TEXT:福野礼一郎(FUKUNO Reiichiro)
BMWが戦後復興につまずき、ついには経営破綻寸前までいってベンツに吸収合併されそうになったという話は有名ですが、1959年に発売した画期的な小型乗用車「BMW1500」の商業的大成功によって見事に逆転ホームランを放ちます。
モノコックボディ、フロントのストラット式サス、リヤのセミトレーリング式サスというBMW1500のコンセプトは、のちのBMW各車に展開されていくだけではなく、日本車を含めた60~80年代の世界の乗用車に大きな影響を与え、その設計の基本にまでなりました。
サスペンション形式の普及で乗用車の戦後世界を制したBMW方式にようやく一矢を報いたのが、1982年にベンツ190E=W201がリヤに採用した5リンク式マルチリンクです。
第2回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その1では、この5リンク式マルチリンクこそ独立懸架式サスの概念の基本であって「すべての独立懸架式サスペンションがここにたどり着くのは進化の必然だった」と書きました。
BMWはベンツに先を越されて、かなりショックだったかもしれません。ただちに対抗策を講じています。
まず登場したのが1989年のZ1で初採用した、通称セントラルアーム式サスペンション。当時は「マルチリンク」とも表現されていました。
下図のように、上下2本の斜め方向のリンクⒶ(トランスバースリンクと呼んでも自由)でハブキャリアを懸架、タイヤの前後位置決めは、車体とハブキャリアを車体前後方向でつないだトレーリングアームⒷで行うという形式です。
BMWはこのセントラルアーム式サスをE36/46時代の3シリーズ、Z3、初代~2代のZ4などに採用、さらに2001年にはBMW初めてのFF車であるミニのリヤサスにも使いました。
よほどFF車と相性がいいと感じたのか、FR車で廃止したあともミニでは現在まで3代続いてこの基本形式を使用しており、さらに3代目ミニベースのBMW各車(1シリーズ/2シリーズ)でも使っています。
このサスは下図のように、斜めに渡した上下のトランスバースリンクの車体側ピボットと、トレーリングアームの車体側マウントとを結んだ斜めの仮想軸(図の赤い1点鎖線)の周りでストローク作動します。つまりジオメトリー的には「巨大なセミトレーリングアーム」と同じと考えることができます。
したがってセントラルアーム式の実際は「セミトレーリングアーム式の発展改良版だった」と言っていいでしょう。
セミトレーリングアーム形式のリヤサスは、FF車に使えばブレーキング時にリヤの車体が持ち上がらないようにするアンチリフト・ジオメトオリー効果が働きますが、逆に駆動力やエンブレによる制動力がリヤのデフにかかるFR車(や4WD車)のリヤサスに使うと、アンチスクォート率/アンチリフト率がマイナスになってしまって、加速時に荷重移動以上にリヤが沈み込み、エンブレ時はリヤサスが浮き上がるという現象が起きます。
詳しくは荷重移動の回で書きますが、同じサスペンション形式でもFF車とFR車ではまったく操縦性や乗り心地に関する利害得失が違ってくるということを、ぜひ頭の中に入れておいてください。
話をBMWに戻します。高級車での分野でもBMWはセミトレーリングアームに代わるリヤサスを模索します。
その第1段が1990年に発売した8シリーズ=E31に採用したサス形式です。
基本は4本リンク式ですが、アッパーアームから短いリンク(インテグラルリンク)をぶらさげ、これをトレーリングアームの途中に連結するという不思議な構造でした。BMWの名称は「インテグラルlll」。BMWはこのサスでも「マルチリンク」を標榜するわけですが、ここでは「4リンク+インテグラルリンク式」と命名しておきます。
これはいったいどういうねらいのサスなのかプロに聞いてみました。こういうときはプロに聞くに限ります。
シャシ設計者 自由度はベンツのマルチリンクと同じで構成要素6(総自由度36) 軸支持10ヶ所 軸回転-5 残自由度1ですが、この垂直のインテグラルリンクの意味がよくわかりません。確かにこれがないとハブキャリアの回転運動が残っちゃうし、ハブキャリアが回転すると制動時のアンチリフトに影響するので、それを制御したかったのだと思いますが、それにしてもなんでこんな回りくどい方法を使ったのでしょうか。素直に5リンク式マルチリンクにすればいいものを.....。どうしてもベンツと同じにはしたくなかったのだとしか思えません。あと850CSiにはAHKという後輪操舵システム(4WS)が標準でついてたんですが、メインのロアアームの車体側にアクチュエータを取り付けて根本を動かすという、これまたかなり奇怪な方式だったようです。とにかく変わったサスです。
AHKについてはYouTubeで「BMW850Csi AHK / rear wheel steering test BMW E31 850」で検索すると作動中の動画がみれますよ。たしかに変わった方式です。
BMWの4リンク+インテグラルリンク式は初代8シリーズだけで終了しますが、1994年発売の3代目7シリーズでは同じように垂直のインテグラルリンクを使った別のサス形式が登場します。
これが本稿本題の台形アーム+インテグラルリンク式(これもここでの呼び方)です。
ただし共通点はインテグラルリンクの存在だけ。サスの基本的な構成はインテグラルリンクの使い方も含めて、初代8シリーズの4リンク+インテグラルリンク式とはまったく異なります。
もちろんセミトレーリングアームや、その発展型でBMWの軽量車とFF車に使ってきたセントラルアーム式マルチリンクとも機構学的な関連はまったくありません。
基本的には古典的な台形アーム+lアーム式(下図)を母体にマルチリンク化した設計です。
2年後の4代目5シリーズ=E39にも導入、3世代=およそ20年間にわたってBMWの上級車に使われました。
台形アーム+lアーム
構成要素:3(総自由度18) 拘束:軸拘束「5」×2ヶ所、ピン拘束「3」×2ヶ所=−16 軸回転−1 残自由度「1」
残自由度はちゃんと1になっています。つまりこの形式は台形アームを使ってますが過拘束サスペンションではありません。台形アームの軸が平行でなくてもサスとして成立します。
そして下図が旧7シリーズF01~F04(2009~2015年)の台形アーム+インテグラルリンク式。Ⓐがインテグラルリンク、Ⓑが台形アーム、Ⓒがトーコントロールリンク。
ちょっとわかりにくいですが、台形アームのボディ側のマウントを、軸支持から2ヶ所のピン支持(=ピンジョイント→この場合実際にはゴムブッシュ)に置き変えています。
同時に1ヶ所はハブに直接固定せず、短い垂直のリンク=インテグラルリンクⒶを介してハブキャリヤからぷらぷら吊っています。
それと後方にトーコントロールリンクⒸがついています。
模式的に描くとこんな構造です(Ⓐ:インテグラルリンク、Ⓑ:台形アーム、Ⓒ:トーコントロールリンク)
これまたなにがねらいなのか、かなりわかりにくいサスペンションです。
後編では台形アーム+インテグラルリンク式サスの自由度を計算し、その利害得失を解説します。またびっくりするようなBMWサスペンション史のその後の顛末もご紹介します。
ジャガーとボルボとマスタングとテスラのオーナーも必見かも。。