TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
ここが最大のポイントだ。上の写真(※メイン写真のことです)はマツダが公表したREレンジエクステンダーのパワープラントである。エンジンルーム内の左右、前輪サスペンション/タイヤの内側にあるフロントサイドメンバーAとBのスパン(内側)は「MAZDA3」での筆者実測で約940mm。エンジンルーム内の骨格はMX-30もまったく同じである。このAB間に電動モーターと発電専用REが横置きに搭載されている。
また【図1】で見たフロントサードメンバーAとBの下側に張り出したエクステンション部分のスパンは、MX-30での筆者実測で約1060mmだった。この図には描かれていないが、パワープラント下部に「揺れ」を抑える小さなトルクロッドが取り付けられる。
パワートレーンを車体に固定するCとDのマウントは、おそらく市販仕様そのままと思われる。MX-30 EVに使われているマウントと比べると、ボディ側はほとんど同じに見える。前編で解説したように、MX-30 EVでは助手席側のフロントサイドメンバーBと電動モーターをつないでいた大きなブラケットの位置に発電用REが搭載される
車両での実測から推測すると、レンジエクステンダー用パワートレーンの横幅は約900mmになる。【図1】で黄色く塗られたREの回転軸方向の横幅は、上下の出っ張りを除いたEの幅が約275mmになる。これがローターハウジング部分とサイドポート式の吸気/排気ポート部分および軸受部分を含めた全長だと考えると、ローターの厚みは約100mmと推定される。そして紫色の部分が発電機と思われる。
【図2】は発電REの先駆的存在であるAVL設計のユニットだ。2010年のジュネーヴ・ショーに参考出品されたアウディ「A1 e-tron」はこの発電専用REが搭載されていた。アウディは三角おむすび型ローター&まゆ型ローターハウジングを持つヴァンケル型REについて言えばオリジネーターであり、AVLが提案した発電専用REには真っ先に興味を示した。
この、AVL開発REは最大燃焼室容積(レシプロエンジンでのBDC=ボトム・デッド・センター位置での気筒容積)254ccだった。出力は18kW(24.5ps)/5000rpmで、同じ出力を得られる直列2気筒570ccエンジンの想定重量40kgに対し、REは29kgで済んだ。そして、このローターを軸方向に大きく(つまり厚みを増す)すると、最大で36kW(49.5ps)の出力になるとAVLは論文発表していた。
【図3】の左がアウディ「A1 e-tron」搭載と思われる発電専用RE。右側はローターの厚みを増して最大燃焼室容積を拡大した仕様。車両サイズに余裕があれば「ここまで発電REを高出力にできる」というシミュレーションである。
この【図3】に記入された寸法が興味深い。ローター部分のハウジング直径は240mmである。254ccで240mm。いっぽう、マツダが2018年に技術発表したときの発電用REは330ccだった。そして【図1】の発電REのハウジング高さは、筆者の推定で約370mm。
【写真4】は、その330cc版発電REのローターと、RX-8に搭載された13B RENESISエンジンのローターとを比較したものだ。330cc版は三角おむすび型ローターの直径も厚みも13B RENESISの654cc版より小さい。そして、さまざまな部分の寸法から想像すると、MX-30レンジエクスタンダーに搭載される発電専用REは、この330cc型である可能性が高い。少なくとも330ccより小さいことはないだろう。
これはまったくの予測だが、マツダの発電REは基本的に回転数を抑えて使い、そのぶんフリクションロス(機械摩擦損失)を抑えて無理しない発電を行なう通常モードと、短時間でLiB(リチウムイオン二次電池)の充電量をリカバリーするための高回転短時間モードの両方を供えるのではないだろうか。出力は通常モードで16kW(21.8ps)、短時間モードで22kW(29.9ps)と予想する。
では、発電専用REの燃料であるガソリンの搭載量はどれくらいなのか。これを予測するには、ちょっと前の出来事を振り返る必要がある。
レンジエクステンダーBEVについてアメリカCARBは、ZEV(Zero Emission Vehicle=無排出ガス車)のなかにBEVxというカテゴリーを設け、その要件を規定している。外部からの充電だけで走行するBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)に準ずるものであり、小文字の「x」はその準ずる要素としての「何か=Something」を示す。BEVの別方式としてのRange-extendedを表す。
外部からの充電で走行するクルマについては、EU(欧州連合)ではECV(Electrically Chargeable Vehicle)という呼び名でBEVとPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)をひとまとめにして、両方とも優遇している。しかしカ州では、PHEVはTZEV(Transitional Zero Emission Vehicle=過渡的な無排出ガス車)という区分であり「まあ、とりあえずは多少の優遇をしましょう」という程度にすぎない。
ちなみに日本勢が得意とするHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)は完全に優遇の対象外であり最初から無視されていた。「基本的にガソリンで走り、外部から充電できない」という点が無視の理由だった。
CARBは「車載電池でのBEV走行距離を、補助動力装置(発電エンジン含む)による走行距離が上回ってはいけない」と規定している。BMWが当初は11ℓ程度にするはずだった「i3」レンジエクステンダー北米仕様の燃料タンクをさらに小さくしなさいとCARBが命令したのは、この規定のためだった。給油だけに頼って走り、外部から充電しないような使い方をユーザーにさせないためだ。
では、MX-30レンジエクステンダーBEVの電池搭載量はどうなるだろうか。
マツダとしては、BEVおよびZEVとしてのクレジットを稼がなくてはならないアメリカとEUで確実に売りたい。だからアメリカのレンジエクステンダーBEV規定に適合させ、欧州市場を納得させるだけの商品性を持たせる。さて、LiB(リチウムイオン二次電池)搭載量をどう決めるか。
BEV仕様のMX-30についてマツダは、同じクラスである「MAZDA3 1.8ℓディーゼル」のCO2(二酸化炭素)排出量をベースにLiB製造時のCO2排出(これがじつはものすごく多い)を考慮し、LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)的視点で35.5kWhと決めた。もう少し多く積むべきだとの声も社内にはあったようだ。
日本のJC08モードでの走行可能距離は281km、WLTC(ワールドハーモナイズド・ライトビークル・テスト・サイクル)モードでは256km。EUではWLTP(末尾のPはプロシージャー。こちらはテスト手法という意味。WLTCのCはサイクルでありモードそのものを指す)コンバインド(総合)で200km、シティ(市街地)で265km。電費はWLTPコンバインドで5.26km/kWh、シティで6.90km/kWhである。
筆者はMX-30 BEV仕様のLiB搭載量35.5kWhは「多すぎる」と思う。30kWhで充分だ。そのぶんクルマを軽くしてほしい。冬場に暖房を使うと30kWhでは実用走行可能距離180km程度になるかもしれないが、欧州でも毎日片道90kmのドライブをする人はそれほど多くない。アメリカなら複数保有が前提になるから、片道90kmで充分だろう。日本では片道45kmで多くのユーザーは足りる。
BEVの基本は「ゆっくり充電」である。急速充電はLiBを劣化させる。近年はBEVを売るために「急速充電時間を5分に短縮するためにLiBを強制冷却するシステム」の開発も進められているが、これはBEVが「ICE車で慣れた使い方に引っ張られる本末転送」と筆者は思う。
BEVでは本来、電池をいじめないでできるだけ電池寿命を長持ちさせる使い方が望ましい。LiB製造時のCO2排出はBEV1台の製造時に排出するCO2量の40%程度にもおよぶ。電池を大量生産するために再生エネルギー発電設備を増やすというのも本末転倒に思える。
BMWは「i3」のBEVとレンジエクステンダーBEVを同じLiB搭載量で作った。94Ah(アンペア・アワー)仕様は27.2kWh(グロス=電池単体状態で33kWh)、120Ah仕様は37.9kWh(同42.2kWh)である。当時としては、かなり思い切った電池大量搭載である。
大量搭載が可能になった背景は、車体重量の軽さにある。CFRP(炭素繊維強化樹脂)とアルミ合金でほとんどの部分が作られた「i3」は、電池抜きの車両重量が極めて軽い。しかも接合の大部分にウレタン二液接着剤を使った。アルミ部分とCFRP製キャビンの接合も接着剤だ。1台で5kgもの接着剤を「厚塗り」で使うことで線膨張の違いを逃げるという方法が採用された。その結果、LiB搭載量を確保できた。
いっぽうマツダMX-30は通常の鋼製ボディであり、BEV仕様でさえすでに車両重量1650kgと重たい。BMW「i3」は94Ahのレンジエクステンダー仕様は1360kgに収まっている。材料を鋼材からCFRPとアルミに置き換え、CFRP製ボディパーツ製造のための工場も新設した。BEVは「軽さが命」と考えたBMWはこういうお金の遣い方をした。日本の自動車メーカーには真似のできない、思い切った実証実験だった。
MX-30 EVに発電REと燃料を積むとしても、車両重量はせいぜい1700kgに収めなければならない。電動モーターを積んで重たくなったHEV仕様は1460kg。レンジエクステンダーBEVが1700kgだとすると、同じ車速で衝突したときのエネルギーは約36%増える。プラットフォームの衝撃吸収能力がどれくらいかはわからないが、少しでも軽いに越したことはない。できればEV仕様(1650kg)と同じにしたい。となれば、筆者の予想LiB搭載量は35.5kWhの2割減、28.4kWhである。
発電RE用のガソリンタンク容量は、LiBだけを使う場合の航続距離を超えてはならないというカ州の規定に合わせるなら10ℓ以下になるだろう。これは発電REの燃料消費率によって変わる。たとえば燃料8ℓだとして、新開発のシングルローターREを一定回転数で運転し発電するなら、1ℓ当たりの走行距離で25kmと見積もっても200km走れるだけの発電が可能だ。
アメリカではカ州規制導入州が合計13州にのぼる。全米自動車販売台数の半数を占める13州だ。州に払う罰金または同業他社から買うクレジットにお金は遣いたくない。ならばカ州規制のクレジットをもらえるレンジエクステンダーBEVにするのは当然の話だ。カ州規制にパスしていればEUでも文句は付かない。EUではMX-30 EVとレンジエクステンダーの販売でCO2クレジットを稼げる。
そして、お客さんは「電欠の心配がない」という、精神衛生上非常に有益なメリットを得られる。筆者の身内にもBEVユーザーがいるが、家族での遠出には使わない。一度だけ遠出し、途中での充電に苦労した経験が頭から離れないのだ。急速充電設備は増えたが「みんなが出かける土日祝日」は、充電スポットに先客がいる可能性が極めて高い。
発電中はエンジン騒音がかなり厳しいBMW「13」レンジエクステンダーは、電欠無用という安心感がセールスポイントになった。バッテリー残量が危なくなっても、充電スポットにたどりつくまで「あと40〜50km走れます」という余裕を提供した。
世の中では「カーボンニュートラル」が流行り言葉だが、EUでもアメリカでも日本でも、電力がどのように作られているかの現状で考えれば、自動車はレンジエクステンダーBEVもシリーズHEVも、シリーズ・パラレルHEVやパラレルHEV、BSG(ベルト・スターター・ジェネレーター)を使ったマイクロHEVも、熱効率に優れたICEも、どれも有益だ。BEVだけが正解ではない。無駄なものなどない。
しかし、EUもアメリカも、日本が実用化に先鞭をつけたHEVは認めなかった。税制優遇や補助金の対象にはしなかった。今年から中国は「優良燃費車」を優遇するようになり、その中心にHEVを据えている。現実的な化石燃料消費抑制策としてHEVを選んだ。その背景には、なかなかBEVが普及しないという現実があるが、自動車保有台数が直近10年間で2億台も増えた中国は、HEVの燃費低減効果に頼ることが石油輸入量を減らす手段であると認識した。
もうじき登場するマツダのレンジエクステンダーBEV。お家芸であるREを発電専用に使うBEV。その出来栄えに筆者は注目している。
以下は余談。
マツダはHEVも純粋なBEVも持っている。ICEの熱効率を極める手段としてのSKYACTIV-Xも持っている。しかし、一神教的発想の欧州はECV(BEVとPHEV)しか認めない。だからICEを絶滅させるための十字軍を「CO2規制」という形で組織し、社会活動家や環境NGO、ファンドや企業までを総動員した異教徒征伐に乗り出した。
攻撃の矛先は、ICE技術を極めようとしていた日本だ。本来は技術論優先で進めるべきECV普及を、EUは宗教の布教活動に変えてしまった。筆者はそのように感じている。その攻撃にあわてふためいた日本の現政権は、産業界との事前協議もないままにカーボンニュートラルを打ち出した。
すでに日本企業が途上国と交わしていた火力発電設備の出荷に対し欧州の環境団体が圧力をかけ、EU拠点のファンドは「投資の引き剥がし」をチラつかせて脅しをかけてきた。「日本は海上風車を買うべきだ」とEU企業は日本になだれ込もうとしている。
放っておけば、いずれ日本の富は海外に流出する。そもそもEUの「強い欧州」という政策は経済侵略なしには成り立たない。だれかを屈服させなければEUの勝利はない。BEV礼賛、BEV一本槍がどれだけ危険か、我われはよく考えなければならない。これはBEVが好きとか、ICEが好きとかいう問題ではない。
得意だったICEや金を稼げるITで、欧州企業は惨敗が続いた。ゲームチェンジャーはもうBEVしかない。しかしLiBは中国、韓国、日本のアジア勢に握られている。なりふり構わずこの3国からいろいろなものを盗もうとしているのが現在のEUである。こうした行為のすべては、「地球温暖化防止」という水戸黄門さま印籠のごときひと言で浄化できるからEUは笑いが止まらないのだ。
以下はさらに余談。
2011年のオート上海に中国の民営自動車メーカーである奇瑞汽車が参考出品した「REEV」【写真5】は発電用REを積むレンジエクステンダーBEVだった。取材を申し込んでも「詳しいことのわかる担当者はいない」と言われ、「市販する予定」とだけ聞いた。AVLが開発したREなのかも不明だったが、Bセグメントのハッチバックに少量のLiBと燃料タンクと発電REを積む方法に、すでに中国の新興メーカーがチャレンジしていたことが興味深かった。ボンネットフード内には、ちゃんとRE発電機が収まっていた【写真6】【写真7】。
日本でBEVが大量普及したら、ゴールデンウィークにはあちこちで充電待ち渋滞が発生するだろうか。それがイヤでレンタカーのICE車を借りる人が増えるだろうか。もともとBEVは遠出には向いていない。テスラはロサンジェルスからラスベガスまでの街道沿いにテスラ車専用の充電スポットを何カ所も作り、セールスポイントのひとつにした。「テスラでラスベガスへ行ける」と。
EUはほとんどの国で家庭に220V(ボルト)以上の電圧で電力供給されており、家庭でのBEV充電設備に高価な投資をする必要がない。EU以外でも、ノルウェーは一般家庭の車庫にブロックヒーター(冬場にエンジンオイルが凍らないように温める電気ヒーター)用電源が普及しており、この点がBEV普及を助けた。しかし、日本の家庭用電源は100V。充電設備には投資がいる。
ちなみに、安倍政権時代に市中の充電スポット増設のための予算措置が講じられたが、日本では急速充電器設置にだいたい600万円かかった。そのうち半分の300万円は「重たい充電設備のための基礎工事代金」であり、建設業界にもお金が流れるようになっていた。
現状のLiBだろうが、将来の全固体LiBだろうが、化学電池の充放電寿命は約1500回と言われる。それと急速充電は化学電池にとって「からだに悪い」行為であり、しょっちゅうやると電池は早死にする。全固体だろうが半個体(リチウムピリマー電池としてソニーが開発し初期のアップルi-Podに使っていた)だろうが「大して変わらない」と電池の研究者諸氏は言う。
レンジエクステンダーBEVは「いきなり電欠」の予防と、電池に負担をかける急速充電の回数を減らすというメリットがある。発電用ICEはCO2を排出するが、発電から消費まで、わずか1m程度の電線で済む点は大きなメリットである。発電所から昇圧変電設備を経て5万V(ボルト)程度以上の高圧で送電され、消費地の手前で減圧変電され、電柱の間を這う電線に送られ、充電設備を経て車載LiBに充電するという何重ものロスから解放される。
変電設備に使われる電磁鋼板には高効率高価格から低効率低価格まで何タイプもの種類があり、鉄鋼メーカーからの出荷実績を調べてみれば、日本の変電設備には最高ランクの電磁鋼板は思ったほど使われていないことがわかる。発電所から家庭用コンセントまでの間のロスは、日本国内の平均では20%以上あるのでは、と思う。専門家の協力を得ながら手計算すると、そういう結果になった。
最高効率のCNG火力発電設備は熱効率約65%。ここから二度の変圧を経て最終消費地まで届けられ、BEVに充電された時点で22%がロスすると仮定して(この数字は友好的である)、トータルの熱効率は約43%。石炭火力だと実効値でここから10%近く落ちると専門家諸氏は言う。さらにBEVへの充電でもロスが発生する。これがレンジエクステンダーBEVではゼロになる。
発電エンジンの熱効率が40%だとしても、ほぼイーブンになる。原子力と太陽光など再生可能エネルギーなら発電・送電の勝ち。相手が火力なら、原油輸入〜ガソリン精製〜運搬を含めても現時点でほぼイーブンもしくはレンジエクステンダーBEVの辛勝だろう。あれ、レンジエクステンダーBEVも外部から充電するんだよなぁ……。