スウェーデンが原子力発電容認へと政策転換したのは1998年だった。1980年に「2010年の原発全廃」を議会決定していたが、1998年にこれを撤回した。代わりに2040年までに再生可能エネルギーによる発電に切り替え、原発は耐用年数の到来を待って廃棄するとの決定を下す。しかしこの方針も2016年に撤回され、老朽化した原発の建て替えを政府は認めた。スウェーデンは「水力発電国家」というイメージで語られるが、原発比率は40%に近い。そこには複雑な事情がある。BEV(バッテリー電気自動車)普及に向けての電力需給という部分を抜きにしても、充分に複雑な事情がある。


TEXT○牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

再エネの国というイメージのスウェーデンの実像

筆者が1986年から通い始めたスウェーデンは、イメージとしては社会主義国だった。福祉を充実させるため現役世代は重い税負担を強いられた。日本ではかの国の「高福祉」ばかり喧伝されていたが、高福祉を維持する財源は当然、税収である。




スウェーデンのポップグループで世界的なヒットを飛ばしていたABBAや、当時のテニス界のトッププレーヤーだったビヨルン・ボルグといった超高額所得者は、納税の拠点を母国スウェーデンではない国に置いた。「仕事をするのがバカバカしい」ほどの税率が課せられていたためだ。ごく一般的な30歳代のサラリーマンも約50%という高い税率を課せられていた。

VAT(付加価値税)も高率だった。マールボロ1箱を買ってカフェバーへ出かけ、ビールとウィスキーを1杯ずつ飲んで約4000円。1986年当時、この値段に筆者は驚いた。酒とタバコはたしか、ともに課税率26%くらいだったと記憶している。だからビールはちびちびと飲み、紙巻きたばこはフィルターが焦げそうなくらいまで吸う。観察していると、そんな若者が多かった。

そのいっぽうで、仕事をリタイアしたお年寄りにとっては「いい国」だった。充分な額の年金をもらい、住居費や医療費も無料。だから日曜日のホテルのレストランはご老人パーティ貸切状態だった。「若いころに税金をしこたま取られたのだから、これは当然の権利」ということだ。




余談だが、筆者が大学生の時代からスウェーデンといえば「フリーセックスの国」と言われた。大方の日本人はとても変な想像をしたと思う。実際、Swedish Eroticaという、いわゆるポルノビデオは日本でもアンダーグラウンドで取り引きされていた。しかし、フリーセックスはフリー・フォー・セックス=性別は問わないという意味であり「for」を抜かして考えた日本人の完全な勘違いだった。

1980年代、スウェーデン国防軍には少なからぬ人数の女性兵士がいた。カール・グスタフという、国王の名を取った携帯用ロケットランチャーを首から下げた訓練中の女性兵士を筆者も見たことがある。人口850万人かそこらの国が工業生産を維持しながら重武装中立政策を貫くには、あらゆる分野で男女にこだわっている余裕などなかった。企業も同様であり、筆者がお世話になったボルボ・カーズの広報部長は1986年の時点で女性だった。

スウェーデン・イェテボリにあるボルボの工場

ボルボ・グループが本社を置くイェテボリはスウェーデン第2の都市だ。首都ストックホルムは政治と文化の中心、イェテボリ(英語読みはゴーゼンバーグ)は経済の中心という印象で、都市のキャラクターはかなり違った。イェテボリにあるチャルマシュー工科大学は内燃機関など工業技術の研究が有名だったが、ストックホルムにあるカロリンスカ大学は政治学や医学が有名だった。ちなみにチャルマシューには日本からの留学生もおり、筆者は何人かの方に会った。現在は日本の大学で現役バリバリの研究者として活躍中の教授の方々である。

ストックホルム郊外には、スウェーデン空軍の要撃戦闘機が離発着できる強化舗装の高速道路が何箇所もあり、筆者もその訓練に出くわしたことがある。重武装中立を維持するためのウェポンシステムは極めてユニークであり、点在する小規模格納庫と高速道路を使った要撃機スクランブル(緊急発進)もそのひとつである。仮想敵は西側のNATO(北大西洋条約機構)軍ではなくソ連を盟主とするワルシャワ条約機構軍だった。

岩盤をくり抜いた道路脇の格納庫からサーブ・ヴィゲン(Viggen)が姿を現し、わずか500mほどの滑走ののち、垂直上昇に近い急角度で飛び立つ。ヴィゲンはトレーラー輸送できるサイズにまとめられたマルチロール(多用途)戦闘機であり、短距離着陸を可能にするため逆噴射装置を持った世界で唯一の単発戦闘機だった。機体はサーブ、エンジンはボルボが開発し、アビオニクス(電子機器)も大半が国産だった。ヴィゲンの後継機であるグリペン(Gripen)も同じコンセプトで設計されている。

SAAB JA 37 Viggen サーブとボルボはスウェーデンを代表する製造業であり、乗用車部門はその中のほんの一部分だった。両社ともすでに乗用車事業を切り離している。重武装中立を維持するためスウェーデン国防軍の装備は多くが国産で占められ、武器輸出をすることで量産効果を得ている。

ちなみに、岩盤をくり抜いて基地を作る技術こそは、ノーベル賞のスポンサーであるアルフレド・バーンハド・ノベル博士が発明した強力火薬ダイナマイトがベースである。

ノベル家は19世紀前半から機雷や砲弾を製造する会社を経営していた。1894年にはボフォース鉄工所の経営権を握り、この会社を世界的な兵器メーカーへと躍進させる。おそらく、最大のヒット商品は第2次大戦直前から1980年代まで長期間にわたって製造された40mm対空機関砲だろう。アメリカ海軍はこれを大量購入し日本軍機をバタバタと撃ち落とした。皮肉にも、戦後に日本の自衛隊もこの機関砲を使った。

スウェーデンは19世紀から武器輸出国であり。とくにボフォース社が挙げた利益は莫大だった。ノベル家はこれで財をなし、やがてその蓄財がノーベル賞の財源になった。現在、ボフォースは自動車部門を切り離したサーブが買収しサーブ・ボフォース・ダイナミクスとなり、大砲など重火器部門はBAeシステムズ・ボフォースになった。サーブが製造する現在のマルチロール戦闘機グリペンやジェット練習機、潜水艦、射撃管制装置などはもちろん、輸出商品である。

高福祉と重武装中立。これが1991年までの国家方針だった。ソ連崩壊を受けて重武装は不要と判断され、高福祉も見直され、スウェーデンは少しずつ変わっていった。この年、筆者はイェテボリのボルボ・カーズ本社で何人かの役員にインタビューしたが、「これからはEC(EUになる前の欧州共同体)企業として生きてゆく」という言葉が印象的だった。

現在、スウェーデンはEU加盟国であり、国内にはNATOに加盟すべきという声も多いと聞く。スウェーデンに似た立場のスイスは永世中立を貫く姿勢だが、スイスもかつては武器輸出国だった。スウェーデンのボフォース社がアメリカに40mm対空機関砲を売っていたころ、スイスのエリコン社は20mm機関砲を大量輸出していた。現在のスイスは金融、観光、時計産業が国策である。観光資源を守るため、たとえばツェルマット村ではBEV(バッテリー電気自動車)しか走らせないが、自国では原発建設を凍結し、電力はフランスなどから買っている。




以上前置きで、ここからが本題。

原発抜きのBEV社会は想像がつかない

あらためていうまでもなく、フランスは原子力発電(以下原発)立国である。フランスの電力はスイスやドイツなど隣国で重宝されている。欧州の送電網には国境がない。各国の需要に合わせ、どの国からどこへ送電するかを調整する仕事はフランスのエナジープールなどの専門組織が請け負っている。エネルギー需給について欧州は、国同士が互いに持ちつ持たれつであり、そのなかでフランスの原発が担う役割は大きい。

同様に、スウェーデンの原発も周辺国にとっては「なくてはならないもの」である。スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークで構成する電力融通組織・ノルドプールは、水力や風力といった再エネ発電の電力だけでなく原発からの出力も取り扱っている。天候の影響を受けない原発は、つねに「あてにできる」エネルギーだからだ。




フランスとスウェーデンでは再エネ発電設備への投資も活発だ。しかし、一部の団体が主張するほど両国の原発は「役目を終えつつある」わけではない。一年365日のなかの、ほんの十数日は「風力にとって都合のいい日」になれるが、電力は毎日の必需品である。それと、ノルドプールでの安定供給という役割が原発には課せられている。

スウェーデンは電力輸出国であり、2016年の電力統計データでは輸出から輸入を差し引いた電力収支は約24TWh(テラワットアワー)の黒字だった。輸入はおもに海峡を隔てた隣国デンマークからの風力電力であり、輸出はフィンランド向けの原子力と水力がもっともシェアが大きい。フィンランドはスウェーデンからの電力輸入がなければ電力需給は一気に不安定になる。




いっぽう、森林資源が豊富なスウェーデンはバイオマスを使った火力発電を行なっている。食用にならない植物から抽出したアルコールやガスを自動車燃料にも使っている。植物は「CO2(二酸化炭素)を吸って育つ」から、これも燃やしてもCO2は純増にならない。つまりカーボンニュートラル=炭素均衡である。しかし、バイオマス発電が原子力の代わりになり得るかといえば、現状では到底無理な話である。

過去、いろいろな国家組織やシンクタンクが「原発を廃止する場合の代替案」を考えた。風力や太陽光は、年間平均の数値に安全率も加味した計算となり、たとえば1GW(ギガワット)の原発を代替する場合には合計2GWの風力・太陽光と万一のバックアップ用にCNG(圧縮天然ガス)火力0.4GW程度が必要とも言われる。この数字は国によって異なり、スウェーデンの場合は1GWの原発を廃止すると2.2GWの風力と0.8GWのCNGまたはバイオガス火力が必要と試算されている。

近年は、こうした発電方法ごとの電力シェア目標設定そのものを否定する声があがっている。風力・太陽光が余ったら蓄電池(バッテリー)に貯めておけばいいという考え方だ。しかし、蓄電池の性能はまだそれほど高くなはいし、逆にコストは高い。たとえば1GWhぶんの電力を貯めるLiB(リチウムイオン電池)のコストは、50kWhのLiBを積むBEVの2万台ぶんであり、仮に200億円(1台当たり100万円と見積もって)だとしても、充放電管理システムや設置場所の基礎工事も含めた投資額はけして安くない。

しかもこれは需給調整システムであり、蓄電池そのものは価値を生まない。再エネ発電とセットで初めて価値が生まれる。同時に、LiB開発者諸氏が言うように「バッテリーはナマもの」であり、性能の旬を過ぎれば交換が必要になる。風力発電用風車は20年使えるが、現在のLiBの寿命はその半分だろう。それに、LiBは急激な充電と放電を嫌う。

カーボンフットプリントという考え方が世の中で徹底されれば「再エネ発電+蓄電」は社会に受け入れられるだろう。しかし、世界中仲良くということもあり得ない。世界最大のLiB生産国である中国が原発由来のカーボンニュートラルを背景にLiBの価格破壊を狙ってきたら、LiB価格は確実に下落する。すでにその兆候はある。それは同時に、LiBに使われる資源のマテリアルリサイクルの採算が取れなくなることでもある。安い新品電池があるのに、だれが高いコストの再生資源を使う電池を買うだろうか。しかも原発電力はCO2ゼロ認定なのだ。

仮にEUに「電池には再生資源を何%使いなさい」というルールができたとしたら、域内生産の電池は中国製品に対する価格競争力を失う。現時点でEU委員会は、LiBの資源リサイクルについては黙っている。「大量のLiBが廃棄されるのは10年後」だからだ。EU域内の「再エネ+原発」の平均電力価格が中国の原発に勝てるとは思えない。EU規制が行き過ぎればWTOに提訴されかねない。

もう一点、LiBコストの下落は、競合が多い電池メーカーの薄利多売体質が背景にあることを忘れてはならない。LG化学は昨年、初めてLiB部門が黒字になった。15年を要した黒字化である。パナソニックのテスラ向け電池事業も同様である。「作れば作るほど安くなる」というのは間違いであり、1工場の生産能力を超えた場合は工場新設が必要になる。そこでも10年や15年という長期間での設備償却を電池メーカーは覚悟しなければならない。

再エネ発電と蓄電を組み合わせれば、たしかにポテンシャルは高くなるだろう。車載LiBに比べて定置型LiBは、瞬発力は必要としない。衝突安全性もいらない。電池単価は低く抑えられるだろう。しかし、GWh単位の蓄電池を1箇所に集めても環境影響が皆無という保証はまだない。もうひとつ、確実な問題として大量のLiB製造に伴う資源問題がある。リチウム、マンガン、コバルト、ニッケルといった資源である。残念ながら資源影響のない高性能2次電池を、まだ人類は大量生産することができない。

いま起きている変化を考慮し、新しいシナリオを加えて考えても、筆者には原発抜きのBEV社会は想像がつかない。スウェーデンが原発建て替えへと動いた背景は、発電コストだった。「再エネ+バッファー火力」のトータルコストは原発の約2倍、CO2排出量も約2倍と試算された。これが「再エネ+蓄電」になると、どのくらい事情が変わるだろうか。真面目にこうした試算をしなければならない時期に来ていることだけは間違いない。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 カーボンニュートラルと自動車 原子力発電は「要る?」「要らない?」後編