TEXT:福野礼一郎(FUKUNO Reiichiro)
下図のサスペンションは第4回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その3で紹介したダブルウイッシュボーン式の一種で、上下アームが台形になっているタイプです。
ここでは上下台形アーム式ダブルウイッシュボーンと呼びます(こういう呼び方は正式ではないので、どう呼んでも自由です)。
ランボルギーニ・カウンタック、フェラーリ275GTB4,、365GTB4、512BB、308GTBなど、スーパーカーブーム時代からバブル時代にかけてのイタリア製スーパーカーが、こぞってリヤサスに採用していた古典的な形式です。
上下台形アーム式ダブルウイッシュボーンを模式的な図にするとこういう形式です。
図では台形アームの中にX型の線が引いてあります。
第2回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その1にもでてきましたが、1個の台形アームというのはサスペンション機構学では4本のリンクが組み合わさったアーム、あるいは2つのAアームが組み合わさったアームと考えることができます。 ですからこれもまた5リンク式マルチリンクの簡略形と考えることができるわけです。
ただしこちらはリンクの数を上下合計すると、8本にもなってしまいます。なんか......いかにもリンクが過剰な感じですね。
このサスのもうひとつの特徴は、上下のアームがボディ側だけではなく、ハブ側もまた軸によって支持されていることです。
では自由度を計算してみましょう。やり方は第4回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その3のダブルウイッシュボーンとほぼ同じです。
①サスの構成要素から総自由度を算出する
サスの構成要素は、タイヤ+ホイール+ハブで1つ、アッパーアームで1つ、ロワアームで1つ、合計3つです。
3つの構成要素がそれぞれ6自由度を持っているので、3×6=18、総自由度は18です。
構成要素:3(総自由度18)
②ピン支持部分では「3自由度」を引く
このサスにはピン支持部はありません。
③軸支持部分では「5自由度」を引く
上下の台形アームは、ボディ側の取り付け部もハブの取り付け部もすべて軸支持になっています。
軸支持は「6自由度のうち、X、Y、Zの並進運動のすべてを拘束し、さらにX軸、Y軸、Z軸周りの回転運動のうちの2つも拘束して1軸周りの回転運動だけを許容する」という支持方式です(→第4回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その3)。
なので1ヶ所の軸支持について「5自由度」づつをサスの総自由度から引きます。
5x4=20です。
するとあれ? 総自由度18から20を引くと「-2」になってしまいますね。
タイヤに上下に動く1自由度だけを許し、それ以外を拘束するというのが独立懸架式サスの成立の基本ですから、さっき計算した自由度「-2」の古典的スーパーカー式の上下台形アーム式ダブルウィッシュボーンは「拘束しすぎてサスが上下できない」ことになります。独立懸架式サスペンションとは「タイヤに1自由度(の運動)を許容するリンク機構」であるというサスペンションの法則に適合していないのだから、「これではサスとはいえない」と言い換えてもいいわけです。
上下台形アーム式ダブルウイッシュボーンのようなサスをここでは「過拘束サスペンション」と呼びます。
実はこのサスペンションが上下に動くことができる条件が1つだけあります。
それは上下4本の軸が完全に平行のときです。上下4本の軸が完全に平行なら、このサスは上下に作動できるのです。
下の図は上下台形アーム式ダブルウイッシュボーンを背面視(クルマの後方から見た図)したものです。
機構学では2次元の物体の自由度を計算することも可能です。この場合「もともと持っている自由度は6自由度から3自由度に減り(→2次元上だからX軸、Y軸の並進運動と1つの回転運動だけ)」「ピン支持は3自由度ではなく2自由度を拘束する」と考えます。
これでこの2次元サスの自由度を計算してみると、構成要素3(総自由度9) ピン支持「-2」×4ヶ所 残自由度「1」となります。
つまり「2次元的には残1自由度で成立している」ということです。
3次元であっても上下4本の回転軸が平行なら、このサスは上下に作動できるのです。「2次元的に作動している」ということですね。なかなか面白いでしょう。
ただしこのサス形式では少しのミスアライメント(=製造上の精度のくるい)も許されません。
上下4ヶ所の軸がどれか1本でもわずかに傾いていたら、サスペンションの動きに抵抗が生じ、サスの動きがとたんに渋くなって、操縦性にも乗り心地にも悪影響が出ます。
上下台形アーム式ダブルウィッシュボーンの自由度
構成要素:3(総自由度18)、軸拘束「ー5」×4ヶ所 残自由度「-2」
上下4本の軸が完全に並行の場合だけサスとして成立する
むかしのスーパーカーは鋼管を溶接して組み立てたスペースフレーム構造でした。おそらくサス取り付け部に高い精度が出るよう、しっかりした治具を作って溶接していたのでしょう。
私もむかしフェラーリ365GT4 BBを自分の手も使って一生懸命レストアした経験がありますが、上下台形アームのリヤサスの4本の軸はちゃんとすべてきっちり並行になっていました。またサスアーム自体もアルミ鍛造材の2本のリンクを前後2ヶ所の六角シャフトでボルト固定した構造で、非常にがっちりした剛性を持っていました。
1969年に発表された初代S30型日産フェアレディZ、さらに1982年に登場した三菱スタリオンのリヤサスペンションは、ロワアームに台形アームを使ったストラット式でした。ストラット式の計算方法は第6回 ストラット式サスペンションの自由度で紹介しますが、その方法でこのサスの自由度を計算してみると、ストラット式でかつロワが台形アームの場合、残自由度はゼロになってしまいます。したがってこれもまた過拘束サスペンションです。
この場合にもサスが上下に動くことができるのは「アームのボディ側とハブ側の軸が平行」そして「台形アームの回転軸とストラット軸が直交している」の2つの条件を満たしているときだけです。
三菱スタリオンの場合は台形アームに後退角がついており、作動の成立にちょっとトリッキーなテクニック(=ゴムブッシュのこじりを利用)も使ってますが、初代Zはしっかり上記の条件通りになっています。
フェラーリの設計者も日産や三菱の設計者も、ちゃんと自由度の計算をしてサスを設計していたということですね!
ここでは過拘束サスペンションはどこかに逃げ道があると覚えておきましょう。
初代S30型フェアレディZのロワ台形アーム式ストラット
構成要素:3(総自由度18)、ピン支持「-3」×1ヶ所 軸拘束「ー5」×2ヶ所 ストラット拘束「-4」 軸回転-1 残自由度「0」
サス成立の条件①アームのボディ側とハブ側の軸が平行、②台形アームの回転軸とストラット軸が直交、この①②がそろっているとき
それにしてもスーパーカーや初代Z、スタリオンはなぜあえて過拘束サスを使ったのでしょう。
過拘束にしてサスの動きを制限すると、サスとしての横剛性が高くなるからです。
とくにスーパーカーが採用していた上下台形式では横剛性は非常に高くなります。
ただしこれが操縦性に効果を発揮するには、サスがついている土台のボディやシャシやサブフレームの剛性もまた十分に高いことが条件です。土台の車体側の剛性が低ければ、いくらサスの剛性が高くてもトータルの横剛性としては高くなりません。
サスペンションはサスペンションだけで成立しているのではありません。むしろ操縦性や乗り心地にはボディ剛性がより重要な役目をしているということがシミュレーションによってはっきり立証されるようになったのは、この20年くらいのことです。これもまたサスペンションの真相のひとつです。
これについてはボディ剛性とはなにかでくわしく解説します。
もうひとつ、台形アームを使うサスペンションに共通の、大きな欠点が存在します。
それはゴムブッシュによる緩衝効果を大きくして(=自動車用語では「コンプライアンスをとる」という)乗り心地を改善しようとすると、支えている軸の中心がゴムの弾性によってずれ動いてしまうため、ブレーキング時や加速時にタイヤの「トー変化」が大きくなってしまうことです。
「トー変化」とは前輪の場合での操舵と同じように、タイヤを切ったり戻したりする動きです。この場合は意図せずにパッシブに生じてしまう変位のことで、左右後輪ともにボディに対して外側に切れる動きを「トーアウト」、内側に切れる動きを「トーイン」といいます。
リヤタイヤのトー変化は操縦性や操縦感、ハンドルの手応えなどに大きく影響します。これについては操縦安定性の回で述べます。いずれにせよ、コンプライアンスをとると操縦性が悪化するというのでは、操縦性と乗り心地の両立が性能追求のひとつの重要なポイントである現代のクルマでは、ちょっと使いづらいです。それで台形アーム式サスは廃れていったといえるでしょう。
① 自由度の計算:サスの構成部材がもつすべての自由度から、拘束した自由度と無用な自由度を引く
② ピン支持は1ヶ所につき-3、軸支持は1ヶ所につき-5
③ 独立懸架式サスペンションでは①の計算の残自由度が「1」より少ないと「過拘束」になってサスが作動しなくなる
④ 過拘束サスには必ずどこかに逃げ=作動の限定条件がある