推進剤なしに宇宙空間に投げ出された宇宙飛行士は、いくら手足をバタつかせても移動できません。
「押すものが何もなければ移動(物体の加速)が起こらない」というのは、多くの人々が直感的に理解している事実であり、ニュートンが書き記した古い運動法則の基礎「作用と反作用」でもあります。
宇宙船が推進剤なしに加速しないのも、作用(推進剤の噴出)なしには反作用(加速)がうまれないからです。
しかし米国のジョージア工科大学(Georgia Tech)で行われた研究によって、この誰もが実感する常識が、湾曲した空間で通じず、物体の変形だけでも前進できることが実証されました。
再び宇宙飛行士にたとえるならば、通常の空間では手足をバタつかせる「変形」を行っても移動はできませんが、湾曲した空間ならば手足のバタつきなど質量の能動的移動だけでも、泳ぐように移動することができることになります。
理論が正しければ、重力などにより空間が歪んでいる場所では、推進剤なしで宇宙船を加速させることが可能になるでしょう。
にわかに信じられない話ですが、実験の基礎は21世紀の初頭(2003年)に『Science』に掲載された理論「場が湾曲している場合、物体の形状変化だけで反作用なしに移動できる」をもとにしています。
また理論を実証したジョージア工科大学はMIT(マサチューセッツ工科大学)に次ぐ工科大学として知られた名門校。
トンデモ研究として一蹴するには、重量級の相手でしょう。
しかし、なぜ空間が曲がっているとき、反作用なしで推進できるのでしょうか?
研究内容の詳細は2022年7月28日に『PNAS』にて掲載されました。
目次
- 歪んだ空間では推進剤なしに変形を繰り返すだけで移動できると判明!
- 空間の歪みを利用して推進剤なしに飛翔する乗り物ができる
歪んだ空間では推進剤なしに変形を繰り返すだけで移動できると判明!

言うまでもありませんが、人間が歩いたり魚が泳いだり鳥が飛んだりして移動できるのは、周囲に地面・空気・水など、押すことができるものが存在するからです。
地面も空気も水もない宇宙空間では、人間も鳥も魚もバタバタともがくだけで、決して前進することはありません。
この事実を少しカッコつけて表記すれば「運動量の交換なしに加速は起こらない」となります。
運動量の交換とはつまり、人間や鳥の筋肉が地面や空気、水を押すことと、その反作用を受けて移動することを意味します。
しかし21世紀になって発表された革新的な論文を期に、物理学者たちは、この常識が歪みのない空間に適応されるものであり、湾曲した空間では理論上、外部との運動量の交換なしに物体の加速が起こり得ることがわかってきました。
理論を正確に理解するには複雑な数式が必要ですが、ザックリ言えば「空間が曲がっているということは、物体の変形が僅かな位置の変化として作用し、物体を自走させる力になりえる」となるでしょう。
しかし、2003年に理論が発表されてから現在に至る20年間、実証は進んでいませんでした。
大きな空間の歪みを生じさせるブラックホールなどが近場にあれば、実証はスムーズにいったでしょうが、残念ながら地球の近辺にはブラックホールは存在しませんでした。
そこで今回、ジョージア工科大学の研究者たちは、20年前に発表された理論を実証するために、歪んだ空間を再現する装置を開発することにしました。

実験にあたってはまず、上の写真のような球体の表面での移動を反映するロボットが開発されました。
このロボットは2本のアームとシャフトによって重力と摩擦の影響が極限まで取り払われており、アームにはロボットの「変形(能動的質量移動)」を担当するモーターが設置されています。
準備が整うと、研究者たちはモーターのスイッチを作動させ、測定を行いました。
すると、理論通りの結果が得られました。

曲面に配置されたロボットがモーターによる質量移動(変形)を起こすと、摩擦・重力・空気抵抗など外部との作用反作用に起因しない力が発生し、ロボットは少しずつ球面に沿って前進していきました。
この結果は、物体の周囲から物体が押せるものを排除した条件下でも、物体の変形によって移動が実現したことを示します。
空間の歪みを利用して推進剤なしに飛翔する乗り物ができる

今回の研究により、空間の歪みを反映した現実世界の曲面において、物体の外部との作用反作用に依存しない状況においても、物体が移動できることが実証されました。
研究者たちはこの奇妙な移動原理を利用することができれば、最終的にブラックホールの周囲など空間の歪みが大きい場所において、推進剤を必要としないで移動できる宇宙船を開発できると述べています。
ただ今回の研究結果については、現在のところ、肯定派と否定派が存在しており、最終的な結論を出すには、より大規模かつ高精度の実験装置が必要とされるでしょう。
研究者たちは今後も装置の改良を続け、新たな運動法則とその背後にある理論の有効性を証明していく、とのこと。
もしかしたら未来の世界では、地球の重力が生成する空間の歪みを利用して推進装置なしで空や宇宙を移動する、本物のUFOのような乗り物が実現しているかもしれませんね。
参考文献
Robot Shows It’s Possible to Swim Through The Emptiness of a Curved Universe
https://www.sciencealert.com/robot-shows-its-possible-to-swim-through-the-emptiness-of-a-curved-universe
元論文
Robotic swimming in curved space via geometric phase
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2200924119
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部