TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
陸上自衛隊にはアウトドアで外科手術を行なえる装備がある。一般的な病院の手術室をほぼそのまま野外に持ち出せる内容の装備で「動く手術室」だ。初期の外科手術や応急治療が可能な能力を持ち、戦闘で負傷した隊員の救命や治療、そして生存率を上げる目的と能力がある。戦線後方寄りで備え、緊急対応や初期治療を行ない、傷病者後送のための拠点能力も持っている。
野外手術システムは4つのシェルター(コンテナ様のユニット)で構成される。このシェルターをトラックに積むことで自在に移動でき、車載したまま、あるいはシェルターを降ろして機能させることができる。
システムは手術車、手術準備車、滅菌車、衛生補給車で構成され、これらが野外手術に必要な基本セットとなる。各々、電源を供給する設備や手術に使う水をトレーラーに載せ牽引することで自己完結した使い方ができる。
手術室の機能を持つシェルターを載せた手術車は現場に到着するとシェルターを横方向へ拡張する。これは手術に必要な床面積を確保するためで、約2倍に拡幅できる。手術車の手術室中央には手術台が置かれ、室内天井には無影灯が設置されている。そのほか手術に必要な器具や道具、設備が揃っている。一般の病院で見る設備や光景が手術車の中に作りつけられているわけだ。ここで1日に10〜15名ほどの手術が可能だという。
手術などを行なう要員は4名で、執刀医や助手、麻酔係、器材係で構成される。加えて、X線係や臨検係、準備係の3名が加わり、計7名からなる医療チームがひとつの野外手術システムで対応する。ちなみに自衛隊にも医師である医官や看護師、救急救命士などの「医療者」がいることは、現在のコロナ禍での各種対応でご存知の方も多いと思う。そして、野外手術システムは後方支援連隊の衛生隊などに配備されており、衛生器材という位置付けになる。
野外手術システムは自然災害時の救援にも使用できる点が素晴らしい。被災地に展開して野外病院として運用することが可能だ。東日本大震災では東北各地に各部隊のシステムが進出、展開して災害派遣任務に就いた。
筆者は震災当時、宮城県山元町の小学校の校庭に展開したシステムを取材したことがある。避難所での急病人、捜索作業や復旧作業での怪我人などを受け入れていて、不幸中の幸いというか、本システムの能力をフル稼働させるような重傷病者はいなかった。システムと連結させるように大型天幕(テント)を張り、これを診療所として運営しており、担当隊員は被災住民らのケアにあたっていた。
校庭の野外手術システムの横には野外入浴セットや野外炊具なども展開していて、つまり食事・入浴・医療がセットで置かれ、機能していた。自衛隊の支援能力が地元住民や避難者らの生活をサポートしている光景があって、頼もしい存在だった。
野外手術システムは「可搬型」「自律型」であるといえる。だから、海上自衛隊の艦艇や航空自衛隊の輸送機などで運ぶことができる。海自の輸送艦や護衛艦に積み込み、艦内既設の医療機能を増強することで、輸送艦や護衛艦をミニ病院船とする運用も考えられる。
海上自衛隊の新しい世代の護衛艦や輸送艦、補給艦などは艦内の医療設備を当初から充実させる傾向にあり、被災地を海から救援するアプローチと能力が拡充されている。搭載した哨戒ヘリコプターなどで被災地の傷病者を艦へ運び、艦内で診断や初期治療などを行なう。重傷者や、さらに医療措置が必要な場合は再度ヘリに乗せ、遠隔地の高度医療施設へ運ぶ「広域搬送」の拠点機能も護衛艦にはある。ヘリ運用に長けた「ひゅうが」や「いせ」、「いずも」「かが」などの護衛艦はこうした能力が強化されている。
また、航空自衛隊も救急医療装備を持っていて、たとえば「機動衛生ユニット」と呼ばれる傷病者搬送用の医療コンテナがある。傷病者3名の収容部と一般病院の集中治療室と同等の医療設備が備えられている。これを輸送機C-130Hに積み込み、遠方へ輸送するのだ。機動衛生ユニットは「空飛ぶICU」といわれ、救急医療などを施しながら遠隔地へ急速搬送可能な装備で、高速性と行動範囲の広さが特徴の空自らしさが光るシステムだ。
陸海空自衛隊の医療装備が機動的で、遠隔地への移動・輸送が可能ということは国際協力活動でも有用なことを示す。実際、過去の海外派遣実績にはイラク復興支援やスマトラ沖地震国際緊急援助、ルワンダへの難民救援派遣などがある。
現在、陸自の野外手術システムは能力向上型の改良改修を受け、機能を統合したタイプが開発され更新されはじめているという。