TEXT:福野礼一郎(FUKUNO Reiichiro)
ロータスの創始者のコーリン・チャップマンは有名なサスペンション・オタクで、クルマを設計するたびにサス形式を変更させました。セブンみたいにほとんどマイチェンごとにリヤサス形式を変えたクルマもあるくらいです。
それぞれのサスにそれぞれ設計者の設計意図が込められているのはもちろんですが、サスペンションというのは設計者が好き勝手にあれこれ機能を構想しながら自由に設計すればいいものなのでしょうか。あるいはなにか本当は「こうでなくてはサスペンションとして成立しない」というような「サスペンションの法則」のようなものが存在するのでしょうか。
「サスペンションの法則」は存在します。形式的に百花繚乱しているかのように見える過去から現在にかけてのすべてのクルマのサスペンション形式は、実は原則的にすべて、リンク機構学的なひとつの法則に従って設計されています。
それが「自由度の法則」color="red">です。
まず「自由度」とはなにか、です。
空間に浮いている物体(この場合体積を持った塊=剛体とする)は、空間内を自由に動くことができます。これを運動の自由度といいます。
運動の自由度は6種類に分類することができます。前後左右上下の動きと、3軸の回転運動です。
クルマで考えるとわかりやすいです。以下の( )内はクルマに置き換えてみたときの動きです。
物体の運動の6自由度color="orange">
自由度1:X軸に対する並進運動(前進と後進)
自由度2:Y軸に対する並進運動(左右のカニ走り)
自由度3:Z軸に対する並進運動(上下の動き)
自由度4:X軸周りの回転運動(コーナーでのロール運動)
自由度5:Y軸周りの回転運動(ノーズダイブとスクォートのピッチ運動)
自由度6:Z軸周りの回転運動(コーナリングでの自転運動=ヨー運動)
凸凹道を走っているクルマがあるとすると、このクルマはX軸に対して前進運動しながら、凸凹路面にゆすられてZ軸方向に上下しています。そのときにフロントが沈んだりリヤが沈んだりするピッチング運動も生じているでしょうが、これはY軸周りの回転運動です。
このクルマのステアリングを切ってコーナリングを始めると、フロントタイヤにスリップアングルがついてタイヤがコーナリングフォースを発揮するとともに、ノーズの向きが変わっていきます。つまりクルマがZ軸周りに回転しはじめるわけです。同時にX軸周りの回転運動であるロールも始まるでしょう。減速しながらターンインしているのであればY軸周りにわずかにフロントが沈むピッチ運動=ノーズダイブも生じているかもしれません。
運動している物体では多くの場合、このように6自由度の変化が同時に起きています。
さて、空間に浮いているタイヤも(回転できるということをとりあえず置いといて)6つの自由度を持っています。
ここではまず非常に単純化して考えてみましょう。タイヤを車体に取り付けるために、仮にいま1本のリンクを使ってタイヤ+ホイール+ハブのアセンブリーとボディを連結したとします。このとき「タイヤが持っている6つの自由度のうち、リンクの連結によってどれか1つの自由度が車体に拘束されて奪われ、減ってしまった」と考えることにしましょう。
この考え方に従えば、もう1本のリンクでタイヤと車体を繋げば、車体はタイヤから2つ目の自由度も奪うことになります。
さらにもう1本リンクを追加すれば残りの自由度は3になります。
こうやって車体とタイヤをどんどん繋いでいって5本のリンクで結んだとしたら、タイヤが持っていた6つの自由度のうちの5つが奪われ、残る自由度は1つになってしまいます。
この1自由度を「タイヤが上下動できる自由」だと仮定すると、サスペンションがタイヤに対して「なにをしているか」が見えてきます。実はサスペンションとは、上下動の1自由度だけ残してタイヤの5つの自由度を拘束する機構color="orange">なのです。
逆に考えましょう。もしタイヤをまったく拘束していなければ、タイヤは勝手にどこかに飛んでいっていなくなってしまいますよね。仮にリンクでどんどん車体に連結していってタイヤが持っている自由度6つすべてを奪ってしまったら、タイヤは車体に対して上下すらできなくなって固定軸になり、クルマはミニ4駆に戻ります。タイヤに対してもし自由度を2以上許容してしまえば、今度はタイヤはぐらぐらして走行性能が定まりません。
つまり「1自由度」でなくてはダメなんです。
タイヤに「1自由度の保有」だけを許容する、これが独立懸架式サスペンションの成立の条件の根幹です。この世に存在する多くの独立懸架式サスペンションは、どのようなリンクとアームの配置であっても、計算してみると原則的には「残自由度1」になっています。これはびっくりするようなサスペンションの「真相」です。
独立懸架式サスペンションの定義:「タイヤに1自由度(の運動)を許容するリンク機構」であるcolor="orange">
サスペンションの自由度の計算方法については第3回以降で詳しく解説しています。
上記のように単純化して考え「5本のリンクで車体とタイヤを結び、タイヤに1自由度を残すのが独立懸架式サスペンション機構の基本である」とすると、面白いことに気がつきます。
ダイムラー・ベンツが1982年に発売したW201=190Eがリヤサスに世界で初めて採用、その後の世界中のサスペンション設計に大きな影響を与え、いまではBMWやアウディまで使うようになった「5リンク式マルチリンク」とは、まさにこの原理そのものを具現化したサス形式だということです。
5リンク式マルチリンクはサスペンション究極の進化形ではありません。原理的にはそのまったく逆、5リンク式マルチリンクこそ「1自由度の独立懸架式サスの基本的な形式」です。「すべての独立懸架式サスペンションは5リンク式マルチリンクの簡略形である」といっても過言ではありません。例をあげてみましょう。
▲例えばダブルウィッシュボーン式。上下それぞれ2本のリンクがくっついてハブ側の取り付け点を共有することで、Aアームへと簡略化された形式、とみなすことができます。
▲台形アームというのは図のように4本のリンクが組み合わさってできているアーム(あるいは2つのAアームが組み合わさったアーム)と考えることができます。そう考えればこの図の場合もリンクの合計はちゃんと5本になっています。
▲ストラット式は、ストラットの役目を「無限大に長いアッパーAアーム」で近似させることができるサスペンションです。リンクとしての要素を数えると、アッパーが2本分、ロワが2本分、これにサスのリンクとして機能しているタイロッド(リヤサスに使う場合はトーコントロールアーム)を加えれば、ちゃんと5本になっています。
馬車式のリーフリジッドからスタートしたサスペンションが100年を費やして前後独立懸架の5リンク式マルチリンクに至ったのは、したがって「進化の必然」なのです。
① サスペンションとは上下動の1自由度だけ残し、他の自由度を拘束する機構である
② 5リンク式マルチリンクは独立懸架式サスペンションの基本形である
③ すべての独立懸架式サスペンションは5リンク式マルチリンクの簡略形ともいえるcolor="red">