今後、富士通は、「PRIMEHPC」シリーズを用い、引き続き、商用アプリケーションの動作検証などを実施するとともに、製品開発や技術研究を行う製造業などのお客様に「PRIMEHPC」シリーズを販売し、産業界全体の発展に貢献していく。
現在、製造業などのお客様の製品開発や技術研究における流体解析や構造解析などのシミュレーションを行う商用アプリケーションは、PCクラスタ(※1)上で広く利用されているが、昨今、大規模かつ高精細なシミュレーションが求められることで、計算結果が出るまで非常に時間がかかるなどの課題があった。これらの商用アプリケーションをそのまま大規模かつ高速な計算リソースをもつ「富岳」や同社の「PRIMEHPC」シリーズなどのスーパーコンピュータで利用できれば、顧客が保有する商用アプリケーションのノウハウを活用でき、大きなメリットがあると期待されている。
そこで、富士通は、それらをいち早く整備するため、「富岳」の技術を活用している「PRIMEHPC」シリーズ向けの開発環境および動作検証環境をアプリケーションベンダー各社に提供し、協働で動作検証などを実施した。大規模シミュレーションにおいて、商用アプリケーションが高速に動作するように性能分析し、発見したボトルネックを解消するチューニングを行うとともに、高並列で効率良く計算するための並列処理技術の適用などを実施した。その結果、8つの商用アプリケーションの動作検証が完了し、そのうち3つの商用アプリケーションについて「富岳」を用いた大規模解析において、高速かつ高精細なシミュレーション結果を得ることができた。
※1 PCクラスタ:PCサーバーを複数台つなげ並列処理を行う計算機構成。
富士通は、ベンダー各社と協働で、「PRIMEHPC」シリーズ向けに動作検証した商用アプリケーションを用いて、環境負荷低減の観点から重要性が高まっている航空機や自動車のエネルギー効率の改善や、安全性向上を目的とした大規模で高精細なシミュレーションを、「富岳」の計算リソースを活用(※2)して高並列で行い、お客様が求める実用的な実行時間で解析できることを実証した。
※2 富岳の計算リソースを活用:
本研究は、HPCIシステム利用研究課題(課題番号:hp200209, hp200302)を通じて、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」の計算資源の提供を受け実施。
航空機は飛行中に、安全性や航空機の安定飛行に影響を及ぼすバフェットと呼ばれる機体の振動現象が起こることがあり、バフェットを予測することは航空機の安全設計にとって重要な課題である。今回、「富岳」の最大19万2,000 CPUコア(※3)を活用して熱流体解析アプリケーション「Cradle CFD | scFLOW」(※4)を並列実行し、2億3700万要素の高精細なモデルを、細かな渦が表現可能な解析手法であるLES(※5)で解析することにより、粗い計算格子を用いた従来の解析手法RANS(※6)よりも、バフェットの予測につながる翼の表面上の圧力振動や細かい渦が生成される現象を、詳細に観測できるようになった。これにより、バフェットを考慮した航空機の安全設計につながる大規模解析ができることを実証した。
※3 CPUコア:
「富岳」および「PRIMEHPC」シリーズは、1ノード(1CPU)あたり48個の演算のCPUコアを有する。
※4 Cradle CFD | scFLOW:
ソフトウェアクレイドルが開発した熱流体解析ソフトウェア。
※5 LES:
Large Eddy Simulationの略。流体解析の手法の一つ。細かな渦構造まで計算できるが、細かな渦構造を表現するためには高精細な格子が必要で計算時間が長い。
※6 RANS:
Reynolds-averaged Navier–Stokes equationsの略。流体解析の手法の一つ。粗い格子でも計算可能で計算時間が短く済むため、従来産業界でよく使われている手法だが、細かな渦などの複雑な現象は表現できない。
自動車などの燃費向上や環境性能改善のため、エンジンにおけるエネルギー効率向上は重要な課題である。「富岳」の最大4,620 CPUコアを用い、エンジン内のピストン動作によるシリンダー内の燃焼などの一連の化学反応を考慮した燃焼解析を、熱流体解析アプリケーション「CONVERGE」(※7)を使った並列計算により2時間で行えることを確認した。この解析では、領域全体を0.5mm単位の高精細な計算格子(最大667万格子)で分割し、LESを用いることで、粗い計算格子を用いたRANSでは難しかった、しわ状化した火炎構造を示す高精度な結果が得ることができた。これにより、製造業における設計業務などの限られた時間でも高精度の解析が実施できるようになり、エンジンのエネルギー効率向上や異常燃焼の低減などにつながることが期待される。
※7 CONVERGE:
Convergent Scienceが開発した熱流体解析ソフトウェア。東アジアでの販売代理店は株式会社IDAJ。
電気自動車やハイブリッド自動車のエネルギー効率向上のためには、駆動用モーターでの損失を低減する必要がある。駆動用モーターに用いられるIPMモーター(※8)の高精度な損失計算を電磁界解析アプリケーション「JMAG」(※9)にて検証した。鋼板を1枚ずつモデル化し、高調波を含む電流を投入したシミュレーションを行う場合、従来数週間かかる計算が、 「富岳」の8,192 CPU コアを用いて並列実行することにより、1日で計算(※10)できた。これにより、電気自動車などのエネルギー効率向上につながる解析がより短時間で実行できることが期待される。
※8 IPMモーター:
埋め込み構造永久磁石(Interior Permanent Magnet)同期モーター。
※9 JMAG:
JSOLが開発した電気機器設計開発のための電磁界解析ソフトウェア。
※10 1日で計算:
従来産業界で良く実施されている100並列程度の計算では数週間かかっていたものを、「富岳」を用いた8,192並列での計算により1日に短縮。なお、8,192並列はこれまでJMAGにおいて計算実績のあった最大の並列数を上回る。
富士通が「富岳」および「PRIMEHPC FX1000」向けの開発環境提供や技術サポートなどをベンダー各社に行い、自動車の衝突安全性向上などのために広く製造業で利用されている構造解析アプリケーション「LS-DYNA」(※11)を始めとして、新たに8つの商用アプリケーションにおいて動作検証を協働で実施した。2021年6月より順次ベンダー各社から提供される予定。
※11 LS-DYNA:
Ansysが開発した構造解析ソフトウェア。「PRIMEHPC FX1000」向けに一部顧客に先行提供しており、今般「富岳」においても動作検証を実施し、6月から「富岳」および「PRIMEHPC FX1000」向けに提供開始。
(製品名:提供企業)
【流体解析分野】
CONVERGE:Convergent Science(注1、注2)
Cradle CFD | scFLOW:ソフトウェアクレイドル(注1)
Fluent:Ansys(注2)
HELYX:ENGYS Ltd.
Simcenter STAR-CCM+:Siemens Digital Industries Software, Inc.
【構造解析】
ESI Virtual Performance Solution (VPS):ESI Group(注1、注3)
LS-DYNA:Ansys(注1、注4)
【電磁界解析】
JMAG:JSOL(注1)
注1 「富岳」においても動作確認済み
注2 シミュレーションを実行するソルバー部を提供
注3 陽解法(※12)機能を提供
注4 陽解法と陰解法(※13)を含む全ての機能を提供
※12 陽解法:
物体の運動を表現する方程式を直接(陽的に)解く解析手法。瞬間的に大きな変形や破壊が生じるような問題に適しており、自動車の衝突解析や電子機器の落下解析など製造業で広く用いられる。
※13 陰解法:
物体の運動を表現する方程式を間接的に(陰的に)解く解析手法。プレス加工の解析や建物の強度解析などに広く用いられる。
今後、富士通は「富岳」の技術を活用した「PRIMEHPC」シリーズ向けに、お客様のニーズに応じた商用アプリケーションの動作検証を順次進めていく。これにより、大規模かつ高精細なシミュレーションが求められる、製品開発や技術研究を行う製造業などのお客様に「PRIMEHPC」シリーズを販売し、スーパーコンピュータの利活用による産業界全体の技術開発や研究の発展およびイノベーションに貢献していく。