となります。

あえて簡単に言えば、兄が左利きである4組の一卵性双生児のうち、弟が左利きになるのは1組だけとなる計算になります。

そのため一卵性双生児の両方が同じ左利き遺伝子を持っていても、どちらかが右利きであるということがおおいにあり得ます。

残る75%は子宮内部での化学物質の局所的な濃度変化などランダムなイベントによると考えられています。

しかし25%という数値は決して軽いものではありません。

一卵性双生児と同じような実験を見知らぬ2人で行えばわかります。

たとえば最初に左利きの人を用意して、次にランダムに選んだ2番目の人も左利きである確率は、10%(人類の左手の割合と同じ)に過ぎないからです。

あるいは「生涯に渡るギャンブル成績の25%が遺伝子によって影響を受ける」という世界があるならば、収入の差はほぼ遺伝子によって支配されるでしょう。

まとめと、左利き遺伝子の影響力は血液型や音楽的才能、IQの遺伝子ほどではないものの、人間を有意に左利きにする力を持っていると言えます。

そうなると気になるのが、発見された左利き遺伝子(40個以上)の内情です。

いったいどんな遺伝子に変化があると、最終的に左利きという特質が得られるのでしょうか?

細胞内の左右を決める微小管が変異すると左利きになりやすい

どんな遺伝子が左利きに関連するのか?

遺伝子の分析を行ったところ、奇妙な傾向がみえてきました。

2019年に行われた研究では4個ほどの遺伝子が特定されましたが、3つは微小管という管状の細いフィラメントに関連した遺伝子でした。

微小管は細胞の形を維持や変形に重要な役割を果たしており「細胞の骨格」と表現されることがあります。

他にも微小管は細胞分裂のときに細胞にくびれを作ったり、ニューロンの長い軸索を伸ばしていく「脳回路の芯」としても機能します。

微小管は細胞内部だけでなく細胞外で推進装置としても使われます
微小管は細胞内部だけでなく細胞外で推進装置としても使われます / Credit:川勝康弘

もしぐにゃぐにゃと形を変形できる鉄筋コンクリートがあったとすれば、微小管はその鉄筋の役割をしていると言えるでしょう。

近年の研究では、細胞が自分の右と左を認識して臓器の形状を変化させようとするときなどには、細胞の右部分と左部分の細胞骨格が変化することが明らかになってきました。

また2020年の研究で発見された左利き関連の41個の遺伝子のうち、8個が微小管に関連する遺伝子や軸索の身長などにかかわる遺伝子が含まれていました。

同様の結果は今回のマックス・プランク研究所で行われた研究でも得られており、微小管を構成する遺伝子「TUBB4B」に稀な変異が起こると、左利きになる確率が2.7倍も増加することが示されています。

研究者たちは、細胞の左右決定に重要な微小管にかかわる遺伝子に変異が起きて、働き方が変化したり失われたりすると、細胞レベルで左右が混乱する可能性があると述べています。

さらに驚くべきことに、2021年の研究では脳の左右非対称性に関連する27の遺伝子変異が発見されたのですが、そのほぼ半数が微小管関連の遺伝子となっていました。

この結果は、微小管の遺伝子変異によって、脳細胞たちが自分の左右を見失ってしまうと脳の正常な左右非対称性の成立に影響がおよびことを示しています。

つまり「微小管の変異」➔「脳細胞たちが自分の左右認識を見失う」➔脳全体の正常な左右非対称性の成立にも影響」➔「デフォルトで右利きになるところを混乱によって左利きになってしまう」というな流れになります。

こうなると「左利きになることは脳の左右異常を反映しているのでは?」とも思えてきます。

残念なことにその予想は当たっており、いくつかの神経疾患の患者では左利きが多くなるという事例が報告されています。

たとえば統合失調症の患者は健康な人に比べて左利きの割合が2倍であり、自閉症の人が左利きである確率は3倍となっています。

また過去に行われた研究では、脳の左右が正常に形成されないことが自閉症の一因になることも示されています。

研究によって発見された40以上の左利き遺伝子のいくつかも、精神疾患との関連性がみられました。

しかし総人口の10%(8億人)にあたる左利きの人々の多くは、健康です。

また今回の研究で左利きにかかわることが示された「TUBB4B」の希少変異は、疾患に関連する変異バージョンとは異なっていました。

そのため研究者たちは、左利きになる変異の中には良性のものが多く含まれている可能性があると述べています。

人類の進化過程をみても、左利きになることで生存競争に不利になるとは思えません。

細胞レベルの左右差をうみだす微小管の変異が、脳の左右非対称性に影響し、最終的に利き手の変更までつながるという考えは実に壮大と言えます。

また統合失調症や自閉症が実は脳の左右非対称性形成に問題があるかもしれないという考えも、症状の理解に新たな切り口を提供するでしょう。

研究者たちは今後、より大規模な調査を行い、左利きに関連する遺伝子を徹底的に調べていくと述べています。

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参考文献

Rare Genetic Variants Are Curiously Connected With Being Left-Handed
https://www.sciencealert.com/rare-genetic-variants-are-curiously-connected-with-being-left-handed

元論文

Exome-wide analysis implicates rare protein-altering variants in human handedness
https://doi.org/10.1038/s41467-024-46277-w

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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