BMWが1994年発売の3代目7シリーズで採用し、20年間にわたって上級車で使い続け、ジャガー、ボルボ、フォード、テスラなどにも使われた台形アーム+インテグラルリンク式サスの自由度を計算してみましょう。


TEXT:福野礼一郎(FUKUNO Reiichiro)

台形アーム+インテグラルリンク式サス

 前編でご紹介したように、BMWの台形アーム+インテグラルリンク式サスは、古典的な台形アーム+lアーム式を母体にマルチリンク化した設計で、台形アームのボディ側のマウントを、軸支持から2ヶ所のピン支持(=ピンジョイント→この場合実際にはゴムブッシュ)に置き変えるとともに、1ヶ所についてはハブに直接固定せず、短い垂直のリンク=インテグラルリンクを介してハブキャリヤから吊っているという方式です。


 後方にはトーコントロールリンクがついています。

台形アーム+インテグラルリンク式の自由度

 ではBMWの台形アーム+インテグラルリンク式自由度を計算して見ましょう。




 構成要素はタイヤユニット、アッパーのIアーム(=リンク)、ロワ台形アーム、トーコントロールリンク、そして短い縦のインテグラルリンクの5つ。


 総自由度は6×5=30です。




 図の黄色い丸印はピンジョイント部。7ヶ所です。ピン指示は1ヶ所につき3自由度づつを総自由度から引きます。30-21=9




 軸支持は台形アームのボディ側1ヶ所です。軸支持では1ヶ所につき5自由度を引きます。9-5=4




 あとはリンクの回転です。リンクは3本ありますから1ヶ所につき1自由度を1づつ引きます。4-3=1



構成要素:5(総自由度30) 拘束:ピン拘束「-3」×7ヶ所 軸拘束「-5」×1ヶ所 軸回転-3 残自由度「1」


 残自由度1で、このサスも独立懸架方式としてちゃんと成立していますね。




 台形アームを使うサスの利害得失についてはサスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その4でご紹介しました。

 横剛性が高いのが利点ですが、ゴムブッシュの容量を増やして(=「コンプライアンスを大きくとって」)乗り心地を改善しようとすると、ブレーキング時や加速時にタイヤのトー変化(タイヤを操舵したり戻したりするような動き)が大きくなって操縦性が不安定になることが欠点です。


 すなわち「横剛性は高いが設計の自由度がやや低い」ということになります。




 そこでおそらくBMWは、トー制御の自由度を高めるために、台形アームのハブキャリア側のマウントを1ヶ所はずしトー方向の拘束をいったん解いておいてから、後部に新設したトーコントロールリンクでトー規制するという構造にしたのだと思われます。

台形アーム+インテグラルリンク式の利害得失

 台形アーム+インテグラルリンク式のメリットとしては、上記に加えて①トーコントロールリンクをアクチュエーターに交換すれば簡単に後輪操舵機構を追加できる、②台形アームの上にばねを乗せれば全体を低くまとめてトランクルーム容量の確保で5リンク式マルチリンクより有利になりやすい、③アーム/リンクをサブフレームマウントしても、5リンク式マルチリンクよりもサブフレームをコンパクト化しやすいなどが挙げられます。




 だとしても台形アームの車体側支持はあくまで「回転軸」ですからね。乗り心地確保のためにこの軸にコンプライアンスを与えれば、アームに角度変化(=タイヤのトー変化)が生じてしまうことは避けられません。


 ベンツの5リンク式マルチリンクに比べれば、操縦性とNVの両立を求める高級車のサスとしては、あきらかに基本ポテンシャルで劣っています。




 台形アームの最大の取り柄はサスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その4でご紹介したようにサスとしての横剛性の高さですが、このBMW式ではせっかくの台形アームの一端をインテグラルリンクで吊ってぷらんぷらんさせてしまっているわけですから、そのメリットはほぼゼロ。剛性メリットはセッティングの自由度と引き換えになくなってしまっています。

 じゃあ一体なんのためのこんなにばね下が重くて大きくてごっついアルミ鋳造製台形アームを使っているのか。プロのサスペンション設計者もその設計意図に首を傾げるばかりでした。




 なんか8シリーズの4リンク+インテグラルリンク式を設計したのと同じ設計チームの仕事、という雰囲気がありありです。「なんとしてでもベンツと違う方式を作ろう」という意地で作った設計としか思えません。


 クルマの設計ではこういうことも起こるのですね。

BMWの影響

 BMWが設計意図のよくわからない台形アーム+インテグラルリンク式サスを採用した影響は小さくありません。




 アウディの1世代前のリヤサスも考え方はこれとそっくり。インテグラルリンクは使わず、台形アームのブッシュの左右剛性を落とすなどの方法で拘束を一ヶ所はずしていますが、サスペンションの利害得失としてはBMW式とほぼ同じです。




 一方、ジャガーXE/XF/Fペイス、レンジローバー・ヴェラール、ボルボのXC60など一部車、フォード・マスタング6世代=S550がこぞって採用したリヤサスは、サスペンション機構学的にはBMWとまったく同じ台形アーム+インテグラルリンク式です。


 どうやらジャガーとレンジローバーとボルボがフォード傘下(PAG=プレミアム・オートモビル・グループ)にあった時代にすでに基本設計を始めており(2005年にマスタングを使って作った試作車が実在し、その情報が公開されています)PAG解散後にそれを各社が持ち帰って開発を進め、それぞれ熟成したのちに発売したということのようです。




 この影響なのか人的な流れなのか、2012年登場のテスラ・モデルSとモデルXもこの方式を採用しました(テスラ・モデルSの設計者のピーター・ローリンソンは元ジャガー、元ロータスの設計者。現在はルシードのCEO)。


 各社でディテールは当然異なっていますが、サスペンション機構学的にいえばまったく同じサス形式といえます。

▲テスラ・モデルSの台形アーム+インテグラルリンク式を後方から見たところ。①がアルミ鋳造製の巨大な台形アーム、②が台形アームのハブ側の一端をハブキャリアからぷらぷら吊っているインテグラルリンク。

このお話のオチ

 4リンク+インテグラルリンク式や、台形アーム+インテグラルリンク式などBMWのサスを「奇怪な設計」「ねらいがよくわからない」などと、ちょっと揶揄してしまった大きな理由の一つは、1代しか使わなかった前者はもちろん、後者の方式も結局20年間使い回した挙句に、BMW自身がすでに捨て去っているからです。




 まず2002年発売の初代1シリーズ(E87)がセミトレーリングアーム式の発展応用版だったセントラルアーム式をやめ、ベンツタイプの5リンク式マルチリンクを採用しました。


 続いて2015年発売の6代目7シリーズG11/G12も台形アーム+インテグラルリンク式を廃止し、ベンツ式の5リンク式マルチリンクを採用しました。




 BMWの縦置きエンジン後輪駆動車のリヤサスは結局いまや全車ベンツタイプの5リンク式マルチリンクになっているのです。




 そればかりかアウディも申し合わせたように台形アーム+インテグラルリンク式をすて、ベンツタイプの5リンク式マルチリンクを採用しました。




 そればかりかテスラも2016年発売のモデル3で台形アームをすて、ベンツタイプの5リンク式マルチリンクを採用しました。


 


 台形アームでじたばたあがき、アウディや旧フォード軍団やテスラを道連れにしたあげく、結局BMWはベンツ式の5リンク式マルチリンクにしたのですが、5リンク式マルチリンクを最初から採用しなかった理由が「ベンツと同じになりたくなかった」からだとしても、最終的に5リンク式マルチリンクにしたのは、ベンツには関係ない理由だと思います。


 なぜなら第2回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その1に書いた通り、サスペンション機構学的にいえば5リンク式マルチリンクこそ独立懸架式サスペンションの基本形だからです。


 独立懸架式サスペンションを追求していけば5リンク式マルチリンクに至るのは「進化の必然」なのです。

 ということになると、まだ使ってる元フォード軍団の立場は.........。

 左は旧7シリーズF01~F04(2009~2015年)の台形アーム+インテグラルリンク式。Ⓐがインテグラルリンク。右はベンツタイプの5リンク式マルチリンクに趣旨替えした現行7シリーズG11/G12(2015年~)。サブフレームの基本設計をほとんど変更せずに5リンク化していることがわかります。延長方向で力を取るリンクは本来直線形であるべきですが、5本のリンクのうちアッパーの1本(Ⓑ)は、バウンド時の床下との干渉をさけるため、先代同様に尺取り虫のように湾曲しています。このため材質もⒷだけはアルミ鋳造製ですが、ほかの4本のアームは鋼板プレス製にして、ばね下を大幅に軽量化しています。ここは立派。

構成要素:5 総自由度30 拘束:ピン拘束「3」×7ヶ所、軸拘束「5」×1ヶ所=-26 軸回転-3 残自由度「1」




①台形アーム+アッパーリンク式改良版マルチリンク


②5リンクより簡単な設計でジオメトリー変化特性を設定できる


③全高と全長が小さく床下スペースを食いにくい


④台形アームを使うが、サスペンションの剛性は高くない


⑤ロワアームのボディ側でコンプライアンスを取りにくい


⑥ばね下重量が5リンクより重い
情報提供元: MotorFan
記事名:「 サスペンションとはなにか