TEXT:福野礼一郎(FUKUNO Reiichiro)
FF車用の独立懸架式リヤサスといえば、定番は長らくストラット式でしたが(→サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その5)ベンツA/Bクラス、フォードC系プラットフォーム(V40/フォーカス)、アクセラ、ゴルフVll、プリウスなどが次々にFF用マルチリンクであるトレーリングアーム+3リンク式を採用、FF車用の独立懸架式リヤサスの世界的定番になりました。
下の模式図のような形式です。ここではトレーリングアーム+3リンク式と呼びます。
FF車のリジッド式(=独立懸架式ではない固定軸式)のリヤサスの代表的な機構は、TBA(トーションビームアクスル)ですよね。
70年代にアウディでTBAが採用されたときは、構造がシンプルでばね下質量が軽いことに加え、短いボディ後部にスペアタイヤの装着スペースを確保できるというのがその大きなねらいでした。
以後TBAはFF車のリヤサスの世界的トレンドになっていきましたが、ランフラットタイヤの普及でそのメリットが消滅したことが独立懸架の復活を招いたともいえます。
トレーリングアーム+3リンク式では前後力をトレーリングアームだけで受けるため、そのボディマウント部の車体局部剛性およびブッシュのセッティングが操縦安定性やNVを大きく左右します。
なので各社設計の工夫と特徴はボディマウントに集中しています。マウント部を分厚い鋼板プレスの別体式にしてモノコックにボルト締結する設計が増えてきています。
ちなみにFF車(前輪駆動車)のリヤサスの設計の要諦は、FR車(後輪駆動車)用とでは大きく異なります。
FF車のリヤサスには駆動力が作用しないので、まずアンチリフトに対する設計の条件が変わってきます(→制動力は接地面に作用するが、後輪駆動車の場合は駆動力とエンブレはスピンドル中心に作用するため)。
またFF車では駆動輪である前輪のトラクションを優先したいので、操縦安定性の観点から、左右輪の荷重移動の設定などがFR車の場合とは前後逆になります(→FF車ではリヤのロール剛性を上げて荷重移動の前後分担率をリヤ寄りにし、前輪の左右荷重移動量を減らし、トラクションを上げる)。
これらの詳しい話は荷重移動の回に書きます。ここでは「FF車とFR車ではサス設計のポイントは違うんだな」と知っていただければ充分です。
トレーリングアーム+3リンク式サスの自由度を計算してみましょう。サスペンションに出会ったときはまず自由度の計算ですよ。
トレーリングアーム+3リンク式では構造上、トレーリングアームはハブキャリアに固定されて一体化しています。
構成要素をカウントすると、タイヤユニット、ハブキャリア一体型トレーリングアーム、アッパーとロワの3本のリンクの4つです。構成要素が4なら6自由度×4=総自由度24です。
図の通りピンジョイント(黄色い丸)は7ヶ所。
ピンジョイント=ピン支持=ピロボールのことですが、サスの自由度の計算ではゴムブッシュも等価と考えます。というわけでピン支持は1ヶ所につき3自由度を総自由度から引くんでしたね。
3自由度×7=21
あと忘れがちな最後のおまじないが軸回転。
この場合アッパーとロワの3本のリンクはそれぞれシャフトのようにその場でくるくる回転できる自由度(ゴムブッシュの場合はねじれるだけですが、自由度の計算では等価と考えます)を持っていますが、これはサスの作動に関係ないので、リンク1本に突き1自由度を引きます。
1自由度×3=3
構成要素:4(総自由度24) ピン拘束「3」×7ヶ所 軸回転−3 残自由度「0」
残自由度はゼロになってしまって、独立懸架式サスペンションとは「タイヤに1自由度(の運動)を許容するリンク機構」であるという条件に合致しません。こういうのを過拘束サスペンションというんでしたね。
サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その4に過拘束サスペンションのお約束を書きました。過拘束サスペンションは必ずどこかに逃げ道がある、です。
実はトレーリングアーム+3リンク式のトレーリングアームは「板ばね」で作ってあります。
たわみを許容するような設計にしてあるのです。
自由度の計算ではこのことを「実際には結合されているけど、板ばね製でたわむことができるなら、剛体のアームが軸支持で止められているのと同じじゃないか」と考えます。なかなかセンスがいい思考方法ですね!
上図ではすでにその通りに描いてあります。
再度計算してみましょう。トレーリングアームがハブキャリアとは別体式だと考えると、サスの構成要素はひとつ増えて5になります。
6自由度×5=総自由度30
ピン指示はさっきと同じ7ヶ所。3自由度×7=21
軸回転もさっきと同様3ヶ所。1自由度×3=3
30-21-3=残自由度6
そしてトレーリングアームはハブキャリアに対して軸支持と考えますから、ここで5自由度を引きます。
6-5=1
構成要素: 5(総自由度30) 軸拘束「5」×1ヶ所、ピン拘束「3」×7ヶ所 軸回転−3 残自由度「1」
見事、残自由度1で独立懸架式サスが成立しました!
このサスは「トレーリングアームがたわむことを前提とした設計」だと言えます。
もし自由度の計算をしないでトレーリングアームを剛体にしてしまったら、過拘束サスペンションになって動かなくなってしまいます。
ただしそのときはトーコントロールリンクを一本省略すればいいのです。
構成要素:3(総自由度18) ピン拘束「3」×5ヶ所 軸回転−2 残自由度「1」
残自由度1でサス成立します。ですよね。
初代ロータス・ヨーロッパ、デロリアン、初代RAV4が使ってるリヤサスがまさにそれです。BMWミニのセントラルアーム式もその一種です。
なんかこういう風に分かってくるとわくわくしてきませんか? だめ?(笑)
構成要素:5(総自由度30) 拘束:ピン拘束「-3」×7ヶ所、軸拘束「-5」×1ヶ所 軸回転「-3」 残自由度「1」
① トレーリングアームのたわみがこのサスの成立条件である
② トレーリングアームのボディ側マウントがこのサスの設計の肝である
③ TBAよりは床下スペースを食う
④ 後輪駆動車に使ってしまうと発進時スクオートが過大になる(4WDでも同じだが後輪の駆動力がFR車より減るので影響は低い)