イヌを飼っている人に限らず、イヌたちが喜ぶと激しく尻尾を振ることは広く知られている事実です。
飼い主が帰宅して家の扉を開けたとき、散歩に誘ったとき、おやつを与えようしたとき、彼らは尻尾を強く、そして激しく左右に振ってきます。
では、このようにイヌが尻尾を激しくリズミカルに振って感情表現するようになったのはなぜなのでしょうか?
イタリアのトリノ大学(University of Turin)に所属する生物学者シルビア・レオネッティ氏ら研究チームは、これまでに行われたイヌの尻尾振りに関する研究100件以上をまとめ、ある仮説を提出しました。
それは、「人間がメトロノームのようなリズミカルな動きを愛するので、イヌは家畜化を通して、尻尾を振る傾向が強くなった」というものです。
研究の詳細は、2024年1月17日付の学術誌『Biology Letters』に掲載されました。
目次
- オオカミよりもイヌの方が尻尾をよく振る
- 「リズミカルな動きを好む人間が、尻尾をよく振るイヌを選んできた」説
オオカミよりもイヌの方が尻尾をよく振る
日本では、約10%の世帯がイヌを飼育しています。
決して少なくない数字ですが、世界的に見るとまだまだ控えめです。
愛犬家が多いことで知られるアルゼンチンでは、なんと60%以上もの人がイヌを飼育しているというから驚きですね。
世界では、これだけ多くの人々がイヌを飼育しているにもかかわらず、イヌの仕草には、まだまだ理解されていない点が多くあります。
その1つがイヌの尻尾振りです。
イヌの行動や表情を見ると、なんとなく「喜んでいる」ことは分かりますが、それがどうして尻尾を振ることに繋がるのか、詳しく分かっていないのです。
この点を調べるために、レオネッティ氏ら研究チームは、イヌの尻尾振りを扱った研究を100件以上調査し、興味深い点を紹介しています。
例えば、多くの動物には尻尾があり、「移動する」「バランスを取る」「体からハエを取り除く」など、様々な目的で使用します。
しかし4年間にわたり40種以上を調査したある研究では、イヌが最も尻尾を振る種であることが判明しています。
また別の研究では、イヌとオオカミを比べると、イヌの方が若い時からより頻繁に尻尾を振ることが分かっています。
これは育てられた環境が影響するものではありません。
なぜなら、人間の手で育てられた子供のイヌと、同じく人間の手で育てられた子供のオオカミを比べても、やはりイヌの方が頻繁に尻尾を振るからです。
では、どうしてイヌだけが頻繁に尻尾を振るのでしょうか。
「リズミカルな動きを好む人間が、尻尾をよく振るイヌを選んできた」説
オオカミを家畜化したのがイヌだと考えられています。
その点を考慮しつつ、100以上の研究を分析した結果、今回研究チームは、「家畜化の過程で、イヌは尻尾を頻繁に振るようになった」という仮説を導き出しました。
簡単に言うと、人間が「尻尾をよく振る種」を選んで飼育し、掛け合わせることで、その特徴が強化され、現代のイヌでよく見られるようになったというわけです。
ただし研究チームによると、この仮説にも2つのパターンが考えられるという。
可能性の1つは、「尻尾を振る行動は、他の形質の選択の副産物として生じた」というもの。
人間は比較的従順で大人しいイヌを選択してきましたが、実はそれらの形質が、遺伝的に尻尾を振る行動と関連していたというのです。
人間が「イヌの尻尾振り」を好んだわけではなく、求めていた他の形質に「おまけ」としてくっ付いてきたわけですね。
そして、もう1つの可能性として挙げられたのは、「人間がリズミカルな刺激に惹かれるため、自然とより尻尾を振るイヌを選択していた」というもの。
いくつかの研究によると、人間は音楽や馬の蹄の音など、リズムカルな刺激に惹かれる傾向があるようです。
そして特に惹かれるのは、メトロノームのように一定のリズムで生じる動きや音なのだとか。
研究チームは、こうした人間の好みから、「人間が意識的もしくは無意識的に、尻尾をメトロノームのように振るイヌを好んで育てたかもしれない」と考えているのです。
もちろん、これは仮説の1つに過ぎず、実験や研究によってこの説を支持する有力な証拠が得られたわけでもありません。
イヌの尻尾振りについてより正しく理解するには、まだまだ多くの研究を重ねる必要があるでしょう。
とはいえ、実際にイヌの尻尾振りが嫌いな愛犬家はおらず、むしろ「うれしい」「癒される」と感じる人がほとんどでしょう。
次に、イヌが尻尾を振っているのを見る時、「自分のこの幸せな気持ちは、尻尾のリズミカルな動きから来ているのだろうか」なんて考えてみるのも楽しいかもしれませんね。
参考文献
Dogs may wag their tails so much due to rhythm-loving humans, scientists say
https://www.theguardian.com/science/2024/jan/17/dogs-wag-tails-behaviour-humans-domestication-process
元論文
Why do dogs wag their tails?
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2023.0407
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。