オーストラリアの動物といえば、カンガルーやコアラを思い浮かべる人が多いでしょう。
実際、彼らはオーストラリア大陸を絶対的なホームとし、それ以外に生息域を広げようとしません。
生息域の拡大は種の繁栄にとってメリットとなるはずですが、一体なぜでしょう?
その反面、アジア原産の動物たちはインドネシアを伝ってオーストラリア入りすることが非常に多いです。
「オーストラリアの動物は外に出ないのに、アジア産の動物はオーストラリアに移動してくる」
これは生物学における長年の謎でした。
そんな中、オーストラリア国立大学(ANU)とスイス・チューリッヒ工科大学(ETH Zurich)は、この謎に答える新たな仮説を発表。
キーワードは「大陸移動」と「気候変動」でした。
研究の詳細は、2023年7月6日付で科学雑誌『Science』に掲載されています。
目次
- アジアとオーストラリアの動物相を分ける「ウォレス線」とは?
- アジア出身が移住できて、オーストラリア出身が残留するワケは?
アジアとオーストラリアの動物相を分ける「ウォレス線」とは?
生物学者は19世紀に、インドネシアのボルネオ島とスラウェシ島の間、それからバリ島とロンボク島の間を境界線として、動物相が大きく異なることに気づいていました(下図を参照)。
この見えない線は、発見者であるイギリスの生物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレス(1823〜1913)にちなんで「ウォレス線(Wallace Line)」と呼ばれます。
それ以来、ウォレス線を堺に西側が「東洋区」、東側が「オーストラリア区」と分けられるようになりました。
オーストラリア区にはカンガルーやコアラといった有袋類が豊富で、その数は東洋区へ近づくほど少なくなります。
それからロンボク島では野生のインコが分布していますが、すぐ隣のバリ島にはいません。
対して、クマやトラ、サイのようなアジア原産の動物はオーストラリア区では見られません。
こうした動物相の違いは他にもたくさんありますが、ではウォレス線はどのようにして生じたのでしょうか?
大陸移動によるインドネシアの誕生
研究主任のアレックス・スキールズ(Alex Skeels)氏によると、その背景にはオーストラリア大陸の移動があるという。
「今から約3500万年前までオーストラリアはもっと南に位置し、南極大陸とつながっていました。
しかし、その後オーストラリアは南極大陸から分離し、数百万年かけて北上していき、アジアに衝突したと考えられます。
その衝撃によって、今日の私たちがインドネシアの名で知っている火山島が誕生したのです」
そして新たに生まれたインドネシアは、アジア〜オーストラリアの動物の移動を可能にする”飛び石”の役割を果たすようになりました。
このように動物たちの移住と残留が進む中でウォレス線が次第に浮かび上がるようになりました。
しかし不思議なのは、アジアからオーストラリアに渡った動物種は多かったのに対し、オーストラリアからアジアに行く動物種はほとんどいなかったことです。
なぜこのような移住と残留の非対称性が生まれたのでしょうか?
研究チームはその疑問を「気候変動」の点から解答しました。
アジア出身が移住できて、オーストラリア出身が残留するワケは?
チームは今回、オーストラリア大陸の移動後に起こった気候変動のプロセスを復元し、さらに現在ウォレス線の周辺地域で記録されている約2万種の哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類の生態に関するデータセットを組み合わせました。
その結果、ウォレス線を境とした移住と残留の非対称性は「寒冷化」で説明しうることが示されたのです。
まず、オーストラリアが南極大陸から分離したとき、今日では「南極環流(Antarctic Circumpolar Current)」として知られる、南極大陸の周りを取り囲むように流れる海流ができました。
この冷たい海流が生じたことで地球規模の寒冷化が起こり、オーストラリアの乾燥が進んだのです。
ところがその中にあって、動物たちが飛び石として利用していたインドネシア諸島は、温暖で湿潤な熱帯気候を保っていたことが分かりました。
そのため、アジアの熱帯雨林に住んでいた動物たちは、同じ環境のインドネシア諸島にすんなり移動することができたのです。
ここで研究者は重要な点として、熱帯出身の動物は「環境変化への適応力」に長けていることを指摘します。
温暖湿潤な熱帯雨林は生き物たちのパラダイスであり、多種多様な生物群が繁栄しているため、競争や共存への圧力に耐えられるよう進化スピードが早くなっているのです。
よって、ウォレス線までたどり着いたアジア産の動物たちは、熱帯より冷涼で乾燥した環境への適応が早く、オーストラリアに渡ることができたと考えられます。
他方で、これはオーストラリア出身の動物にこれは当てはまりませんでした。
彼らは長く続く乾燥した環境の中で進化してきたため、干ばつへの耐性や夜間活動の獲得など、非常に特殊な進化で環境へ適応しなければならなかったのです。
この生態は熱帯出身の動物とは違い、柔軟に変化するものではありませんでした。
それゆえ、彼らはオーストラリアから外にはほとんど出ることができなかったと考えられます。
気候変動が落ち着いた今日でも、カンガルーやコアラがオーストラリアを脱出できていないのを見ると、進化の中で醸成された生態はかなり頑健なシステムのようです。
(ちなみに一部のカンガルーはニューギニア島にも分布している)
スキールズ氏は、この結果を受けて「将来における動物の移動予測に役立つとともに、気候変動が世界の生物多様性のパターンに影響を与え続ける中で、どの種が新しい環境に適応するのに長けているかを予測するのにも活用できるでしょう」と話しています。
参考文献
Here’s why you won’t find kangaroos outside of Australia https://www.anu.edu.au/news/all-news/heres-why-you-wont-find-kangaroos-outside-of-australia Why there are no kangaroos in Bali (and no tigers in Australia) https://ethz.ch/en/news-and-events/eth-news/news/2023/07/why-there-are-no-kangaroos-in-bali-and-no-tigers-in-australia.html元論文
Paleoenvironments shaped the exchange of terrestrial vertebrates across Wallace’s Line https://www.science.org/doi/10.1126/science.adf7122